「なんかお前さ……」
隣の席の赤羽がこちらをのぞき込んでくる。
「ここ、腫れてない?」
そう言いながら右の頬をつねる。
「痛っ!」
「おっと、悪い」
赤羽は笑いながら持っていた鞄を机に置いた。
「どうしたんだよ?」
「ベッドから落ちた」
「はは」
信じたか信じないかはわからないが、赤羽は鞄を机の脇にかけると、いつものように足を投げ出して座った。
(やっぱり目立つか……)
青木は赤羽につねられた頬を摩りながらため息をついた。
しかし実は重傷なのは服で見えない部分で、腹を中心に赤く腫れあがっている。
明日にはきっと青くなってもっとひどい状態になっているだろう。
(ああイラつくマジで。俺を誰だと思ってんだよ。12人の人間を殺した殺人鬼だぞ。ぶっ殺してやるからな、マジで)
そんな不穏なことを思いながら貧乏ゆすりをしていると、
「おはよ!」
白鳥が隣の席に座った。
「おう。今日もモーニングコール前に起きてて偉かったな。もう立哨指導終わったのか?」
聞くと、
「終わった~。今日は例の先輩なぜかいなかったからさー。早めに解放されてよかったよ」
「そりゃよかった」
青木は白鳥の顔を見つめた。
「……なに?」
大きな目が見開かれる。
「あ、いや。朝から数学とかだりーな」
青木はそう言うと、教科書を叩きつけるように机に出した。
「全くだね~」
微笑む白鳥は、
青木の顔の腫れに気づかなかった。
◆◆◆◆
「今日も委員会?」
白鳥がいそいそと準備をしているのを眺めながら聞くと、
「うん。まあね……」
白鳥はうんざりしたように笑いながら言った。
「お前さ、委員会行った後ってまっすぐ帰ってる?」
「え?」
白鳥が金髪を揺らしながら振り返る。
「どういう意味?」
「あー、いや。委員会の奴と飯行ったり、クラスメイト達と遊びに行ったりしてねえのかなって思ってさ」
「……なわけないでしょ。クラスメイトなんて、青木意外とほぼ話してないし、委員会では苦手な先輩から逃げまくってるしさー」
その発言に何かが引っかかった。
「……青木?」
「あ……いや、そうか。大変だな、お前も」
「まあ風紀委員が忙しいのも4月いっぱいらしいからさ。なんとか頑張るわー」
白雪は立ち上がり、こちらを見下ろした。
「青木は……?」
「え」
聞き返されるとは思っていなかった青木は目を見開いた。
「だから、放課後っていつも何してんのかなって思って」
「あー……」
部屋でゲイビを見てますとはさすがに言えない青木は、目を細めた。
「なんもしてないよ。部屋でボーっとしてる」
「そうなんだ。1人で?」
やけに食いついてくる。
「?一人だよ、もちろん」
「そっか……!じゃあ、気をつけてな!」
白鳥はそう言うと、片手を上げて教室を駆け出して行った。
「――――」
青木は教室の中を見渡した。
部活。帰宅。塾。遊び。
各々の目的のために、それぞれのパートナーと共に散っていく生徒たち。
白鳥を追いかける者はいない。
それどころか目で追う者さえも。
青木の脳裏をある予感が走る。
(もしかして、他の死刑囚って、このクラスじゃないんじゃねえの……)
「お前、まっすぐ寮に帰んの?」
振り返ると赤羽が立っていた。
「ああ、悪い。ちょっと俺、担任に用があるから職員室回ってから帰るわ」
そう言うと、
「わかった。じゃあな」
彼はあっさりと帰っていった。
「ふう」
青木は誰もいなくなった教室で大きく息を吐いた。
(4月いっぱい、か)
実験は行われるのは、7人中6人がいなくなる18日間だ。
(5月に俺、生きてるのかなー)
生きていたとして、この学校に残っているのだろうか。
そんなことを思いながら背もたれに身体を預け、天井を見上げていると、
「あ、やっぱり」
声が聞こえてきた。
「待っててくれたってことでいいのかな?」
スタンスタンと教室に入ってくる上履きの音に、青木は首を傾けた。
そう。待っていた。
この男が来るのを――。
「……いいね。その目。ヤル気になった?」
男は青木を見つめながら、軽く握った手を口の前で前後して見せた。
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