テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
前回の続きです
暑さも本番になり外に出るのが億劫になる7月中旬の金曜日。あれからも俺は、週一でクレープ屋に通う生活を送っていた。
相変わらず苦手な甘さと戦いながらちまちまとクレープを食べていれば、彼が笑いながら隣に座ってくれる。
「やっほーるべしょー。」
「ウェン!お疲れさまです。」
少し前に教えてくれたことだが、彼の名前は赤城ウェンというらしい。歳は俺と同じで18歳。高校時代の仲間の1人が受け継いだクレープ屋で働いているとのことだ。へにゃりと笑う彼の顔は今日もとてつもなく愛らしい。
「__じゃあ、また来週ね〜。」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、別れの時間がやってきてしまった。
「ウェン…!」
「ん?なあに?」
「………いや…また来週きますね!」
しばしの沈黙の後、言おうとした言葉が寸前で飲み込まれ、変わりに当たり障りない言葉が顔を出す。彼と別れたあとの駅のホームで電車を待ちながら、1人後悔に頭を悩ませた。
良ければ連絡先、交換しませんか?
たったこれだけ。自惚れかもしれないが、ウェンとはもうだいぶ打ち解けられた気がする。だから連絡先を聞くことも全く不自然じゃないはずなのに!
「なんで言えないかなぁ……。」
ぽつり呟いた言葉は駅のアナウンスによりかき消された。7月が終われば2ヶ月近くもある夏休みに入ってしまう。本来なら休みが長いのは喜ばしいことなのだが、その間は彼にも会えないということで……。
そんなの耐えられない!!ここまで話せるようになったのに、2ヶ月も空いたら関係がリセットされちゃうかもじゃないですか!……来週こそは絶対言おう。そう覚悟を決めた俺は、来たる金曜日のために脳内シュミレーションを繰り返すのだった。
そして金曜日がやってきた。事前練習もばっちりなため、クレープ屋へと向かう足が自然と浮つく。いつものところにあるいつものお店。だが、遠目から見てもウェンが見当たらない。
まぁ下の棚から材料でも取っているのだろう。キッチンカー内でかがむと一見人がいないように見えるのは前にも経験済みなので、俺は特に何の疑問も抱かないまま声をかけた。
「ウェンー?」
「あ、すんません!お兄さん、ちょっと待ったってな!」
ぴしりと自分の挙動が止まる。下からひょっこりと出てきたのは見覚えのあるピンク髪じゃなくて明るい金髪で、爽やかだけど聞き慣れない関西弁が脳にぐるぐると響いた。
え、あれ、なんで…?今日は金曜日だからウェンのはずじゃ……?混乱のまま思考を巡らせる内に金髪の店員さんは用事が済んだようで、にこりと笑いながら俺に話しかけた。
「お兄さんごめんなぁ。俺が来週の月曜ちょっと予定あって、ウェンとシフト交換してもらったんよ。」
「は、はぁ。」
「でもウェンから話は聞いとるから安心してな!オススメするやつのメモも貰ってきてんねん!」
大体の事情はわかった。連絡先を聞く覚悟を決めてきたから少し拍子抜けした部分はあったが、俺が来ることをみこしてオススメを考えてくれたのが嬉しい。でも……
「えーと、アーモンドチョコブラウニーがオススメやって!ご注文はこれでええ?」
「……すみません。オススメしてもらったやつじゃなくて、このツナチーズサラダでもいいですか…?」
いつもはオススメしてくれたものを食べてるが、今日は彼もいないし自分の気になるものを食べようと思った。俺の言葉を聞いた店員さんは大きく目を見開いたが、すぐにまた笑顔を浮かべて手際よくクレープを作り始めた。
「はい、ご注文のツナチーズサラダです。食べ終わったら巻紙はここに捨ててな〜!」
彼の手からクレープを受け取り、いつものベンチに腰を下ろした。おかずクレープというものを頼んだのは初めてだが、これは…想像よりもずっとおいしそうだ。
「ん……おいし…!!」
期待を裏切らない美味しさに思わず笑みがこぼれる。夢中で食べていれば、いつもは1時間ちょっとかかるところを、今日は15分ほどで食べきった。巻紙を持ってキッチンカーへ近づくと、店員さんと目が合ったので軽く会釈をする。彼は少し目を伏せた後、おずおずと口を開いた。
「……なぁ、お兄さん。もしかして甘いもん苦手?」
「えっ。」
図星すぎる指摘に思わず反応してしまった。どうしてそれを…?なんて狼狽える俺に店員さんは続ける。
「ウェンから『甘党で食べるのがゆっくりなお客さん』って聞いとったけど、今日見た感じそんな風には見えんかったからまさかと思ってん…。」
こんなあっけなく見抜かれてしまうだなんて思ってもみなかった。視線をあちらこちらへ彷徨わせる俺に店員さんは言葉を続ける。
「無理して苦手なもん食べるの辛いやろ?今更言いづらいとかやったら俺からウェンに言っとこか?」
「あ…いや、それはぁ、……。」
店員さんの申し入れは正直言ってありがたい。でも、もし今まで無理して食べていたことをウェンが知ったら…?なんて言い訳をしたらいいのか見当もつかないし、だからといってウェンに……自分の思いを伝える勇気もない。
「今度自分で言うので大丈夫ですよ!」
彼は、ならええけど…なんて歯切れ悪く言った。店員さんには悪いがここは嘘でごまかそうと思う。
シフトを変わったと言っていたから、来週は月曜と金曜にウェンが出勤するのだろうか。その日こそ連絡先を聞くぞ!と気合を入れ、俺は帰路についた。
「…いた!」
月曜日、人通りの落ち着いた時間にいつもの道を通れば見慣れたキッチンカーと彼がいた。はやる気持ちを抑えて近づくとウェンは柔らかい笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「るべしょー!いらっしゃいませ〜。」
「こんにちは、今日のオススメはどれですか?」
「今日はね……これ!アップルシナモンだよー。」
心のなかでこの前の店員さんに謝りながら、俺はいつものようにウェンのオススメのものを注文した。
「はい、まいどありー。……あ、生地きれてたんだった!ごめんね、作るの時間かかっちゃうから向こうで座って待っててくれない…?」
多分もうお客さん来ないし僕が後で持ってくよ!なんて言ってウェンは身をかがめた。俺はウェンの指示通りにいつものベンチへ腰を下ろす。大学内でもここのクレープ屋さんが美味しいと噂になってるのを耳にしたことがあるし、きっと今日もたくさん売れたのだろうな、なんて考える。
しばらく待っていれば、キッチンカーから出てきたウェンがこちらに歩いてきた。辺りはもうかなり暗くて彼の表情こそ見えないが、きっといつものように柔和に笑っているのだろう。
「はい、どーぞ。」
ウェンの手からクレープを受け取る。心なしかウェンの声は落ち着いていた。クレープを作るのに時間がかかってしまったことを気にしてるのかと思い、労いの言葉をかけようと息を吸った時だった。
いつもは意識せずとも胸いっぱいに広がる甘い匂いを、今日の注文で言うならシナモンを、今日は感じなかった。ふと視線を下ろすと、何が入っているかは判別しかねたものの、明らかにりんごではないものが入っているようだ。その意味を理解した瞬間、声になり損ねた息で喉が引きつった。
「……ごめんね。マナから聞き出しちゃった。」
あぁ…バレたんだ。ウェンの声をかき消すように、鼓動がうるさいほど大きく響く。
「ねぇ、なんで甘いの苦手なのに毎週通ってくれたの?」
なんて答えればこの場を切り抜けれる?いつもはくだらない戯言を吐くこの口も、こういう肝心な時にはその役割を果たしてくれない。逃げることもできず黙ったままの俺の頬に、彼の温い指先が触れた。
「正直に言って。」
ウェンは幼子でもあやすかのように俺の頬や首筋を軽くくすぐる。今までになく近い大好きなウェンの顔に、制服に染み付く嗅ぎなれた甘い匂いに、初めて触れたその体温に、俺のキャパは限界を迎えた。
「あなたに…一目惚れしたから……。」
情けなく震えた声と本音を話す恐怖から閉じてしまった瞼。なんてかっこがつかないんだろう。
早く俺のこと振ってよ。
一刻も早くこの空間から解き放たれたくてそんなことを考えた。
「ね、目開けて?」
なんで、なんでそんなこと言うの。逆らうこともできず恐る恐る目を開けば、夜に似合わず太陽のように暖かく笑うウェンがいた。
「僕もるべしょーのことずっと気になってたよ。」
「…………えっ!?」
驚きで頭が真っ白になる。目の前のウェンはとても冗談を言っているようには見えなくて、でもそれが信じられなくてただはくはくと唇を震わせる。
「ウソ!いや、ウソですよね!?」
やっと飛び出たその言葉にウェンは拗ねたように口を尖らせた。
「ウソじゃないけど!?なに、るべしょーは僕のこと好きだけど付き合うのはまた違うっていうの?つまり僕はキープってこと?」
「そんなこと言ってないじゃないですか!俺はずっとウェン一筋で………あ。」
口を滑らせた俺をウェンはニマニマと嬉しそうに見つめている。彼はいつものように隣に腰を下ろす……と思いきやぴったりとこちらに身を寄せるように座った。
「あ、の…近くないですか?」
「んー別によくない?るべしょーは嫌なの?」
「いや……じゃないですけど。」
じゃあいいじゃん!なんて言ってウェンは腕を絡め、そのまま今日の本題だった連絡先も自然な流れで交換した。言葉にこそしなかったが付き合うのは時間の問題では?なんて考えが脳裏にちらつく。
「ねぇ話聞いてる?」
「聞いてますって……ケーキとかクレープに乗ってるいちごが苦手なんですよね!」
「そうそう。あーゆう系のいちごって酸っぱいじゃん!」
隣で楽しそうに話し続けるウェンは、俺の手を無意識なのか分からないが軽く握ったり撫でたりしてくる。心なしか話し方も前よりほわほわしてる気がする。
今日まで知らなかったことだが、ウェンは好きな相手には平生の何十倍も可愛らしい態度で接する人なのかもしれない。
まぁでも、こんな甘さなら悪くないかも……なんて思ったのは本人にはまだ言わないでおこう。
スクロールありがとうございました。
クレープコラボで衝動書きしたやつですがとりあえず完結できて良かったです。
私事ですが11月初めに学祭がありまして……。そこで売るものを大量生産するため、しばらく小説を書く時間がとれないと思います🙇♀
ですが!書きたいネタはたくさんあるので……参考がてらアンケート取ってもいいですか?詳細は次の話に書いときます。
コメント
1件
48