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夜の帳が下りる頃、都会の街は静寂と喧騒が入り混じった独特の空気をまとっていた。
湊はカフェの仕事を終えた後、そのまま帰宅するつもりだった。
それなのに——
相沢「……俺の部屋に来い」
そう言った相沢の瞳が、まっすぐで、どこまでも優しかったせいで。
気がつけば、彼の部屋にいた。
◇◇◇
部屋の中は静かだった。
外のネオンがカーテン越しにぼんやりと揺れ、淡い光が二人を包み込む。
湊「……何で、俺をここに?」
湊はベッドの端に腰を下ろし、少し戸惑ったように相沢を見上げた。
相沢「お前が逃げようとしてるのが分かってたから」
相沢はゆっくりと湊の前に膝をつき、まっすぐな瞳で見つめる。
相沢「本当は、もうお前が何者なのか……分かってる」
湊「……っ」
相沢「でも、それでもいいんだ。俺は、お前が好きだ」
その言葉が、湊の胸を強く締めつけた。
(そんなこと、言わないで)
(そんな優しさを向けられたら——俺は、もう)
湊「……俺だって」
搾り出すような声だった。
湊「俺だって、本当は……相沢さんのことが好きだよ……」
気づけば、涙が溢れていた。
認めた瞬間、崩れてしまいそうで、ずっと言えなかった言葉。
でも、もう限界だった。
次の瞬間、相沢はそっと湊を抱きしめた。
相沢「……じゃあ、それでいいじゃないか」
湊「ダメだよ……だって俺は……」
相沢「何者だろうと、お前はお前だろ」
優しく囁かれ、湊は抵抗する力を失った。
唇が触れ合うと同時に、ずっと抑え込んできた想いが溢れ出す。
(……今夜だけ)
(今夜だけは、全部忘れて)
(この人に、溺れたい)
そう願った。
——ただ、ひたすらに求め合った。
触れた肌の熱も、交わした言葉も、すべてが愛しくて。
切なくて、苦しくて、でも、どうしようもなく幸せで。
きっと、こんな夜は二度と来ない。
だからこそ、湊はすべてを刻み込むように、相沢を抱きしめた。
◇◇◇
朝日が、静かに部屋を照らしていた。
相沢はまだ眠っている。
落ち着いた寝息が、心地よく部屋に響いていた。
湊はそっと彼の髪を撫でた。
湊「……ごめんね」
囁くようにそう言って、ゆっくりとベッドを降りる。
裸の身体にシャツを羽織りながら、部屋を見渡すと、昨夜の余韻がそこかしこに残っていた。
(……幸せだった)
こんな風に、ただ好きな人と一緒にいる時間があるなんて。
でも——
(俺は、ここにいちゃいけない)
湊は静かに服を着替え、荷物を手に取る。
振り返れば、相沢がそこにいる。
手を伸ばせば、きっと彼は目を覚まし、湊を引き止めるだろう。
だけど、それはできない。
(さよなら、相沢さん)
心の中でそう呟き、湊はドアを開けた。
足を踏み出した瞬間、胸が強く締めつけられる。
もう、二度と会えないのかもしれない。
そんな不安が、湊の心をかき乱した。
それでも、彼は振り返らずに歩き出した。
愛しているのに、逃げなければならない。
その矛盾が、痛いほどに胸を裂いていった。