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「今日も、ちゃんと戻ってきたね。」
声に感情はない。
ただ、確認するように。命令をなぞるように。
部屋の片隅でイルミが立っていた。
黒く、無表情なその瞳は、まるで彼女の中を覗き込むように冷たく静かだった。
「……約束だから。戻るって言ったでしょ」
彼女はそう言って扉を閉める。
その背中に、イルミの目が貼りついているのを感じながら。
「信用はしてない。でも、命令に逆らうつもりはない」
「ふぅん……でも、嘘はつける。君はそういう人間だ」
彼女は眉をひそめる。
「じゃあ監視でもすれば?」
「してるよ。ずっとね」
冗談のようで、事実だった。
イルミの監視網は、目に見えない糸のように彼女の周囲に張り巡らされていた。
それは拘束ではなく、保護という名の束縛だった。
「あなたって、いつもそう。全部コントロールして、私の思考すら読もうとしてる」
「思考は読めない。けど、行動は予測できる。君はね、こう見えて…案外、律儀だから」
「……気持ち悪い」
そう吐き捨てたのに、イルミの表情は少しも変わらなかった。
むしろ微かに目を細めた。
「君は、僕に殺されたくないから従ってる。そうでしょう?」
「違う。私は、あなたに殺されるくらいなら……自分で死ぬよ」
その瞬間、イルミの瞳が少しだけ揺れた気がした。
けれど彼は、相変わらず淡々とした声で言う。
「そう。なら次は、自殺しないように見張る必要があるね」
「……冗談じゃない」
彼女の拳がわなわなと震えた。
言葉の端々に、イルミの独占欲が滲んでいるのに、本人にはその自覚がない。
それが、彼女にとって一番厄介だった。
「あなたってさ……本当に人を愛せないんだね」
「僕が君を管理してるのは、必要だからだよ」
「違うよ。必要なのは支配でしょ。愛なんかじゃない。」
「ねえイルミ、あなたにとって私は何?本当に道具と同じだと思ってるの?」
イルミは黙った。
少しの沈黙のあと、静かに歩み寄る。
一歩、また一歩。
「……君は、僕に似てる。だから、観察してる」
「観察、ね」
「そう。君は人を信用しない。感情を見せない。でも、傷ついてる。だから放っておけない」
「同情? いらない」
「違う。共鳴だよ」
その言葉が、彼女の中にわずかに引っかかる。
「私は……あなたみたいになりたくない。
なんでも切り捨てて、心まで殺すような人間に」
「でも、すでに君は僕のところにいる。君が望んだんだよ。」
「あのとき、依頼人を殺さなければ、ここには来なかったはずだ」
「……!」
イルミは、すべてを知っている。
彼女が初めて任務を失敗した日。
本当は失敗ではなかった。
任務の対象に同情し、勝手に生かしたそれをイルミは“選択”と呼んだ。
「君のそういう部分が、毒なんだよ」
「……あんたが言うと、全部呪いに聞こえる」
「それでも、僕は君を手放さない」
イルミの声は、まるでそれが自然なことであるかのように響く。
支配ではなく、本能として。
「君が僕を殺そうとしてもね。」
「君の毒は、美しいから。僕の手の中で咲いていればいい」
「そんなの、ただの独占欲でしょ。」
「ねえイルミ、あなたは本当に……私を、愛してるの?」
イルミはほんの一瞬だけ黙る。
その沈黙の重さに、彼女の胸がぎゅっと締めつけられる。
「分からない。けど、君を他人のものにするつもりはない」
「最低ね」
「うん。君が選んだ最低だ」
その言葉に、彼女はもう何も返せなかった。
この男には勝てない。支配にも、執着にも、自分の心にも。
それでも
毒の花は、操り糸の中で咲き続ける。
誰のためでもなく、自分のために。
いつか、すべてを欺くために。