テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第4話『檻の鍵』
逃げなきゃ。
そう思ったのに。
翌日になっても、澪は何もできなかった。
学校へ行けば奏がいる。
帰ればメッセージが届く。
夜になれば「おやすみ」。
朝になれば「おはよう」。
気づけば一日のほとんどに奏がいた。
まるで呼吸みたいに。
昼休み。
澪は屋上へ逃げた。
誰もいない場所が欲しかった。
風が吹く。
少しだけ安心する。
その時だった。
ガチャ。
屋上の扉が開く。
振り返らなくても分かった。
「……奏。」
「正解。」
声が近付いてくる。
「どうしてここに?」
「澪がいたから。」
当たり前みたいに言う。
「一人になりたかったんだ。」
初めて、はっきり言った。
すると奏は少しだけ黙った。
「俺といても?」
「……。」
答えられない。
その沈黙だけで十分だった。
奏は静かに笑った。
だけど、その笑顔はどこか寂しそうだった。
「そっか。」
風が二人の間を通り抜ける。
「嫌われちゃったんだ。」
「違う!」
反射的に否定する。
「嫌いじゃない。」
「じゃあ好き?」
言葉が詰まる。
恋愛感情なんて分からない。
だけど今の奏を見ていると、簡単に答えられなかった。
「……分からない。」
その返事を聞いた奏は、少しだけ安心したように目を細めた。
「なら、まだ大丈夫。」
「何が?」
「嫌いじゃないなら。」
その考え方が理解できなかった。
放課後。
澪は勇気を出して担任に相談しようとした。
だけど職員室の前で足が止まる。
もし言ったら。
もし奏に知られたら。
そう考えるだけで怖かった。
「何してるの?」
背後から声がした。
振り返る。
奏だった。
心臓が大きく跳ねる。
「なんでもない。」
「職員室?」
「用事。」
「先生に相談?」
息が止まった。
「……なんで。」
「顔見れば分かる。」
奏は苦笑した。
「俺、そんなに信用ない?」
「そうじゃなくて……。」
「じゃあ何?」
答えられない。
すると奏はふっと目を伏せた。
「ごめん。」
予想外の言葉だった。
「え?」
「最近、重いよね。」
澪は言葉を失う。
「分かってる。」
奏は小さく笑った。
「自分でも分かってるんだ。」
初めて見た。
弱々しい奏を。
「昔からなんだ。」
奏は窓の外を見る。
「好きな人が離れていくのが怖い。」
「……。」
「だから繋ぎ止めたくなる。」
その声は震えていた。
「気付いたら、みんな離れてた。」
夕日が差し込む。
奏の横顔が少しだけ寂しそうに見えた。
「俺、おかしいかな。」
澪はすぐに答えられなかった。
確かに怖い。
普通じゃない部分もある。
だけど。
今目の前にいる奏は、ただ苦しそうだった。
「おかしいっていうより……。」
「うん。」
「苦しそう。」
奏の目が少し見開かれる。
そして。
「……初めて言われた。」
小さく笑った。
本当に小さく。
今までで一番弱い笑顔だった。
その日の夜。
珍しく奏から連絡が来なかった。
一時間。
二時間。
何も来ない。
不思議と落ち着かない。
すると深夜近くになって通知が鳴る。
奏
『ごめん。』
一言だけ。
続けて届く。
『少し距離を置こうと思う。』
澪は画面を見つめた。
望んでいたはずなのに。
胸が少し痛む。
その時。
さらにもう一件届いた。
『でも最後に一つだけ。』
『もし澪がいなくなったら、俺は壊れると思う。』
そのメッセージに、澪は言葉を失った。
冗談には見えない。
重すぎるほど真っ直ぐな本音。
そして翌日。
黒瀬奏は学校に来なかった。
その瞬間。
澪は初めて知る。
奏がいない世界が、思ったより静かだったことを。
そして。
思ったより寂しかったことを。
──第5話『消えた居場所』へ続く。
Aꪔ̤̮
2,605
154
ぱぴぷぺぽ
52
コメント
1件
第5話、読み終えました。屋上での奏の「ごめん」と「苦しそう」っていう澪の返し、すごく印象的でした。あの弱さを見せた瞬間、奏のキャラが一気に立体的になった気がします。それと最後の「壊れると思う」のライン、冗談じゃない重さがじわじわ来ますね…。奏がいない世界の静けさと寂しさ、続きがすごく気になります。