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___それは突然の出来事だった。
あの日、棺桶から目を覚ましてから早数ヶ月が経ち、ようやくこの捻れた世界に馴染み始めた頃のこと。
私の生まれ育った世界では、そろそろクリスマスで皆が浮き足立っている頃だろう。そんなことを考えながら、いつもの三人と一緒に昼食を囲んでいた。
食堂のメニューの中でも値段の安いツナサンドを口に放り込みながら、そう遠くない冬の日の記憶を思い出す。今になっては、いつまた家族とクリスマスを過ごせるかどうかすら怪しいのだが____
いや、わざわざ寒い日に暗いことを考えるのはやめよう。胸に残る一抹の郷愁を、ツナサンドと一緒に腹の中に押し込んだ。
「なあ、監督生はほんとにオンボロ寮で過ごすの?」
ふと気になったように、赤いハートの化粧を左目に施したマブが、ドリンクを片手にそう言った。
「他に行くところもないし、お金も全然ないし、オンボロ寮で過ごすかな。」
「だよなぁ。」
「大変だな…。これからの季節、さらに寒くなるからな…風邪をひかないように気をつけるんだぞ。」
右目にスペードの化粧を施したマブが、同情を含んだ憐れみの目でこちらを見た。
「とりあえず、学園長に死なない程度に設備を整えてもらうよ。」
こればっかりは二人の力ではどうにもならない。二人に心配をかけないようにそれらしい事を言っていく。
「監督生は悩みを話さないからなー。ま、なんかあったら力になるぜ。」
「ああ、安全とはいえ学園内に人がいないのは心配だからな。準備くらいなら手伝えそうだ。」
「ありがとう、嬉しいよ。」
心強い二人に感謝の言葉を伝えて、皿を戻しに席を立つ。しばらくの間、この喧騒と離れるのは忍びないけれど、グリムと一緒ならそこまで寂しくもないだろう。
あの学園長がどこまで聞き入れてくれるかによるが、とりあえず食材と暖房設備だけはどうにかしてもらおう。少なくとも、何か楽しみは作らないとやってられないだろう。
「いっそオンボロ寮の皆でクリスマスパーティでも開こうかな__」
「アハ。イイ事聞いちゃった。」
「ヒッ」
その瞬間、シャンデリアの光を遮るような影が背後から私を覆った。
突然の事に驚いて立ち尽くしていると、痺れを切らしたのか、その長い腕をだらりと肩にかけてきた。
「ねえクリスマスパーティって何?小エビちゃん、教えてよ。」
「ハイ、えーっと、私の世界のウィンターホリデーのようなもので、ある神様の誕生を祝ってケーキを食べたり、チキンを食べたり……」
早く答えないと絞められる、痛いのは嫌、その一心でクリスマスについて早口で細かく話してしまった。
当の本人、フロイド先輩は気の抜けた相槌を打ちながら、聞いているのか聞いていないのかわからない反応を示していた。
「今年はオンボロ寮で二人だけなので、ささやかながらやろうかなーって…」
手に持ったお盆が僅かに震える。そろそろ解放されたいところである。服にスズメバチが着いた時のような緊張感の中、ようやくフロイド先輩の口が開いた。
「何それ、ずりーじゃん。オレもやりたい。」
先輩の耳飾りの揺れる音が左の耳に聞こえた時に、ようやくその大きな手で右の肩を掴まれた事に気がついた。
私の中で「これはマズイ」と本能が警鐘を鳴らし始めた。生物にはヒエラルキーが存在するが、魔法の使えない人間はこの世界では犬と同等に弱い生き物なのだろう。いやそもそも相手は人間ではない。戦うこと自体を想定してはいけないのだ。
ならば助け舟を出すしかない、そっと横目でマブ達を見ると、なんとこちらには目もくれずいつの間にか差し入れされていたトレイ先輩の作ったイチゴタルトを食べているではないか!私も食べたかったのに……。
「いやーそんなあ〜先輩方のようには上手に作れませんし、お口に合うかどうかわかりませんので〜…」
諦めさせる方向で話を振る。気分屋な先輩のことである。少し思考を逸らせば猫のようにどこかへ行ってしまうだろう。猫は猫でも、相当ヤンチャな猫だが。
先輩は少し考えたように呻き声を出す。パーティという響きの魅力とつまらなさそうな雰囲気で格闘しているように思えた。あと一押しで跳ね除けられそうだったが、その瞬間、何か思いついたように声を上げた。
「あっそーだ、オレ料理作って持ってく〜。ケーキとチキンだっけ?小エビちゃんの好きそーなの作ってくね。」
そう言ってフロイド先輩はパッと離れた。安心感から膝から崩れ落ちそうだったところを、何とか持ち直して先輩と向かい合った。その表情は楽しそうで、その内に何かを企んでいそうであった。
クリスマスパーティ開催は決定してしまったとはいえ、その場で絞められなかっただけ延命に成功したとは言えるだろう。このウツボを刺激しないで終わらせるのが、この学園で生き抜く上でのコツのようなものだ。
「ありがとうございます先輩。楽しみにしてます。」
「んー、じゃあ放課後ね〜。またね」
「はーい、また……放課後?」
その言葉に頭が追いついた時には、先輩は足早に食堂の扉を開けて出ていったようであった。
色々と突っ込みたいところだが、とりあえず急いで飾り付けくらいはしておかないといけない。下手に日をずらすよう頼むより強行突破した方がいいだろう。丁度午後は休講ということもあり、皿を戻してミステリーショップへ向かうことにした___