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ただ、君が好きなだけで

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ただ、君が好きなだけで

6 - 第6話 暗闇に手を差し伸べてくれる人

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2025年08月11日

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ーーー【学園史上、最も最低最悪な生徒会長。】


「ねぇ、聞いた?会長のあの噂」

「あれでしょ?他の役員に仕事を丸投げして、自分は毎晩親衛隊連れ込んでヤリたい三昧ってやつ」

「おれさー会長のこと、心から尊敬してたんだよなぁ。祝辞聞いて柄にもなく、あーこの人に着いていきたいなーなんて思ってたのにさ。ー見事に裏切られたよな」

「信じてた僕らがバカだったよ。生徒会の皆様が可哀相で不憫で、もう見てらんない.…..!」


数日間。

たった、数日間の出来事だった。

噂が学園中に広まったのは。

三谷瀬と別れて、今更あいつに好意を抱いていることを自覚して。

それでも溜まりに溜まった書類や雑務を捌くには俺ひとりでもやるしかなくて。だから浮ついている暇なんてなくて。

寝る間も惜しんで、元々形式だけだった食事の回数もさらに減らして。

——一般生徒の快適な学園生活を維持したい。

それだけを念頭に。

せめて提出期限には間に合わせなければと、俺は俺なりに頑張ってきたつもりだった。

そんな中、生徒会と転校生が流した突拍子もない噂。

凌汰という恋人がいながら夜な夜な親衛隊を自室に招き、会長としての全職務を放棄。

そしてその火の粉が飛んでいるのがまさかの他の役員たち。

(あーなんだろ、俺なんかしたっけ……)

そんな、廊下を歩くたび視界に入る生徒全員から軽蔑の眼差しを向けられるようなこと、やらかした記憶ないんだけど。

(…..まぁ、でも)

人の噂もなんとやら。

いくら面白可笑しく新聞部が取り上げた記事の主体が、仮にもこの学園のトップでしかも内容が内容だからって所詮はでっちあげに過ぎない。

すぐにまた新たなネタが氾濫すれば、そのうち俺なんかの噂、誰も見向きしなくなるだろう。

きっと、今だけだから。

噂が嘘だってことくらい、皆わかってくれるはずだから。

だからこんな噂なんかに屈してたまるか。

ぜってぇあいつらの思い通りになんてさせない!




「会長……もう無理です。もう僕には…りょ、た様の意志は継げない.…..!」

ごめんなさい、ごめんなさい。ぼろぼろと涙を流すその生徒はうわごとのように何度も何度もその言葉を繰り返した。

親衛隊副隊長を努めてくれているその生徒の顔は、それこそ何度も目にしていた。

目にするたびその隣には、凌汰がいたのも知っていた。

「..….謝るな」

「っ、かい…ちょ、ごめ、ごめんなさい..!」

そのどれもが溢れんばかりの笑顔だった。

こんな悲痛に歪ませた顔ではなくて、幸せそうに表情を綻ばせていたはずだった。

悪いのは俺のほう。

そんな顔させて悪かった。謝罪なんてさせたくなかった。

ごめん、ごめんな。

「支えてもらってばかりだった。おまえにも、凌汰にも」

「かいちょう、」

「よくやってくれたよ、いままでずっと。ありがとう」

———おまえから大切な人を奪って、ごめん。

俺の言葉に一瞬目を見開き、そしてまた辛そうに顔を歪める。

もういちどごめんなさいと頭を下げ、生徒は生徒会室を後にした。

(……そんな表情させたかったわけじゃねえのに)

やるせねー、ほんと。

ちらりと視線を机の端に移す。

期限が目前に迫っている提出物の隣に、数枚の書類。

見慣れた名ばかりが細かく羅列するその書類は紛れもない、———全隊員分の“離隊届”だった。

きっと、今だけだと思ってた。

噂が嘘だってことくらい、きっと皆わかってくれるからと自分に言い聞かせていた。

けど違った。

生徒たちは噂が偽装かどうか、今となってはどうだってよかったのだ。

ただ信頼していた会長に裏切られた。

それだけが重要で、だからこそ失望した。

ただそれだけのことだった。

万事休す、孤立無援、四面楚歌。

味方なんてもういない。学園中を敵に回したいま、あるのは数え切れない敵意や憎悪だけで。

頼れるものだって、もう…

(なにも、のこってない……っ)

誰もいない生徒会室、埃が被さった役員のデスク。

一歩外に出れば、すぐさま向かってくる罵声と中傷。

それが味方のいない現状を痛いくらい思い知らされて、息ができないくらい心臓が圧迫される。

こんなに辛い痛みがあるなんて知らなかった。知りたくなかった。

つらい。胸が焼けるように痛い。

手繰り寄せた書類が嫌な音を立てて皺を刻む。

もう、無理だ。

役員たちが離れていったときも、凌汰が俺の前からいなくなったときも。

つらくて、つらくて。

それでも懸命に前を向こうとした。もう少し信じていようと、そう自分に必死に言い聞かせることでぎりぎりの堰は保たれていた。


だが、もう、もう限界だ

なんのために俺はこの席に居座り続けているのか。

誰のためにこの場所を守り続けているのか。

もうわからなくなっていた。

(….…やめよう)

はじめて、そんなことを思った。


「たーーーのもーーー」

 そんな最低な考えが脳裏を過ぎったその瞬間

——ッバン!!!

扉を蹴破られたのではないかと思うようなけたたましい衝撃音が静寂を切り裂いた。

「…..っひ、!?」

な、ななななにごとだ。驚きのあまり情けない声と共に全身が椅子ごと跳ねたのも、心臓がドキリとしたのも仕方がない。こればかりは条件反射というやつだ。

わけもわからずびくびくと肩を震わせる俺に構いもせず、すさまじい音を引き連れてすさまじい登場の仕方をした人物はそのままずかずかと無遠慮に生徒会室を縦断する。

そして俺のもとまで歩み寄ったかと思えば、だん、と机に両手をついた。

しょ、しょるいのやまがゆれてるから…っつ、かかお..ちかいんだが…


「会長、今からあなたを連行します」

「は……?」

一体、なにをいっている。

ここは一般生徒の出入りは禁止だし、俺にはまだ期限に迫られたデスクワークが山のように残されているし。

それに今は極力外には出たくないんだ…紙のようなメンタルでまた生徒たちから罵声やらを浴びさせられたら……

きっともう立ち直れないだろうから。

安易に想像できるこの先に自然と顔が俯く。

ぎゅ…と自身の制服の裾を掴む俺を見て、こいつは…この平凡生徒は何を思ったのだろうか。

「そうすか……でもすいません、無理やりでも連れて行きます」

本当に何を思ったのだろうか。

ぐいっと俺の腕を掴んで言葉通り無理やり立たせた。動作の途中、細……と呟かれたのでひと睨みしておいた。買うか、喧嘩。

「っはなせ!俺には仕事が…」

「あのねぇ……こんな平凡ごとき腕すら振り解けない人がなに言ったところで説得力ないっす」

思わずぐ..…と声が詰まる。

仕方ねえじゃんか、ここ最近は飯食う時間すら惜しいんだから。…そうでもしなきゃ終わらないんだよ仕事。

「で…でも、」

「たまには息抜きも必要ですって」

「…….」

「無言は肯定と取りますので」

….やっぱり三谷瀬の友人やってるだけある。

いい性格してるよ、おまえも。

まあだが

(….悪くはねぇな)


「うわ、最悪……会長じゃん」

「どの面下げて、食堂に来てんだよ」

「あんな無能、さっさとリコールされたらいいのに」

食堂についた俺を出迎えたのは、以前と180度異なるーだがここ数日ですっかり聞きなれた俺への中傷の嵐だった。

口々に向かってくる憎しみを込めた悪態に体が強張り、急激に心臓が冷えていくような感覚に襲われる。

だがそんな周りを物ともしない平凡生徒は、俺の腕を掴んだままぐんぐん進んで行った。

そして、ようやく目的の場所に辿りついたのかー不意に足を止める。

突然立ち止まられたから背中に思い切り顔を打ち付けてしまった。

む、突然立ち止まんなよな。顔がひりひりすんじゃねえか。

さすさすとぶつけたところを空いている方の手で擦っていると。

不意に、その腕を取り上げられた。

「赤くなる」

「!ーみやせ、」

相変わらずの無表情で。だがどこか優しく感じる動作でふわりと頬を包まれる。

あ、好きな人に触れられてる。

そう自覚した瞬間、どくんと心臓が破裂したみたいに跳ね、全身の温度が沸騰したように熱くなった。

「み…み、やせ…な、なんでここに…」

いるんだ。

そう言い終る前に俺の心臓のメーターが振り切った。恋する乙女かと我ながらツッコミたくなるが、よくよく顧みればもしかしたらこれが俺の初恋というものなのかもしれない。

つまり三谷瀬が好きだと自覚した途端、どうなって接すればいいのかわからなくなってしまった。その結果がこれだ。へたれか。


「……というか、会長をここに呼び出すよう指示したのはこいつ。そんで俺はただの実行役」

俺の腕を離しながら、やれやれといった顔つきを浮かべる平凡生徒。

「なんで……?」

予想外の言葉にぱちぱちと瞬きしながら三谷瀬を見る。

またふわりと笑われた。

「また泣いてんじゃないかと思ったから」


いま俺がいる場所はきっと暗闇なんだろう。

右も左もわかなくて、光に導いてくれる誰かもいない。真っ暗な暗がりの中助けを呼ぶこともできなくて一人立ち止まっていた。そんな孤独感。

光なんてもう見れないと思っていた。だから逃げだそうと思った。孤独に耐えられるほど強くないから、なにもかもを放り出そうとした。

「っつか腹減ったー。なんでもいいから早く食おうぜ」

「あ、ナナの分だけ先に頼んであるよ」

「なに勝手に……って、予想を裏切ることなくまたオムライス!なんでおまえはなにかとつけて、俺にオムライスを食わせたがんだよ!」

「似合うじゃん」

「オムライスが似合うって、俺はどんな人間だ!」

一度失った信頼を取り戻すことがどれだけ困難極まりないことかはわかってる。

全校生徒に与えてしまった失望は、そう易々と癒えてくれるもんじゃないってこともわかってる。

だけど

「なに突っ立ってんの?おいで」

思い出した。

なんで俺が生徒会長なんて役職についてんのか。それはなにも見返りを求めていたわけではないのに。ただ信じたかった、守り抜いていたいだけだった。

(…そういや凌汰との約束もここだったな)

いま思えばあれが最後のあいつとの約束だったのか。果たせなかった、後悔ばかりが募るそれはあまりにも苦すぎるものだが。それでも俺は守り抜いていくんだ。

「….ありがとな。三谷瀬、七宮」

おれはもう、逃げださねぇ。





「ねぇ、会長。いいこと教えましょうか」

飲み物を買いに行くと告げ、三谷瀬が席を外したタイミングでそう声を掛けてきたあたり恐らく見計らっていたのだろう。

正面に座る平凡生徒こと七宮が箸を取ったまま、にこりと笑みを浮かべた。

……それ以前に、なぜ箸でオムライスなんだ。

食いづらくねぇのかな……。

食事中ずっと疑問に思っていたことを七宮に聞けば、「あいつの思い通りにはさせません」と、疲労と怒りを顔に滲ませていた。

疑問をぶつけた手前、内容の意味を諮るのが最善だとわかってはいるものの。

いまの俺の脳裏を埋め尽くすのは、この質問とまったく関係ない一言だった。

(幸乃って呼んでんのか……。あぁでも、あいつもたしか愛称で呼んでたな……)

互いを愛称で呼び合うというのは、つまりそれだけ親しいということなのだろう。

いやいやんなのわかっていたが。

その点俺は、あいつに一度たりとも役職名以外で呼ばれたことがなかった。

いやまぁそれが当然だと言われてしまえばそれまでだが。でもなんか、

もぐもぐと咀嚼したハンバーグはこんなに味気ないものだっただろうか。

「…..なんだ」

口から転がったのは妙にいじけたもので。

言って罪悪感。これでは七宮に失礼だ。

ここまで連れてきてくれたのに、こんな恩を仇で返すような真似……気を悪くしてないだろうか。

「会長も知っての通り、あいつは昔から興味のないことにはとことん無関心なやつなんですよ」

そんな俺の心情をまるで見透かしたように、七宮はふっと笑って続けた。

「あなた方の間で何があったのかは知りませんが、写真を消してくれって頼まれたあの日からあいつ会長の話しばっかするんですよね」

「っ、」

「意外でしょ?長年あいつのダチやってる俺ですら驚いたからなぁ……。

まあ内容は、やれ会長は受け体質だ虐め甲斐があるだの、あいつらしいどうしようもねえもんばっかなんですけどね。

あ、でもさっきのは違ったな」

———ひとりで泣いてるの見ると、イライラするんだよね。

「結局、何を言いたいかといいますと」

「……」

「あいつはきっと、あなたの味方です」

迷いなくそう断言されて。

だめだと思った束の間、視界がぼやけ始めた。

一面の闇のなか俺を嘲笑うように一心に向けられる数え切れない敵意は味方なんてもう誰もいないという事実を目の当たりにさせられて。

辛くて、苦しくて。

それでもひとりで乗り越えていかなくてはならなかった。それしか方法はなかった。

だけど本当は、本音は、いつだって助けを焦がれていた。助けて、そのひとことが言いたかった。

「…….」

「….かいちょう、…っ!って痛!なに平然とペットボトルの角で殴ってくんだよ」

「これ、どういうこと?」

頭上から聞こえてきた透き通るような声に三谷瀬が戻ってきたことを知って。けどその声色はどこか怒りを滲ませたように感じられた。鈍い音と共に七宮が睨みを利かせた相手はいま誰よりも求めていた人物で。

「なにがだよ」

「会長の泣いてる理由、知らないわけないよね」

「大方の原因はおまえなんだけど……」

ははは、と苦笑い混じりに言葉を濁す七宮を見て、三谷瀬はため息をついた。

俺はそんな三谷瀬のブレザーの裾を掴み、口を開いた。

言い焦がれていた、その一言を伝えるために。

「みやせ、たすけて」

 縋るように掴んだ指先からまるで伝導するように全身を熱が駆け回る。

どくどくと打ち響く鼓動は周囲に音が漏れているんではないかと心配になって。

ふるふる震える全身は抑えられない不安を表していて。

ここが食堂で、いままさに俺を憎む視線が止む気配もなく一点へと注がれていることも知っている。けど、それを意に介せるほど俺は強くない。不安と恐怖で今にでも押しつぶされそうだった。

ぎゅう…とさらに強く握った裾に皺が寄る。指先は小刻みに震えていた。

「……イヤ」

目の前が真っ暗になって、頭の中がすうっと冷めていった。

「言ったはずだ。主要人物にはなりたくない」

「…..」

「俺、目立ちたくないんで」

「……っ」

「それに…」

「も、いい…!もう、わかった、わかったから….」

それ以上拒絶しないで。

「わか、わかったから…っ」

舞い上がってた。七宮の話しを聞いて、もしかしたら三谷瀬なら暗闇の中から救い出してくれるのではないか

味方になってくれるのではないか、そう自惚れた挙句期待してしまった。

そんなわけねえのに

いままで散々思い知ってきたはずなのに。俺に味方なんていないことくらい痛いくらいわかっていたはずだった。

(…….それでも、)

三谷瀬には、好きなやつにだけは、拒絶されたくなかった。

がくがく震える全身で最後の力を振り絞ってずっと掴んでいた三谷瀬の裾から手を離そうとした、とき

「…それに、あんた見てるとイライラするし」

三谷瀬に手首を掴まれた。

辿っていくと、見惚れるくらい整った三谷瀬の端麗な顔。

その表情を視界に捉えた瞬間、胸がざわついた。

(…..わらって.…..)

すごくすごく優しい顔をしていた。

「だけどそう思い続けられないほどには、かわいいってことに気づきすぎた」

「…..ぇ?」

わからない?そう言われて、またくつくつ笑われた。

「いいよ。あんたを助けてあげる」

真っ暗になった頭の中で三谷瀬の言葉がただただ反芻する。喉元が震えてばかみたいに立ち尽くすことしかできなかった俺を不意に、だけど壊れ物を扱うように優しく三谷瀬は引き寄せた。

「がんばったね」

そう言って、さらに強く抱きしめられた。

互いの身体が触れ合った瞬間びくりと咄嗟に身を震わしてしまったが、背中に回された手がまるであやすようにぽんぽんと繰り返すその心地よい律動がひどく安心できたから。

強張っていた全身の力を抜いて、三谷瀬の肩口に顔を埋めた。

「……みやせ」

「うん」

「みやせ、みやせ」

うりうりと顔を摺り寄せてまるで子供のように舌足らずな口調で三谷瀬の名前を呼べば、返事の代わりに自分を抱きしめる力が強くなった気がした。

本当はずっと誰かにこうしてほしかった。

『結ちゃん』

少し前までは当たり前のように見ていた花が綻ぶようなあの笑顔と、当たり前のように耳にしていたこっちがむず痒くなるくらい優しい俺を呼ぶ声が脳裏に過ぎった。

(ごめんな、凌汰)

あのとき誓ったこと。ぜってぇに泣かないって決めたこと。守れそうにねぇや

人間どうやら優しくされると心まで脆くなっちまうらしい。じわりと滲む視界にゆっくりと目を閉じて、三谷瀬の背中に手を回し幼子のようにしがみついた。

いままで溜めて溜めて、ひとりで抱え込んでいたものが音を立てて崩れ去り、ぼろぼろと涙と共に三谷瀬の肩口を濡らした。


「みや、せ….!」

辛かった、恐かった、ひとり取り残された暗闇は右も左もわからなくて、あるのは蔑む声と憎悪だけで苦しかった。

「う…ぁ…、っく」

絶望と恐怖で死にそうだった心が少しずつ蟠りを溶かしていく。

もういちど頭を撫でられて、その後小さく「おつかれさま」と言われてじんわりと胸が温かくなった。


光の暖かさに、ようやく俺は暗闇から目を覚ますことができた。




我ながららしくないことをしてしまった。

今日届いたばかりの同人誌を捲るペースが普段よりもずっと捗らないくらいには、自分らしくないことをしたということをそれなりに自覚していた。


陽が落ちた薄暗い教室。授業が終われば途端に生徒は急ぎ足に教室を後にして。そのほとんどに共通するだろう向かい先はきっと。


「速報。神宮聖が誇っていたカリスマ性に溢れていたはずの生徒会長が、今では学園中の生徒から憎まれることに。自身が持つ影響力がどれほどのものかなど認識度の低さ故か本日の昼休みの食堂にて一般生徒に縋りながら号泣。

一大ポストを任せられながらむしろ役職に汚名を着せるようなその行為に、ますます生徒内での反感が高まる…ねえ。

お前はどう思う?」


このクラスになって幾らか経つのに未だに名前も知らない前の人間の席を躊躇なく使い、椅子ごとこっちに向けるナナの今まさに手にしているものこそがきっと大方の生徒たちの目当てだろう。

つい先程発行されたばかりの新聞部の号外。

読み終えたナナが頬杖をつきながら印刷紙から顔を上げた。

その表情は傍からわかるほど苛立っていた。

眉根を寄せながら手渡された号外にちらりと視線を遣って、手をつけたばかりの同人誌を静かに机の傍らに置いた。

「…情報回んの早いなぁって言いたいところだけど。そこはさすが王道学園だね。二次で読んでた展開がまさか実在するとは。笑える」

「どこがだよ!いつもと同じ無表情面じゃねぇか!」

「ナナのは随分と気に入らなさそうだね」

「…そりゃあな。なんせ実際の内面知ろうともしないで、誰が広めたかもわかんねぇ噂と評判だけを掻い摘んで好き勝手書いてやがんだぞこの記事。…気に食わねぇだろ」

「よっ男前平凡」

「…幸乃、おまえはいい加減に…はあ。いや、おまえは昔からそういう奴だったな。…だからこそ他人に興味を示さずに何よりも面倒事を嫌うおまえが会長を救おうとしたことには驚いた。正直予想はしてたけど、それ以上に衝撃の方が大きかった」

「……」

「幸乃、おまえはいま何考えてんの?」

僅かに開いていた窓の隙間から誘われるように一陣の風が入り込む。そのひとしきりの風はナナの髪を揺らして、俺の手の号外に皺を刻ませた。


落ちた会長。生徒が目指すは役職権の全剥奪。

何を考えているか…ねぇ。

ナナが言ったその言葉には幾重にも意味が伴っていて。けどその全てを改まって聞いてこないところがナナらしい。純粋に楽。

これは常々思うことだけど、ナナはパラメータこそ平凡だけど実際は人並み以上に聡明なんだよね。

人なら誰しもが引いているであろう他人と自分のなかでの境界線。そういう相手との一定の距離を図るのが、ナナは上手い。

自分のパーソナルスペースに他人が踏み込むのを嫌う俺が唯一隣にナナをおけるのもそれが大きい。

「…ほんと、なに考えてんだろうねー」

「本当にな。頭のいいやつの考えてることは凡人にはちっとも理解できねーよ」

前屈みに椅子に跨っているからか、いつもより少しだけ絡んだ視線は低かった。

「なあ幸乃。俺たち何年ダチやってんだろうな。趣味も性格も今となってはほとんどわかって。むしろ知らないことの方がお互い少ないのに。でも何年経っても、今でも、」

おまえが何考えてんのかわかんなくなる時あるんだよ。


一瞬視界の先でナナの瞳が揺らぐのが見えた。

なんとなく視線を合わせるのが苦になる。

手元に掴みっぱなしだった号外に目線を落とす辺り不自然だし、わざとらしかったかななんて。

そんな一連の動作にナナは一瞬だけ顔を歪めて、けどすぐに習うように俺の手元に視線を落とした。

ーーー咲谷結来現生徒会長を解任するべく、ついに学園内で署名活動が始まる。

たすけて、みやせ

そう弱々しく手を伸ばされたっていくらでも拒絶はできたはずだった。事実初めは嫌悪感しかなかったし。アンチだわ俺に接触図ってくるわで脅すくらいには煩わしかったわけで。

それでも、その手をとった理由は多分



「…ナナ、俺はね」

ゆっくり、ゆっくりと視線が上がる。いつのまにか外は真っ暗になっていて校舎内が静まり返っていることからみるに、そろそろ警備員が見回りにくる時間帯だ。

影が差してだいぶ見えにくくなった机の傍らに置かれたもの。同性同士が至福を噛み締めるように笑みを浮かべていて。気づかれないように目を細めた。



ーーゆき、ゆき

(……なんて顔してんの)

泣きそうな、そんな顔。

俺の周りはみんなそんな表情を浮かべている気がする。


廊下の向こうから足音が近づいてくる。時間切れか。

「ゆきの…おまえ、まだ…」

「会長の笑った顔は嫌いじゃなかった」

むしろ可愛いと思った。会うたびにいつも泣きそうな顔をしている会長が一度だけ笑みを溢したとき。

泣きそうに歪められた顔がふとしたときに緩んだその顔に。

つい、また見たいな。

なんてそれこそらしくないことを思ってしまったくらいには。

嫌いだったはずの会長の手を拒絶しなかったくらいには多分笑った顔が嫌いじゃない。


俺の言葉にナナは目を見開くもすぐにいつもの顔に戻り、一言だけそっかと返した。

(さて、と)

ぐう!っと背筋を伸ばして、立ち上がる。

椅子を引く音がやけに煩く響いた。

「どこ行くんだよ、幸乃!」

「約束を果たしに行ってくる」

なにか言いたげなナナを後目に踵を返す。

電灯のついた廊下に足を踏み出した。

ーーゆき、すきだよ。ずっと一緒に…

(…煩わしいんだよ)

ふと脳裏に過った声と表情に小さく舌打ちを打った。

ただ、君が好きなだけで

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