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意識が浮上してくる。
⋯⋯此処は何処だ?まるで、、、”無”。強いて言うなら海、かな。海の奥深くの場所で、真っ暗でなにもなく、孤独で、感覚が狂ったように、なにも感じないまま無音の空間を漂っている、といったところだろうか。否、水に触れている感覚がない。どちらかというと、無重力空間に近いかもしれない。何方にせよ、暗くて孤独な事に変わりは無い。
暫くして、(とはいっても時間の感覚も曖昧なので、何時間にも、何日にも、何年も過ごしたような気もするし、一瞬のような気もするのだ)、誰かの叫ぶ様な聲が聞こえた。濁っていて、小さくて、よく聞こえない。
「____、、、!」
「_________!!」
又、暫くして、先程よりも鮮明に聲が聞き取れた。聲が重なって聞こえる。どうやら複数の人間が話しているらしい。
「だ、_____ぃ、さ、__」
聲が、大きくなる。
「だ、____ざ__ん_……______」
「太宰さん!!!!!」
聲がはっきりと聞こえると同時に、視界が、、、真っ白に染まった。眩しい、そう感じたのか否か、目を固く閉ざして、暫くしてからそっと目を開けた。
「……ぇ、?」
目を開けた其処には、探偵社のみんながいた。
「太宰さん!太宰さ、おねが、い、します。おきて、おきてください!!!!」
「おい起きろ、太宰!!お、まえは、俺の理想を、っ、どれだけ乱せば気が済むのだっ!!」
私、起きてるよ、、、?
何が起こっているのか、正直よくわからない、。何故か皆一様に”起きて”、と云っていたのだ、、、。
⋯⋯⋯⋯。
嗚呼、、、思い出した。私は、死んだのだ。敦君達が撃たれそうになったから‥‥‥‥庇って、、、其の弾丸が、丁度私の心の臓を撃ち抜いて…..。あまりにも、あっさりと、いとも簡単に。けれど其処で可笑しなことに気がついたのだ。私は死んだ。確かに死んだ。なのに何故だ?死んだのなら、この光景を見ることは、なかったはず…
なら、何故、私は此処に存在している?真逆、未だ死ねていない?昏睡状態に陥っていて、命の火が今まさに燃え尽きようとしている処なのだろうか…
身体を、試しに動かしてみた。指を折り曲げてみて、自分が動けることを知り、上半身を起こしてみる。
「太宰さん、起きて、、、起きてくださいっ、、、、!未だ、、未だ貴方にっ、何も、返せていないのにっ…!!」
何故…?何故だ……皆んなの反応は、変わらない。皆んなの目には、先刻と変わらず死んだ私が見えているようだ。私は、後ろを振り返った。其処には、身体が沢山の管に繋がれて、静かに眠っている私の姿があった。
黎明のやわらかな光の中で、私は、確かに死んでいた。
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あれから1日が経過した。矢張り私は死んでいる。ベッドの横に設置してある心電図はもうすっかり止まっていて、よく見れば皆んなの後ろには俯いた医者や看護師が何人か立っていた。
医者からの説明を探偵社の皆の中に混じって聞いていると、ある事が解った。
私の死因は、、”失血死”だそうだ。
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何時間も、何時間も、彼らは泣いて、私に”起きろ”と云っていた。でも、暫くしてから、ふと、腑に落ちたように、敦君が、
「そっか、…太宰さん、疲れたんですよね。頑張り過ぎたから、御休みするだけですよね…。」
と云って、其れを皮切りに、皆が起きろと云うのをやめていった。
「疲れているのなら、確りと休憩をとらなきゃねェ…」
皆、似たようなことを云って、その日はお開きとなった。
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其の次の日。沢山の手続きが行われ、葬儀が開かれた。武装探偵社やポートマフィア、更に、異能特務課迄、出席していた。その中でも、人一倍涙を流していたのは、元相棒の、、、中也だった。生前は、あれ程喧嘩したのに、、、なんだか其れがとても不思議だった。
「 如何して、先に逝っちまうんだよ………手前は、俺がっ……………くそっ…」
嗚呼、私は元相棒に、こんなにも大事に想われていたのだね……。
私は、自分の身体だったモノが燃やされるのを見た。棺に入れられて、火葬場に運び込まれた私の身体だったモノは、火葬炉に入れられて、其処から探偵社の皆が別の部屋に移動したのだが、私は怖くて一歩も動けなかった。
体験した事の無い恐怖が私を襲った。私の身体が、私の知らないところで燃やされるのが。だから、動けなかった。
私は蹲って、私の身体が焼けるのを待った。
それから私は、自分の骨であろうモノを見た。白くて、少し薄汚れた骨。少し前まで私だったモノ。
「………」
皆無言で、箸で骨を掴んでは、壺に入れた。
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葬式が終わってから、何日か経った。私は死んだが、世界は其れを気にすることなく回っている。依頼も沢山舞い込んでくるし、事件は起こる。
「…敦、この前云っていた資料だ。」
「……あ、はい。ええと、…此なんの資料ですか、、、?」
「……前にも話したぞ。ほら、薬物の違法取引現場を押さえてほしいと云う依頼が有っただろう、其れでお前と、太宰、が……、」
国木田君は、其処で口を噤んだ。少し俯いて、目を逸らした後、また口を開く。
「…駄目だな、まだ彼奴が居ないことに慣れていない。こうしていると、 まるで、其処のソファーに彼奴がいるような、気がして…」
癖で云ってしまった。
太宰、という言葉を、皆、ここ数日極端に避けていた。若しかしたら、受け入れられないのかもしれない。私は、そんなに大きな存在になれていたのだろうか。そうだとしたら、存外、光の世界に出てきて正解だったのかもしれない。
「……そうですね…僕も、いつも探偵社に来る時、ふと何時もの川を、見てしまうんです……太宰さんが、若しかしたら、流れているんじゃないかって…。でも、見てからすぐ、嗚呼、もう居ないんだった、って。」
嗚呼、敦君、そんな顔しないでよ。君は笑った顔の方が似合うのだから。ねぇ、国木田君も、そんな泣きそうな顔、しないでよ、、。君、人が亡くなっても泣かなくなったじゃないか。其れを埋め合わせるように、花を添えてたじゃないか、、、
勿論声が届くことはない。代わりに伸ばした腕すら、彼らに触れることなく突き抜けていく。
私の憶測だが、私は、多分、成仏できていなかった。否、成仏というのが有るのかは解らないのだけれど若し世界中の魂が成仏することなく残っているのなら、今頃この世界は幽霊だらけだろう。けれど其れも見えない。だから屹度、通常は、成仏というものが矢張りあるのだろうと自分なりに仮説を立てた。まあ見えていないだけかもしれないが。
何となく、成り行きで、私は今日も、此処にいた。何日経ったかは定かでないが、今度は、私の部屋を片付けるか、と云う話を耳にした。私は普段、探偵社の皆が帰った後も探偵社に残り、夜が明け、皆が又、出社してくるのを待つ、と云うのが毎日の習慣になっていた。だが、この時ばかりは行こうと決めた。何故か?私にしては珍しく、内心焦っていた。如何しよう、あの部屋だけは見られたくない。如何にか阻止出来ないだろうか、私は、部屋への立ち入りを阻止する方法を一晩中考えた。
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翌朝
探偵社の皆が私の部屋の前に来た。
今日も、皆で集まっていた。私も自分の部屋の前に立つ。
「よし、皆揃ったな。開けるぞ。」
(待って!未だ開けないで!心の準備が未だ出来ていないのだよ!)
却説、此処で私の出番だ。なんとかこの部屋に入るのをなんとしてでも阻止しなければならない。
国木田君が衣囊から私の部屋の合鍵を取り出した。先ずは其れを奪い取ろうと試みたが…伸ばした手は、無情にも、するりと奥へ突き抜けた。まぁ、いい。此れにはもともと期待していなかった。もしできたとしても、結局は国木田君の手帳で作り出せてしまうではないか。嗚呼、駄目だ!次の作戦は、、、
(あ……)
鍵が、開けられた。ドアノブを捻り、ドアを開けたその先に、私は光の速さで其処に立ち塞がった。絶対通さない!此処は通さないぞ!!! 結果、勿論意味はなかった。皆私の体を物ともせず通り抜けていく。(この感覚は、心地の良いものではない。)最後、乱歩さんが部屋の中に入る時に一瞬だけ立ち止まった気がして、どきりとした。
───え、貴方真逆、見えているとかじゃないですよね?もし見えているのなら、何か反応してください?
一瞬のことだった、、すぐにみんなの背中に追いついてしまった。私の勘違いだろうか⋯⋯
「あらら‥‥‥‥なんというか、、、その、…綺麗ではないですよね、、。」
敦君なんてことを云うんだい。嗚呼、確かにそうだけれど!そうだね、自覚はあったよ!私の部屋は誰が見ても吃驚する程の汚さだ。乱雑に積み上げられた文庫本に、その辺にほったらかされた空の薬瓶。何時も愛用していたヘッドフォン、万年筆、。けれど、其れはいい。それはいいのだ。違う、私が見られたくないのはこれらの物ではなくて______
「?…原稿用紙………?」
ぁあぁあぁぁ、鏡花ちゃん、其れを今直ぐ置くんだ!しかし私の叫びも虚しく、皆がぞろぞろと集まってくる。
「…へェ。こりゃ、小説だネ。大分推敲されて、本気で書いてたみたいだけど…」
其れは、私がひっそり書いていた小説だった。織田作が書けなかった分、私がその代わりに書いてみようと思い、書いた自己満足の賜物。
「うわぁ、凄いです此、一枚だけじゃないですよ!ほらこれ、見てください。」
谷崎君が引き出しの中から残りの原稿用紙を引っ張り出してくる。
嗚呼、終わった…あんな恥の多いものを晒されるなんて…………
「……此れは本当に、太宰が書いたものなのか、、、、?」
「嗚呼、そうだよ。此れは太宰の字だ。彼の意思で執筆した物だろう。彼は随分長い間、字を書いていたんだね。」
「タイトルは、人間失格、、、か。」
「太宰さんの、異能力名と同じ、、、」
「どれどれ、恥の多い生涯を送ってきました。_____」
(あぁぁぁ、それ以上読まないでぇぇぇ、、、)
私の書いた小説を、皆が読んでいた。私はあまりの恥ずかしさに台所の隅に丸くなって蹲った。 暫くして、片付けが再開したようだ。原稿用紙は如何成るのかというと、どうやらあれは残しておく事になったらしい。嗚呼、最悪!!、自分が死んでしまう事を予測できていれば…死して尚この世界に恥が残り続けるなど成仏できるものもできない…!
因みに原因は乱歩さんだ。
「残しておこうよ。ね、国木田。屹度、こんなの見られたって知ったら今頃太宰は恥で倒れこむだろう。仕返しにいいんじゃない。」
(乱歩さん、、、仮借ない…。)
「やっと終わりましたね。て云ってもそんなに大変じゃなかったです。物も少ないし。」
数十分後、私の部屋は見る影もない程綺麗になっていた。
「…人が亡くなった後って、いっぱいやらなければいけないことがあって、意外と大変なんですね。」
「嗚呼、お前はそう云う経験があまりないんだったか。」
「はい。僕、亡くすような人もいなかったですから…」
その日は、其処で解散した。 それから、又何日か経過し、今度は私の机を片付けると云う話を聞いた。探偵社に置いてある、私の机。山積みの書類(実は大半が完成済だった)、メモ用紙。嗚呼、死ぬ前に片付けとけばよかった。御免ね皆、何時も何時も迷惑をかけて⋯⋯。
「…これはまた、骨が折れそうですね……」
先ずは書類をなんとかするべく、一枚一枚資料の内容を確認してから必要な物と不要な物に分けていく。
「彼奴、殆ど完成している物ばかりではないか!何故提出しないのだ!」
御免ね、国木田君。提出するのが面倒くさかったのだよ…。
必要な物は、資料室で、種類別にファイルに分けていく。それは谷崎君と、賢治君の役目。目を通すのが国木田君。敦君と鏡花ちゃんは、今は未だ、自分のデスクで仕事をしている。乱歩さんは相変わらず何もせず椅子に座り、菓子を頬張っていた。
其れから、引き出しの中身を片付けていく。中に入っているのは、緊急用の銃と、、それから弾。文具と、此処にも薬瓶。包帯。
必要な物と、不要な物に分けられる。必要な物を、今度は敦君と鏡花ちゃんが、備品として各々しまっていく。
机が、綺麗になった。其れから数日。今度は私の骨を納骨することになった。何処に、どの様な形で納骨するかと話していたところ、乱歩さんが、
「其処の墓地でいい。場所は、織田という人の隣だ。」
織田作の隣に、私の墓ができた。
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探偵社は、社員の笑顔も増えて、寂しそうな顔をすることはあるけれど、前の、私が未だ”生きていた”時の状態に戻りつつあった。
私は、私が消えていくのをひしひしと感じた。けれど其れは、今に始まったことではない事に気が付いてしまった。屹度、もう随分前から、私はこの世界から消えかかっていたのだろう。身体は、燃やされ、無くなり、部屋が綺麗に片付けられ、其れから社のデスクを片付けて、納骨を済ませて。
屹度、私は、少しずつ、消えていたのだ。
成仏とは、、こういう事なの、、、?
私は、本当に織田作との約束を果たせたの…?
『私、少し前まで、此処に居た筈なのに……。』
胸に残るのは、寂しさと、喪失感。何故こんな感情を抱いてしまうのだろう。失ったのは、彼等の方なのに。
彼等は、確りと前向きに進んでいた。一歩一歩、ゆっくりと。私が居なくなっても、彼等も、世界も、進んでいく。
私は、この酸化する世界から忘れられる。私の居ない明日がやって来る。
私が座った椅子。私が寝たソファ。私が開けたドア。私が踏みしめた床。どれもこれも、過去のものだ。皆の過去に私は存在していた。けれど、私は、もう既に、、、消えてしまった。これからは、この先入るかもしれない誰かの席で、来客者が座る通常通りの役割を果たすソファになる。ドアは相変わらず開けられて、床も相変わらず誰かが歩く。
寂しい、と。生前には感じたことの無い感情が生まれた。
未練は、無いはずだったのに。無いはずだった、、、嗚呼、、失って初めて、私にとってこの日常が、存外大事だったのだと、初めて知ることになった。これから、私の知らない明日が屹度やって来て、私は、この探偵社にくる依頼も、出来事も、知る事はない。彼等がどんな道を歩むのか、其れから、どの様な事をするのか。結局、クリスマスパーティーにも、忘年会にも、社員旅行にも、参加しなかったなぁ。こんなことなら、もう少し皆の事をもっと知っておけばよかったかな。嗚呼、でも、もう全て手遅れだ。もうこの世に私の身体は、無い。でも、知っていたらもっと寂しかったかな。もう何でも、何を思っても手遅れだ。
国木田君の将来も気になるなあ。理想の女性を見つけて結婚したり、するのかなあ。結婚といえば、谷崎君もそうだ。妹のナオミちゃんがあれだから、結婚はしないのかな。嗚呼、賢治君も、どんな大人になるかな。明るくて、優しくて、屹度、素敵な人になるだろう。敦君は、鏡花ちゃんは?彼等はとても仲睦まじいから、もしかしたら今以上の発展があるかもしれない。将来がとても楽しみだよ。与謝野女医はどうだろう。これからも医者をやって、沢山の命を救うのかな。社長は、いつかボケるのかな。其れを乱歩さんがお世話してあげるのかな。
全て、私の知らない世界。何故だろう…早くこの酸化する世界の夢から目覚めたかった筈なのに。
嗚呼、世界が、私の知ることのない世界に変わっていく。けれど世界は其れに気づかない儘だ。
『誰か、些細な事でもいいので、どうか覚えていて下さい。』
私がこの椅子に座って、だらだらと字を書いて、報告書を書いたこと。私が何時もソファに寝転んで、本を読んでいたこと。私があの扉を勢いよく、時には怠そうに、遅刻しても堂々と開けたこと。私がこの床を踏んだこと。いつか此処で国木田君と追いかけっこしたこと。
私のこと。私が此処にいたこと。この世に存在した事を。 皆、覚えていて、とは云いません。だけど、名前くらいは、、、、覚えていて下さい。お願いします、、、。私のことを、、、、、、、、忘れないで。──────────
「忘れやしないよ。」
驚いて顔を上げると、其処には乱歩さんがいた。其れだけじゃない。ナオミちゃん、谷崎君、賢治君に鏡花ちゃん、敦君、与謝野女医、国木田君、それから社長まで。探偵社の皆が、居た。
『私が、、、見えるんですか…?』
「見えてるのかって?残念ながら全く見えないね。なんなら声すら聞こえないよ。」
『それなら、どうして、』
「どうしてってそりゃあ、僕は名探偵だからね。嗚呼でも、此だけは皆もわかるよ。」
「貴方は、何時もこのソファに居た。だから屹度此処にいると思ったんです。」
「けれど、屹度、座る事が出来ない筈、だから太宰さんなら立っていると、思った。」
「太宰さんがずっと傍に居たのは、消える前に、しっかりと此処に居る人達を目に焼き付けておきたかったから。」
「ずっと一緒にいたんです、言葉がなくったって、屹度通じ合えますわ。ねぇ、兄様?」
「うん、僕もそう思うよ。僕とナオミがそうみたいに、屹度、太宰さんと僕らは、言葉がなくったって、目に見えなくったって、解り合える程の絆があったと、僕は信じています。」
「僕は意外と、人の心を読むのが得意なんですよー!故郷では同じように動物とも話してたんです!動物に言葉は通じないけれど、心は通じます!」
「あンたは意外と寂しがりで強がりってこともみんな知ってるさ。」
「お前が何に心配しているかくらいわかる。俺は相棒だぞ。相棒がわからなくてどうする。」
「皆、同じ思いだ。太宰。案ずるな。お前のことを同じだけ大事に思っているのだ。」
「誰も、太宰さんを忘れたりなんかしません。」
太宰さんが、ほぼ毎日の様に川を流れていたこと。
貴方が、川から引き上げられた後、探偵社で、タオルに包まれ、寒そうにしていた事。
太宰さんが、ソファで何時も本を読んでいたこと。
お前が俺の理想を、乱すようにして寂しさを紛らわせようとしたことも。
あンたが発熱しても、出社してきてみんなに怒られたことも。
太宰が僕に態々お菓子買ってきてくれたのも。
ナオミと兄様の相談に嫌な顔一つせず、耳を傾けて下さった事。
私のことを陰でサポートしてくれていたことも。
探偵社の事をどんな手を使ってでも、護ろうとして下さったこと。
「凡て、忘れないよ。君は、皆の心の中で消えること無く在り続けるんだ。」
『……』
嗚呼、なんだ、私、まだ消えていなかったのですね。未だ、私の恥は、みんなの心の中に存在していたのだね‥‥。
「まあ小説を捨ててやる気は全くないけどねェ。」
『其れは捨てて下さいよ…』
安心しな、晒すようなことはしないよ、との事だった、
「貴方の事を、もっともっと知りたいんです。」
「これを読んで、そうしたらきっと、今よりももっと、太宰さんの事、理解してあげられる。」
そうか、私が今迄してきた事は、無駄では無かったのだね…。
「だから、、、安心して下さい。僕らはずっと、貴方の事を覚えています。僕を拾ってくれて、救ってくれた人が、そして、この探偵社を導いてくれた人が、”太宰治”だったと云う事を。」
「知らせてやる。これからの事はみんな、俺たちが責任をもって、毎日聞かせてやる。」
「だから泣くな、太宰。」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
頰に触れて、自分が泣いていたことに初めて気がつく。嗚呼、私は、まだ泣くことができたのだね…。泣くなって、そんなの、無理だよ。止め方が、、判らない、、、、、
「御休みなさい、太宰さん。また明日、必ず会いに行きますから、待っていてください。」
嗚呼、皆、御免ね。ちゃんと云うとね、未だ、皆と一緒に‥‥‥過ごしたかった‥‥‥‥‥。もっとたくさんみんなと話したかったし、クリスマスパーティーにも、忘年会にも、参加したかった。そう思った時には、、もう遅かったけれど、屹度、会いにきてね。私、毎日待ってるよ。あの事件がどうなったとか、今日はどんな依頼が舞い込んできたとか、何をしたとか。些細な事でもいい、雑談でも、何でもいいから‥‥屹度きてね。じゃないと、また泣いてしまうよ。
「御休み、太宰。いい夢を。」
嗚呼‥‥私、まだ生きたかったのだ。存外、この世界が鮮やかなものだったと、今更乍、気づいたのだ。
もう、全て、気付くのが遅かったね、御免ね、皆。
「今迄、、ありがとう‥‥‥。」
眩い光の中で、一瞬だけ、あの人が微笑んだのが見えた様な気がした。
「よく頑張ったな。太宰。」
御休み、また明日、此処で待っているから…。
皆、これからも倖せに‥‥‥ね。
───人間失格は、此処に眠る。────
完
コメント
13件
泣くて😭
今まで読んだ小説の中で一番良い話だと思いました!
「よく頑張ったな。太宰。」ってもしかしたら織田作が言ってるんですか....?