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いよいよ彼女は腰を上げて俺の上に跨る。
ニットを頭から脱ぎ取ると、黒のスポーツブラに包まれた小ぶりな乳房が見えた。
しかし彼女はそれ以上脱ぐつもりはないらしく、俺に覆いかぶさってくる。
「――――」
無駄な肉などない引き締まった身体。
腹筋は割れるどころか盛り上がり、肩だって、二の腕だって俺より太い。
生き物として、恐怖を覚える。
出し抜きたいだなんて、
かわして逃げたいだなんて、
そんな、甘いことは言っていられない。
殺すつもりでいかないと、殺される。
ゴクン。
静かな部屋に俺の唾液を飲む音が響き渡る。
何を勘違いしたのか、彼女はこちらを見て、にやりと笑った。
角度だろうか。それとも性行為への恐怖からだろうか。
他人の陰茎は、自分の指のようにはいかないらしく、彼女は入り口に俺のモノをあてがいながらも腰を落とすことができずにいた。
こめかみから焦りの汗が垂れる。
中腰の体勢にも疲れてきたようだ。
「……難しい?」
十分に待ってから聞いてみる。
彼女は気まずそうに照れ笑いをした。
「……あんまり時間を置くと、せっかくそんなに濡れたのに乾いちゃうよ」
静かに追い打ちをかける。
「せっかく指で慣らしてくれたのに」
追い詰める。
「ーーーーー」
顎まで垂れた汗を彼女が手の甲で拭う。
本当はーーー
こちらが腰を浮かして彼女の中に入り込めば、安易に挿入できるのだが、俺はそれをあえてしなかった。
「できない」と思わせなければいけない。
手錠をとらなければできない。
そう彼女自身が思ってくれないと先には進めない。
「―――やっぱり無理かな……」
俺は残念そうに笑いながら言った。
「今日は悪いけど、口か手でしてくれる?」
そう言うと彼女はわかりやすいまでに唇を噛んだ。
そして長い溜息をついた。
「あなたの片手さえ自由になれば、出来る……?」
彼女はこちらを潤んだ瞳で見つめた。
俺は少し意外そうに目を見開くという演技をした。
そして嬉しそうに微笑んで見せた。
しかしーーー
片手……か。
彼女は脱ぎ捨てたズボンを拾い、鍵の束を取り出した。
その中の小さなカギを選び出す。
こんな小さなものに、俺は人としての自由も尊厳も封じ込まれているのだと思うと、腹の底から沸々とした怒りが湧いてくる。
顔に出さないように努めながら彼女を見つめる。
その表情に迷いはない。
もしヘラなら、
こんな愚かなことはしない。
アテナには、何かあったとしても片手だけなら俺を何とでもできるという自信があるのだろう。
俺はどうやら自由にしてもらえなそうな左手を睨んだ。
ヘッドボードの左右の持ち手に固定されているそれは、ベッドごと引きずりでもしない限り動くことはできない。
そう。
ベッドごと……。
「――――!」
俺は左右の鉄柵を見た。
医療用ベッドは、担架に平行移動できるように左右の柵は抜き差しができるはずだ。
「ま……待ってくれ!」
今にも右手の手錠を外そうとしている彼女に言った。
「―――できれば、こっちの手錠も頭の上じゃなくて、こっちに付け替えてくれないか」
言うとアテナは俺の視線を追って、鉄柵を見つめた。
「頭の上じゃ思うように腰に力が入らない。横に手があった方が踏ん張れるから―――」
焦りが伝わらないようにわざと言葉をゆっくり発する。
「君にとっての初めてのセックスなら猶更、まさかマグロでいるわけにはいかないだろ」
微笑んで見せると、彼女はわかりやすいまでに頬を赤らめた。
俺の右手から手を離すと、左手の手錠を先に外した。
そしてその手錠を、左側の鉄柵に付け替えた。
彼女と目が合う。
「ありがとう。これで腰の踏ん張りがきく」
言いながらゆっくり腰を動かして見せると、その反り立ったものを見て彼女は微笑んだ。
――ガチャン。
右手の手錠が外される。
晴れて自由を取り戻した手で、彼女の頬を包む。
そのまま上半身を起こし、促すように自分の唇に持っていく。
アテナは喜んで俺の首に手を回し、キスに応えた。
彼女の背中に腕を回し、気づかれないように手首を回す。
下がっていた血液が指先までじんわりと広がっていくのがわかる。
俺は”自由”と、”武器”を手に入れた。