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「何故だッ!」
クレスから発せられる爆音が、放射状に広がる。
衝撃が街路を薙ぎ払い、石畳がめくれ上がる。
建物の壁が抉れ、屋根が吹き飛び、通りが一直線に削り取られる。
クレスは直接触れていない。
それでも、彼の声一つで街がボロボロと崩れていく。
カイルは爆風に顔をしかめつつ、耳を押さえた。
「絶叫一つがこの規模かよ! イカれてんな!」
煽り文句を吐き捨てながらも、内心、カイルは訝しんでいた。
――俺はさっき、コアを撃ち抜かれて死ぬはずだった。
――でも、死を悟ったその瞬間、クレスが攻撃を止めた。
――意味がわからん。
クレスは懊悩し、ブツブツと何かを言っている。
こちらを襲う気配はない。
「……生かされても困る」
カイルの周囲にパチパチと小さな雷が散る。
次の瞬間、その姿が消える。
雷速――神経を焼きながら加速する、命を削った足捌きだ。
比較的障害物の少ない街路で助走をつけ、音速を超える。
トップスピードを維持したまま、飛び蹴りを叩き込む。
空間が歪むほどの衝撃。
音は遅れて響き渡った。
しかし当然、クレスは微動だにしない。
カイルの脚が、あらぬ方向にへし折れただけだ。
「返り討ちしにしてくれよ、なるべく手短にな」
クレスの腕が動いた。
カイルの視界が裏返る。
地面が迫る。
一瞬の間をおいて、叩きつけられたと理解する。
肺の空気が、一瞬で吐き出された。
遅れて痛みが走る。
骨が軋み、肉が裂ける。
白い触手が伸び、壊れた身体を繋ぎ始める。
クレスがカイルを見下ろす。
「……ありえないよ……君だって死ぬときは、助けを求める顔をするはずだろう!? どうして、死を前に笑えたんだッ!」
「……うるせえ、きっちり殺してねえだろ」
「どれだけ崇高な使命も、どれだけ勇敢な魂も、死を前にすれば何一つ意味をなさない! 個としての自分が死んだ先の希望など、幻想に過ぎない! 人はみな、生への執着に抗えないんだ! 自らの死を受け入れ、後継に託すなんて、現実には不可能なんだ! それが生物の本能、世界の真理だ! ……そうでないなら……違うというなら……まるで……」
クレスの顔から、ほんの一瞬、怒りが消える。迷子になった子供のような、何かに縋る顔になる。
「……まるで、僕の仲間が弱かったみたいじゃないか」
「……いや、知らねえよ」
「君が、命を捧げたヒーローたちより勇敢だとでも? そんなはずはない! 君と彼らで何が違う!?」
「……可哀想と思ったこと……か?」
「可哀想?」
「……だって、死んだ奴の遺志を継ぐの、重いし……せめて笑って見送らないと……お前が、可哀想だろ」
「……僕が?」
「……お前は知ってるだろ? 生き残るのって、辛いじゃん」
クレスが黙り込む。
ただじっと、そこに立ち尽くしている。
二人は言葉を交わさない。
瓦礫の崩れる音。炎の弾ける音。煙を切る風の音。
何でもない雑音だけが、鼓膜を揺らす。
やがてクレスは目を閉じる。
長い間張り詰めていた何かがほどけ、穏やかに顔を緩ませる。
そして、目を開けた。
彼はもう、ヒーローらしい顔つきをしていない。
ただの少し疲れただけの、人間の顔をしていた。
彼は瓦礫の中から座りやすい場所を探し、腰かける。
そして、上空を指さした。
「巨大戦艦、見逃そうか?」
「……は?」
「動画配信の少女……リシェルと言ったかな……彼女の言動から察するに、君の目的はあの円盤を守ること。それで、『月』とやらの脅威を止められるんだろ? だったら、壊すのをやめる」
「……無理だろ。継承の能力は……」
「遺志を継ぐ制約を破る。代償は受け入れよう。七本槍の能力は当然失うし……ざっと、五十年は寿命が縮むかな」
「……何で……そこまでして」
「君は僕の理解者だからだ」
クレスは大して嬉しそうでもなくそう言って、両手で顔を覆った。
カイルはただ、目を丸くしていた。
「……意味わかんねえぞ、お前」
「カイル君……だったかな? 君はたった一言、質問に答えてくれればいい。ただ、心して答えてくれ。返答次第で、巨大戦艦は君のものになるんだから」
クレスはまっすぐにカイルを見る。
「王都のゾンビ十五万人を従えたときのことを、思い出してほしい。その時、君の心を支配した気持ちは何だ? 絶大な力を得た高揚感か? 他人が人ならざる者へ身を堕とし、相対的な優越感を覚えたかな? それとも、自分が特別な存在に化けたと、自尊心が満たされる心地がしたか? 教えてくれ。君はその時、何を感じた?」
カイルはしばらく考え、気まずそうに言った。
「罪悪感」
クレスは一瞬目を見開くと、うつむいた。
「違和感はあった。僕は一度も君の国のゾンビと戦っていない。君は自ら前線に立ち、血を流しながらも戦うのに……ゾンビを戦闘に使わない」
「……いや、使ってたよ」
「例外的に君が戦士に使ったのは、七本槍の死骸だけ。違うか?」
「……まあ」
「当前の話だ。ゾンビは元アストリア王国民。君の家族、恋人、友人だったものもいる。その死骸を容赦なく使い捨ての雑兵に使えたら、逆に神経を疑うよ」
「……わかった風に言うな」
「わかるよ。僕と君は、他人が死んだ先で力を得た者同士、分かり合えるはずなんだ」
「……俺には罪と、義務がある……それだけだ」
「罪と義務か。なるほどね。君は優しいな」
クレスが力なく笑う。
「OK。巨大戦艦はあげよう。時間がないんだろ? 急いで月とやらに対処しに行くがいいさ。ああ、でも、あのエイリアンがいないと、操作方法がわからないな」
「……何で?」
「何で、か……」
何一つ納得できていないカイルを、クレスはただ、笑顔で見ていた。
見ているだけで不思議と涙がこぼれそうな、何処か哀しい笑顔だ。
「君に人の心がありそうだからさ、可哀想に」