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─シルフィ視点─
ボクは毎日夢を見る。
寮のベッドで幸せな夢を見る。
愛しの人がボクを抱きしめてくれる夢。
好きだよって言って、ボクをめちゃくちゃにシちゃう夢。
そんな夢を、ルディの夢を。
ボクは『一人きり』のベッドで見る。
それがボクの日課だった。
─────────────────────────
ボクには毎日楽しみがある。
アリエル様の護衛。それも充実感や達成感はあるけれど。
それとは少し違う楽しみ。
油断すると、フィッツからシルフィになってしまうほどの最高な時間。
「ルーデウス君、今日も調べ物しようか」
「はい!フィッツ先輩、今日もありがとうございます!」
図書室でルディと二人きり。
安心した笑顔が、彼の素敵な笑顔がボクの視界に広がる。
どうしよう、本当にカッコいい。
ルディってなんであんなにカッコいいんだろう。
ボクはルディの右隣に座る。
そして、本を読みながら思考を巡らせる。
図書室ではアリエル様から聞いたスキンシップを試みる。
アリエル様には、抱き付いたり耳をハムハムするのが良いって言われたけど。
流石にそんなことは出来ない。
だって、ルディは既婚者だから。
だから、ボクは彼の手を握ることにした。
キスとか、ハグとか、無理矢理えっちとか。
それは恋人だけだろうけど。
手なら友達とも繋ぐもんね。
うん、不倫じゃない。大丈夫。
そうやって自分に言い聞かせて、彼の温かくて逞しい手を握る。
気持ち悪いって言われるかな。そう思って握った手。
彼の反応は…
「フィッツ先輩の手って、温かくて柔らかいですよね」
「ひゃっ!///ルーデウス君、いきなり握り返されるとびっくりするから」
彼の手がボクの手をフニフニと握る。
確認するように優しく。
どうしよう、顔が熱い。
彼の横顔が見られない。
油断すると好きって言ってしまう。
ルディが好きで、頭がおかしくなってしまう。
どうしよう、どうしよう。
とにかく何か喋らなきゃ。
「ルーデウス君は握らなくていいから。手を置いてて?ボクが握るから」
「あ、分かりました」
ルディは本当に優しい。
彼は本に集中しながらもボクの側に右手を置いてくれる。
ボクは左手でそんな彼の右手を握る。
指を摘んでみたり、爪をツンツンしてみたり。
バレないように指を絡ませて、恋人繋ぎみたいにしちゃったり。
手だけなのに、こんなにカッコいい。
ルディと一緒に居られる時間。二人きりで居られる時間。
ボクは幸せ者だ。
そんなボクの幸せ。
それが、いつも終わってしまう話題がある。
それは…
「龍神に勝とうとしてるんだもんね。ルーデウス君は凄いな」
「そんな、目指すだけなら誰でも出来ますよ」
「いや、凄いよ」
彼が龍神について調べる。
ボクは、そんな彼を見つめる。
龍神を倒す。
この言葉を初めて彼から聞いた時、ボクはこう思ってしまった。
戦わないで欲しい。
ボクと一緒に逃げて、逃げ続けて。ルディが怖がってしまったら、ボクが抱き締めてあげて。
大丈夫って言ってあげたい。
命を賭けてまで、最強になんて挑まないで欲しい。
ボクならそう言ってしまう。そう、思った。
でも、ルディのお嫁さんは違った。
ルディと戦って、守る。
ルディより強くなって、最強に勝つ。
彼が笑顔で、お嫁さんのことを話す時。
ボクは絶望する。
ルディでも勝てないのにボクが勝つことなんて無理。
そうやってボクなら諦めてしまう。
強いルディをボクが守る。そんな発想は出てこなかった。
暇になると試験の日を思い出す。
エリスの試験。一発一発がすごく重たい剣。
ルディを守ろうとする彼女の目。
あの鋭い目をボクは忘れることができない。
だから、ボクは駄目なんだ。
分かってる。彼と再会してからずっとそうだ。
ルディとエリスは強さを求めてる。
でも、ボクが求めるのは強さじゃない。
彼と添い遂げたい。そんな、愛しの人との日々。
「フィッツ先輩!今日も調べ物付き合っていただき、ありがとうございました!」
「うん、ボクも楽しかったよ」
彼がボクに手を振る。
最初と同じ。優しくて、安心する笑顔。でも何故だろう。
彼に手を振り返した時、ボクの感情は……
すごく寂しくて、すごく辛かったんだ。
─────────────────────────
それから暫くの時が経った。
ルディとの楽しい日々と辛い日々。
そんな日々は、あっという間に過ぎていく。
ルディとの距離はフィッツ先輩とルーデウス君のまま。
そんな時、事件が起こった。
『魔王 バーディ・ガーディ襲来』
ルディが魔王を粉々にふっ飛ばした事件。
それを見て、エリスが悔しがり涙を流していた事件。
旦那さんが無事で良かった。そんな安堵じゃない。
魔王を斬れない自分、弱い自分。そんな自分への怒りでエリスは涙を流していた。
ボクの視界に映るエリスの姿。
その姿はルディと添い遂げたい。そんなボクの一生の夢を諦めるには十分すぎる姿だった。
不思議と涙は出なかった。
もしも、ボクがエリスより先にルディと出会っていたら。そんな嫉妬は出てこなかった。
何故なら気付いてしまったから。
自業自得。夢を叶えられなかったのは自分のせいだと。
ルディを守ろう。そんな思考にはなれなかった。
それが、ボクがルディに甘えてしまっている証拠だと気付いたから。
だからこそ前を見よう。
ルディと共に暮らしたブエナ村での日々じゃなくて。
今の、フィッツとしての彼との日々。
ボクは夢を変える。
ルディの最高の『友』になる。
友として、ルディとエリスを助ける。
ボクは昔、彼に貰った初心者用の杖を握り締めて…
ゆっくりと、誓いを立てた。
─────────────────────────
─ルーデウス視点─
現実とは時に残酷だ。
努力と結果。この二つはセットでは付いてこない。
頑張っていない奴がテストで良い点を取ることもあれば。
頑張ってる奴が挫折をして自殺してしまうこともある。
努力は無駄にならない。そう言ってくる人間が居る。
俺は確信する。それは嘘だと。
そんなことを言う奴にエリスの姿を見せてやりたい。
俺の目の前で血反吐を吐くまで努力するエリス。
俺なんかより何十倍も努力しているエリス。
そんな彼女でも魔王には傷を付けることが出来ない。
そう、努力は報われない。
確信と同時。俺は絶望していた。
「エリス?少し休みましょう」
「ダメ、よ。まだ、斬れない。ルーデウス、私が、守るの」
唇の渇きで言葉が出ないエリス。
綺麗な彼女の赤い髪がすごく儚く見える。
俺は剣術に詳しくない。剣で魔王に傷を付けるイメージが湧かない。俺は、俺たちは、試練を乗り越えられない。
俺の思考に諦めが加速する。そんな時だった。
フラフラとした足取りで、俺の肩がポンポンと叩かれた。
「ルーデウス君?少し、話があるんだ」
「フィッツ先輩!どうしたんですか!?」
俺の目の前にはゲッソリとした先輩の姿。
サングラス越しでも分かるほど、目の下にベッタリと隈が付いている。
「ちょっとね、寝ずに本で調べ物をしてて…」
そんな無茶な。
俺は今にも倒れそうな先輩に肩を貸す。
彼は一つ深呼吸をして、言葉を続けた。
「ルーデウス君、魔剣って知ってるかい?」
「魔剣」
魔剣、聞いたことがある。
ただの剣ではない、能力がある剣。
本で読んだことしかないが、重力を操ったり、防御を無視したり。
そんな特別な効果がある凄い剣のことだ。
「フィッツ先輩、それがどうかしたんですか?」
「剣と魔術。この二つは親密な関係にあると思うんだ」
剣と魔術、親密な関係。
難しいな。フィッツ先輩は何を伝えようとしてるのだろう。
「問題は魔術と剣をどうやって繋げるか。ボクの師匠が混合魔術が得意でね?水に炎でお湯を作って。昔、良くボクを温めてくれたんだ」
「水に炎。物と魔術」
混合魔術、俺の得意な魔術だ。
例えば、俺の泥沼は水と土の混合魔術。
炎と水でお湯。
じゃあ、剣と魔術を合わせたら?
俺は勘違いしていたのかもしれない。
剣と魔術は別物、そう思っていた。
だけど、もしも。
魔術で剣の威力が上げられたら?
「魔王を斬れる」
魔法大学で過ごした時間、エリスと共に魔術を学んだ日々が無駄じゃなくなる。
俺は剣を振るエリスに声を掛けた。
「エリス、少し休んでください」
「まだ、やれるわよ」
俺は少し笑いながら。
「僕に考えがあります」
俺の言葉を聞いたエリスは荒い呼吸を整えて。
ゆっくりと返事をする。
「ふぅー、分かったわ。ルーデウスが言うなら、少し休むことにするわ」
この言葉を残し、汗だくのままベンチに座るエリス。
俺は水魔術を生成し、そんな彼女の喉を潤す。
そして、フィッツ先輩は疲れているようなので少し寝てもらうことにした。
「ルーデウス君。エリスさんなら、きっと、魔王を斬れるよ」
「フィッツ先輩、ありがとうございます。僕の膝枕で良ければいくらでも貸しますから」
「ルーデウス君。ずっと、友達」
フィッツ先輩が俺の膝に頭を預けてスヤスヤと眠る。
数秒後、隣の彼女が俺を見つめた。
その正体は俺のお嫁さん。エリスが恥ずかしそうにモジモジしながらこちらを見つめている。
きっと、俺の肩に頭を預けたいのだろう。
しかし、俺を守れないのに図々しい。そう思っているのかもしれない。
いや、俺が嫌い。その可能性もありえるのか。
それを確認する為にも、俺はエリスの頭を撫でてそのまま彼女の頭を俺の肩に引っ張った。
「ちょっと!ルーデウス。私、駄目だから」
「……」
どうやら前者だったようだ。
安心した。それならこのまま埋めてしまおう。
いちゃいちゃしなければ離れなかった意味がない。
俺は、そう思うから。
膝には憧れの先輩、肩にはお嫁さん。
一人じゃない。そう実感させてくれる瞬間。
諦めは、俺たちには相応しくない。
一人じゃないなら出来る。
魔王を斬るイメージが、少し湧き出した瞬間だった。
─────────────────────────
─エリス視点─
私は諦めない、ルーデウスを守ることを。
私の夢は龍神を殺すこと。
私は剣を振った。
ただ、がむしゃらに。ルーデウスに心配されても振った、振り続けた。
魔王に傷を付けるイメージが湧かないまま。
ただ、無心で。
そんな時、彼に考えがあると言われた。
考える、私には出来ないことだ。
「エリス!剣を魔術で纏いましょう!纏うのは、やっぱり炎ですかね?」
「うん、ボクも炎が良いと思うな」
いつのまにかルーデウスの隣に男が居た。
少し小柄で、白髪の少年。
私が試験で倒した男だ。
ルーデウスは彼を尊敬しているらしい。
なら、私も尊敬しよう。
「フィッツ、だったかしら?手伝ってくれてありがとう」
「ふふっ、まだ魔王は斬れてないからね。お礼は早いよ」
フィッツは私に返事をして。ルーデウスと言葉を交わす。
難しい会話、私には理解出来ない。
私の知らない強さ。それがあるのかもしれない。
ルーデウスとフィッツの会話が纏まった。
私のやることをルーデウスが教えてくれる。
「剣に炎を纏わせるんです!剣に炎を纏わせて、斬撃と同時に炎症のダメージ。これで殺傷能力は格段に上がります!」
この言葉を残し、彼が私の剣に手を伸ばす。
そして無詠唱魔術。炎の上級魔術を私の剣に付与しようとする。
彼の提案。私は断った。
「ルーデウス、やり方は分かったわ。でも、ルーデウスは魔力を使わないで」
「え?いや、それだと…「私にやらせて」
私は彼の言葉を遮る。
剣に炎を纏わせる。それは分かった。でも、炎は自分の魔術じゃなきゃ駄目だ。
ルーデウスの足手纏いにならないように。
私が出来ることは私が全てやる。
「私、ルーデウスが言ってたように捕捉は苦手だけど。剣に纏わせる、このぐらいならやれるわ」
「お、おぉ。エリスの自己分析」
「何よ、自己分析ぐらい私もするわよ」
彼が驚いた顔をする。
もっと彼に驚いてもらえるように。私は強くなる。
魔力制御も初級なら出来る。ルーデウスみたいには出来ないけど、今回は私の力で魔王を斬らなければいけない。
そう思うから。
剣の聖地に行かなくて良かった。
ルーデウスと一緒の日々が正しかったと言えるように。
私は剣を炎で光らせた。
─────────────────────────
私は一つ深呼吸をする。
すぅー、はぁー。
目を瞑って、もう一つ深呼吸。
すぅー、はぁー。
目を開く。
その瞬間。聞こえてくるのは、大きな大きな笑い声。
「フハハ!決闘と聞いて足を運んでみれば、貴様はルーデウスの女ではないか!」
黒い巨体に六本の腕。
魔王 バーディ・ガーディ。
今日は私の決闘の日だ。
「バーディ・ガーディ。今日、私はあなたを斬るわ」
「ふぅむ、吾輩を斬る。貴様に出来るのか?」
「出来る、出来ないじゃない。やるのよ」
「フハハ!やはり面白いな!」
私には越えるべき壁がある。
龍神 オルステッド。強くなって越える。
だから、こんな奴はただの道だ。
私は真剣に手を掛ける。
銀色に光る真剣。しかし、光るのは銀色だけじゃない。
赤色。私は炎を剣に纏わせる。
そして、そのまま。力を込めて剣を上段に構える。
大丈夫だ。努力はした。
ザノバを剣で斬って、間合いを確認した。
魔術はルーデウスとフィッツが見てくれた。
私なら斬れる。
バン!
瞬間、私は全力で飛び込んだ。
黒い巨体、頑丈な身体の懐に。
そして魔王の左腕、三本腕の中段に炎の剣を振り下ろす。
「うらあぁぁぁぁぁぁ!」
ガン!という激しい音が響く。
私の剣が魔王の左腕にぶつかる。
結果は、魔王の反応は…
「ここまで威力を上げるとは。腕が痺れたぞ!」
魔王の左腕が小刻みに震える。
ダメージは与えた。しかし足りない。
ダメージを受けた魔王。
奴は、右腕の下段に力を入れる。
「ハハ!貴様が光の太刀を覚えることを楽しみにしているぞ!」
そのまま殴りかかってくる。
魔王の拳が私に近付いてくる。普通なら絶望的。
しかし、私と、私を遠くから見ていたルーデウスは…
笑った。
ブン!
魔王の拳が空を切る。
私は拳を後ろ飛びで躱した。
そして、小さく呟く。
「誰が一発で斬るって言ったの?」
「おぉ!そう来たか!」
私は振り切られた黒い腕を掻い潜り、再度懐へ。
狙うのは先ほどと同じ左腕中段。
ガン!ガン!
今度は二連撃。
光の太刀は十分な踏み込みが無ければ撃てない。
しかし、剣自体を強くすれば踏み込みが短くても十分な剣撃になる。
震えが大きくなる魔王の腕。
ねぇ、ルーデウス。今なら守れるかしら?
「フハハ!痛いな!」
魔王が少し目を細めながら声を上げる。
効いてる。私はルーデウスを守れる。
いつも思っていた。
私が、ルーデウスよりすごい部分はなんだろうって。
魔術もすごくて頭も良くて、努力も怠らないルーデウス。
とにかくすごいルーデウスに私が勝てる部分があるとすれば。
それは『速さ』だ。
動きの速さ、反応速度。これは彼にも負けない自信がある。
だから、私はこの能力を最大限使う。
速さを引き出す。自身の限界まで。
「三発同じ所か。フハハ!流石にやばいな!」
「もう、負けないわ」
魔王の六つの拳が私に向かって飛んでくる。
最速の乱打。すごく速い。
でも、当たるわけにはいかない。
これを越えなければ龍神には届かない。
私は細かい横移動で魔王の拳を躱す。
ブン!ブン!ブン!!!
「フハハ!速いが、避けてばかりでは吾輩は倒せぬぞ!」
「そうね」
魔王の拳。その乱れ打ち。
魔王の額にじんわりと汗が滲む。
疲れにより手数が少し減る。
瞬間、強い魔王に隙が出来る。
ルーデウスに追い付く道が、私にも見えた。
ドン!
その時、私は踏み込んだ。
六本腕を掻い潜り三度目の懐へ、
足に、腕に、身体の全てに力を込めて。
魔王の腕を、龍神の首に見立てて。
私は剣を振り下ろした。
「ルーデウスは、やっぱりすごいわね」
バン!!!
激しい音。
先ほどと同じ音。
しかし、結果は違った。
ボト。
魔王の左腕中段。それが紫色の鮮血と共に地面に落ちる。
少しの焦げ臭さと血液の匂いが私の鼻を擽る。
この事実が証明することは一つ。
私の剣は魔王を斬ったということ。
「エリス!エリス!!!」
魔王も私も動きが止まる。
そんな中。彼が、ルーデウスが私の元に飛び込んできた。
「エリス!すごいです!!!やりました!可愛いです!」
「ルーデウスのおかげよ。ん?可愛いって言った?」
「あ、バレた」
いつも彼は恥ずかしいことを言う。
でも、そんな風に言いながら笑うルーデウスが私は好きだ。
だから、今日は殴らない。
「ルーデウス?ちょっとだけ甘えてもいい?」
「良いですとも」
彼の言葉を聞いて、私は彼に抱き付く。
暖かい。彼が生きてるって実感する。
昔、ルイジェルドが私を『戦士』と認めてくれた。
戦士なら道を間違えたと疑うんじゃなくて、選んだ道を正解にする。
それが私の答えだ。
そう、この道でルーデウスと共に生きる。
本当にルーデウスと離れなくて良かった。
そうやって思えた。
血の匂いと火の匂い。
そんな匂いに相応しくない幸せが、私を包み込んでくれた。