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無垢

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無垢

1 - あの時と違って、今は髪が短くなっているので夏は比較的快適です。

♥

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2025年08月14日

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夢から覚めたらそこは監獄です。

窓の外は雨天でした。まあ、そんなことどうだっていいのです。いちいち天気を気にして一喜一憂しているようでは、この先ずっと生きていけませんからね。

生きる理由が欲しい。簡単に言いますが、とても難しいことなんです。誰だって生きていたいとは思うでしょうけど、生きる理由なんてそう見つかるものではないですから。我々は所詮、生きる理由を見つけるために生きているのです。それが生きる理由になるかと言われれば、嘘になるんですけど。

嫌いなことばかりをするのはとても苦しいことです。でも、そうは言ったって、私が心から好きになれることなんてあるのでしょうか?


恋とはなんでしょうか。私はいまいち恋をする気になれません。愛情に見返りを求めたくもありません。恋をしている自分を見たくないのです。もちろんその先も。

私はあれを失恋としました。とても残酷でグロテスクなことです。あたまがまっしろになったんです。

私はもう恋をしません。


母は友達が来るからという理由で私を家から追い出しました。また同じ理由です。そうだね、ならしょうがないね。母はきたない人間でした。

私は物心がついてから、父の顔を見たことがありません。母の口から父の話は出てきません。友達が来るという理由で追い出された日は、帰ってきたとき決まって煙草の臭いが出迎えてくれます。母はひどく優しかった。同時に愛に飢えていた。

追い出されたと言っても、夏の日ですよ。真夏、真昼間です。


暑い。

暑い!

私の頭の中はそれで埋まっていた。あまりにも暑い!太陽はもう少し休んでもいいのに。

この国は今夏である。それも真夏中の真夏。

本来なら家でクーラーでも浴びながら勉強をしているところだったが、母から友達が来るからと家を追い出され─それ家じゃなくてもよくない?それに、その友達の家でいいじゃないか─仕方なく図書館へ向かっている最中だ。学校から大量の課題を出された挙句こんな仕打ちなんて、私が可哀想だ。悲しくなってきた。

昼間のせいか、いつものように聞こえてくる元気な子供達の声は聞こえなかった。辺りを埋め尽くすのは、蝉の耳障りな鳴き声と少しの寂しさだった。

そうか、暑いのは昼のせいでもあるな。


早く図書館に着こうと急いでも、その道のりは酷く険しい道のように感じる。あと何分で着くだろうか?このままだと一時間かかるんじゃないだろうか?

軽い絶望に悩まされながら歩いていると、ふと気になるものが目に止まった。

目の前にはアイスを売っている自販機があった。今の私にとって、この自販機は紛れもなく救いの手だった。

小銭を入れる音、ボタンを押す音、受け取り口にアイスが落ちる音が順番に聞こえてきた。そして、蝉の声にかき消された。

近くにあるベンチに座って、アイスを頬張ると、甘いチョコレート味が口に広がる。アイスの冷たさが口の温かさを奪っていく。

いや、口の中だけじゃなく、なぜだか頬も冷たい…?

「やっほ。ここに居るのが見えたから来ちゃった」

彼女はラムネを私の頬に当てながら笑いかけた。

「…春陽」

早乙女春陽。私の一番の友達である。見るからに一軍女子だというのに、私と接してくれている。私の数少ない友人である。

「來はここで何してたの?」

稲葉來。私の名前である。私という人間は、探せば星の数ほど出てくるであろう中学生だ。

「今から図書館に行って勉強しようと思って…」

嘘ではない。本当は私、家で勉強したい。早く家を空けてください。

「勤勉だねぇ。こんな暑いのに。………ねえ、來。その勉強って明日以降でも構わない?」

「うん、別に大丈夫だけど……」

夏休みはまだ20日くらい残っている。今日サボったくらいで別に響かないだろう。 わざわざ聞いてくるなんて、何か用でもあるのか?

「…じゃあ、ついてきて」

春陽は私の手を取って走り出した。私は転びそうになりながらも、そのままついて行った。

春陽は私をどこに連れていくつもりだろう?


8月14日。世の学生は夏休みである。もちろん、私と早乙女春陽も例外ではなかった。


「…電車?」

私は先程買った切符をしっかりと握った。

現在、私と春陽は電車に乗っている。春陽の行き先からしてまさかと思ったが、本当に乗るとは……。

「うん。なんか遠出したい気分になって……。ほら、課題多いじゃん?気分転換的な?」

「まあ、たしかに………?」

どうせ勉強くらいしかすることなかったし、暇を潰せれば何でもいいか。

「駅の近くに喫茶店があるんだよね。前行った時楽しかったから行こうと思って…」

春陽は私の手─その時切符を持ってなかった方の手。たしか左手だったかな─を両手で持って私を真っ直ぐ見つめた。

「ね、いい?來」

そんな頼み方されたら断れない。ずるい。

「うん。春陽が選ぶなら」

ご乗車誠にありがとうございます、というアナウンスが流れ始めた。


電車は次の駅名を告げる。

「──で、その子食紅入れすぎちゃって。見た目はあれだけど、味は美味しかったな〜」

早乙女春陽は友達とお菓子作りをしたときの思い出をほぼ一方的に喋っていた。まあ、それは私が聞き役に徹していたせいだろうけど。

「お菓子作りかあ。普段作らないけど、前砂糖と塩を間違えたことあったな。見た目ほぼ一緒だから……」

「私もそれで一回……いや、何回かやらかしてる」

会話は続く。車窓は変わる。目の前の人はスマホを取り出していじる。声の大きさはなるべく小さめを保ったまま、私達は話し続けた。

次の駅で目の前の人が降りて、私達が乗っている車両はついに私達だけになる。

静寂。

「やっぱり………怖い…」

春陽は小さな声で、そう確かに呟いた。私には聞こえたんだ。だが、私はその言葉に込められた意味を聞き出すことは出来なかった。私も怖かった。

「降りるのは次の駅だよ!」

さっきのことはなんでもないと言うような、元気な声だった。

彼女は次の駅まで他愛もない話を続けていた。私は適度にリアクションをとりながらそれを聞いていた。

私はそれ以外にいい聞き方を知らない。


駅前は人が沢山いた。昼とはいえ、夏休みの期間だと意外といるものなのか。

大人、高校生らしきグループで行動している人、外国人。様々な人とすれ違いながら、春陽の背中を追う。

「あ、ごめん。歩くの早かった?人沢山いるし、はぐれないようにしないとね」

春陽は私の手を握って、そのまま歩き出した。

「……う、うん」

少し、緊張するかも。


「え〜っと……。どっちにあったっけ…」

駅の外側にあるマップを見ながらそう言っていた。

「スマホは?」

「いや……、忘れてきちゃってさ。今日。來は?」

「私も。忘れ仲間だね」

お揃い…でも忘れ物でかぁ、と春陽は言いながら周りを見渡した。

「どうしようかな……。…まあ、こうなったら勘で行くしかないか」

春陽は周りを見渡すのをやめて、私に問いかけるようにそう言った。

「それ本当に大丈夫?」

「任せて。私こういうのはだいたい成功してるから 」


「本当に着いた……」

「ね?言ったでしょ」

オシャレな外装のカフェだ。CMで聞いたことがあるような店名だった。

「割り勘ね」

「うん、勿論」

扉を開けると、チリンと高い音がした。内装は全体的に茶色とクリーム色で構成されていて、店内は僅かに曲が流れていた。コーヒーのいい匂いが入口でも感じられた。

「空いてる席どこかな……」

そう言う春陽に着いていく。席は大抵埋まっていた。

「あった」

どんどん奥へ進んで行ったところで、春陽がそう言った。そこは丁度一番奥で、二人用の席だった。

「危なかった。もう少し遅い時間だったら埋まってたね〜」

「そうだね。人気なの?」

春陽と私は席に座った。春陽はメニューを見ている。

「そりゃあ勿論。昨日新メニューも出たからね」

「そうなんだ。何が美味しいのかな?」

私がそう聞くと、春陽はその言葉に反応したのかメニューから顔を上げた。

「それはね。やっぱりドーナツだよ!ここのドーナツはめちゃくちゃ美味しいの!」

「じゃあ頼んでみようかな?」

そう伝えると、春陽の表情は明るくなったように見えた。これは…喜んでいる。

「そうした方がいいよ!私はポンデリングと紅茶頼むけど、來は?」

「オールドファッションとコーヒーにしようかな」

「分かった。じゃあ頼むね」


「美味しい…」

春陽はポンデリングのストロベリーを幸せそうに頬張っていた。そういえば春陽ってイチゴが好きなんだっけ。

「よかったね」

それにしても、この店のドーナツは美味しい。春陽の勧めに間違いはなかったみたいだ。

店内の色合いといい音楽といい、凄く落ち着く店だ。お母さんに頼んでまた来てみてもいいかも。その方がお母さんも休憩できるだろうし…。

「あっという間に食べ終わっちゃった……。もう一つくらい頼んでおいた方がよかったかな 」

私が丁度食べ終わったくらいに春陽はそう言った。春陽はもう少し前に食べ終わっていたっけ。

「別に今から頼んでもいいんじゃない?春陽が食べるなら私も食べちゃおうかな」

「………いや…。大丈夫だよ。今そんなにお金持ってないし」

今の間はなんだろうか。いつも明るい彼女の暗い部分が見えたようで、少し怖く感じる。

「…。ねえ、ちょっといいかな。相談事してもいい…?」

数秒間の沈黙のあと、そう春陽が問いかけてきた。酷く緊張しているような声色。

「うん。どうしたの?」

できるだけ刺激しないような言い方でいこう。

「………ええっと…」

「ゆっくりでいいよ」

こういう状況、本人だけじゃなく私まで緊張するから少し苦手だけど……。みんなおふざけなしで真面目に相談してくるから、断ることが出来ない。

「ら、來は………。…來は、私が…。私が、同性の子を好きになったって言ったら…引く?」

「え…」

「好きな人が出来たの。その人が女の子で……」

好き?春陽の好きな人?

「別に、引かないよ」

一体誰?

「むしろ、応援してる。恋に性別とか…関係ないって、思うし…」

じゃあさっきまでのは?私は何?

「…よ、よかった……。引かれたら怖いから…」

私は?

「きもちわるい、って言われたらどうしようかと──」

私は何でこんなに動揺しているの?


「おかえり」

家へ帰ると、真っ先に煙草の臭いが出迎えてくれた。いつも通りだった。そう、今日もいつも通りだった。

「ただいま……、お母さん…」

「あんた、顔色どうしたの?体調でも悪い?」

お母さんはいつも通り優しい。変なくらい、いつも通りに。

「外暑かったから……熱中症かな……?」

「え、嘘…!お母さん急いでいろいろ買ってくるね。ちょっと待ってて。何か食べたいものある?」

「なんでもいい。けど、今は食欲ないかな」

口の中が苦い。焦げたような苦さだ。

「わかった。お母さん買い物行ってくるから安静にしててね。寝ててもいいから」

私は……。

もう、どうでもいいか。こんなもの。


そして私は、いつも夏になるとイチゴ味のアイスを食べるんです。彼女は、イチゴが好きでしたから。


この作品はいかがでしたか?

55

コメント

3

ユーザー

わ~!!めっちゃいい……少し淡々としている感じがより一層良さを引き立てているね……!!

ユーザー

ノベコンの参加作品です 遅くなってすみません!!!

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