「……あ、はい。頑張って下さい」
ヴィオラは、不思議そうな顔をしながらアドラを見遣る。その様子にアドラもだが、テオドールも間の抜けた顔をした。
「……貴女、婚約者なのにいいわけ?応援なんてして」
呆気にとられるアドラに、ヴィオラは訳が分からないという顔をした。
「婚約者って、誰がですか?」
「貴女しかいないでしょう?他に誰がいるわけ?」
ヴィオラは、可笑しそうに笑う。
「私、ヴィルヘイム様と婚約なんてしていませんよ」
その言葉に部屋は静まり返った。
「は⁉︎あ、いや、兄上は君を王太子妃にすると……」
沈黙を破ったのはテオドールだった。驚きの余り立ち上がって声を上げる。
「それは、ヴィルヘイム様のご冗談ですよ」
ヴィオラの言葉に、テオドールは困惑をした。ヴィルヘイム本人は彼女を王太子妃にするとハッキリと断言している。それに、ヴィオラは気付いていないようだが、勉強だけでなく彼女が学んでいる教養などは、あれらは全て妃教育だ。
故に周囲は、ヴィオラとヴィルヘイムが婚約をしたと思っている。まさか、本人に自覚がないなんて驚きだ……。
「まあ、それなら私がヴィルヘイム様を狙ってもいいわよね」
アドラは不敵な笑みを浮かべると、部屋を後にした。何処へ向かったかは、想像するに容易い。ヴィルヘイムの所だろう。
「それなら、直ぐにでも僕の所にお嫁にこれるね」
レナードは、ヴィオラに満面の笑みを浮かべ話しかける。
「私はレナード様の元に嫁ぐつもりはありません。なので、いつまでもこちらにいらしても無駄です」
「酷いな、ヴィオラ。流石の僕も、傷ついちゃうよ」
そう言いながらも、嬉しそうに笑うレナードに、テオドールは苦笑した。相変わらず、めげる事を知らないようだ。その図々しさ少し分けて貰いたい……。
だが、最近ヴィオラのレナードへの接し方が変わった。簡単にいえば、冷たくなったのだ。
どの様な心境の変化かは分からないが、彼女の中で、彼に対する答えが出たのだろう。
「大いに傷付いて下さって結構です。私は、レナード様が嫌いではありませんが、好きでもありません」
以前ヴィオラは、レナードに対して「大好き」で「大嫌い」と言った。だが今は嫌いでもなく好きでもないと言う。
前者は相手に対して酷く関心や興味があるといえるが、後者は……興味がまるでない事を意味している。興味を持たれない事程虚しい事はない。
レナードは、目を見開き固まっており何も発する事が出来ない様子だ。何を言っても余裕さを崩さない彼が珍しい。
リュシドール国で断罪した時ですら、後から考えれば演技だったと分かる。だが、今は。
暫くそのままでいたレナードだが、突然無言で立ち上がると、扉へと向かう。そして、部屋から出る直前1度立ち止まると一言だけ呟いた。
「ヴィオラなんて、嫌いだ」
それから、レナードが戻る事はなかった。
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