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凄く綺麗な水を飲み干したみたいな気持ちい感覚になりました。ありがとうございます。
もう、、、言葉が綺麗です
ー ー ー
「___、____________」
ー ー ー
そう言って、あいつはここから消えた。
鳥のように空高く飛ぶことはできずに、ただ重力に従っていった。
それは、一瞬の出来事で理解するには時間がかかった。
理解したあとも、理解はできても受け入れることは難しかった。
時折その時のことを思い出す。
鮮明に蘇ってくるんだその時のことが、数年たった今でも忘れることはない。
何かしていないと直ぐにその時の光景を思い出す。
あいつが言った言葉も天気も場所も服装も表情も全て脳裏にこびりついている。
俺があいつを忘れてしまったら、誰の記憶の中であいつは笑ってることになるんだろう。
誰かが覚えていないと、あいつが元からいなかったように消えてしまう。
心底嫌だった。
学生時代の夏休みの出来事だった。
あいつは、いつもと変わらない雰囲気で俺と話していた。
これからもこの繰り返しが行われると誰も何も疑わなかった。
俺たちは、まだ青かった。
世の中を知った気でいる、ただの餓鬼だった
夏休みプール清掃があった。
俺とあいつは、遅刻が原因でプール清掃を半ば強制的にやることになった。
遅刻の原因は主に俺。叶は、俺の巻き添えをくらった。
その日は、今年一の猛暑で本気で溶けるんじゃないかと思うほどの猛烈な暑さだった。
俺とあいつは、学校に着いて直ぐにプールへ向かい水をだした。
プールサイドが鉄板の上のように熱く、水をかけるとジュワッとする音ともとに乾いていった。
ホースをあいつが持って、俺がブラシで床を磨いていた。
床を磨きながら、話していたらあいつが
「葛葉」と俺の名前を読んだ。
俺が振り返って「なに」と返事をする前にあいつは、ホースを俺の方に向けて水を浴びせた。
「ぶはっ」と俺が水から顔を避けると、あいつは腹を抱えて笑っていた。
「やったな」俺があいつの手からホースを奪い取り水をかけた。
あいつは「冷たっ」と言いながら、俺からホースを取り返そうとした、強い日差しと温度で干からびていた俺ちは、生き返ったかとのように水を掛け合い追いかけ回した。
やがて、体力が尽きてブラシとホースを元の場所に戻し飛び込み台へ登り、2人で腰を下ろした。
まるでアニメや絵画のような、白い入道雲と透き通る青い空を並んで眺めていた。
服は直ぐに乾き、職員室にプール室の鍵を返し帰ろうとした時にあいつは言った。
「ねぇ、葛葉。ちょっと屋上行ってみない?」
「なんで」
「ほら、今空綺麗じゃん。もっと全体を見渡せるところでみたいし、夏の思い出作ろうよ」
___最後の夏だし
俺の腕を引っ張って、屋上までの階段を走って登った。
廊下や階段に2人の足音がうるさく響いた。
階段を登り終えてさすがに疲れたのか、あいつは息切れをしながら俺の腕を離し膝に手をついた。
俺も息切れをしながら壁に腕をついた。
2人とも息が整った後に、屋上のドアを勢いよく開けた。
風が階段に入り込み、思わず目を閉じた俺たちの髪を弄んだ。
風に吹かれながら、あいつは屋上の中に入っていった。
俺も目を開けて、あいつの後をついて行った。
屋上からみる景色はThe夏の空という感じで、360°見渡す限り青い空と白い雲が広がっていた。
屋上より高い建物が周りに少なかったため風通しが良く、下にいるときよりも涼しかった。
その分日差しは強かったけど。
「僕今最高に楽しい。葛葉は?」
「まぁまぁ」
「なにそれ、ツンデレ?」
あいつは、フェンスに近づいて下を見下ろした。
俺もフェンスに近寄り下を見た。
思ったより高くて軽く足が竦んだ。
「うわぁ、高いね、足が竦んじゃう」
あいつは、笑いながら俺の方をみた。
目が合って、俺の手を両手で取った。
俺は驚いながらもあいつの好きにさせた。
「僕葛葉と親友になれた良かったわ、最初はガキだなって思ったけど」
さらっと失礼な事を言う。そんなこと気にしないくらいの仲になったんだな。
俺とあいつが同時に笑う。
「確かに、あん時は餓鬼だった」
「ずっと、ずっーと、今が続けばいいのにって思ってる」
繋いでいる手に少し力が入る
「お前よくそんなこと言えるな」
あいつは気にしていないような表情をしていた。
あいつの目の奥は、何か別の目的を捉えてゆれていた。
俺の手をゆっくりと離して、元の位置に戻した。
そして、あいつはにっこりと笑った。
「でもね、葛葉、僕はもういいや。」
「は?何が。」
あいつが俺に背を向けてフェンスの外側に行くことのできる工場のドアに向かっていく。
俺はまだなにも気付いてなかった。
いや、あまりにも自然すぎて気づけなかったんだ
「どうした、なんか変だぞ」
あいつは、俺の言葉を無視して向かった。
表情は、見えなかった。
あいつが何を考えてるのかもよくわからなかった。
「葛葉〜、ちゃんと僕のこと覚えといてよ、じゃないと、泣いちゃうから」
「ほんとにお前何言ってんの」
ただ、ただ俺は困惑していた。
話が全く噛み合わないどころか、あいつが何を言っているのかもよくわからない。
あいつは、フェンスと同じ素材でできたドアを無理やり乱暴に開けてフェンスの向こう側に行った。
俺は驚いて走ってあいつに近寄った。
「おまっ、何してんだよ」
声を張り上げて行った。
俺が来た瞬間にフェンスの扉はあいつによって力強く閉じられ、歪み開けることができない。
こいつが何をしようとしてるのか、やっと察した。
でも、察したところでもう遅かった。
俺は必死に止めようと声をかけつつドアを蹴った。
夏の暑さなんて微塵も感じなかった。
「葛葉、聞いて。お願い」
「聞いてられるか!!!おい、これ開けろ、早くこっち戻ってこい!!話はそれからだっ」
焦っていた。あいつの話など聞いてる余裕はなかった。
「葛葉、最後だから。最後なんだよ。聞いて」
あいつが声を少し張り上げて言った。
俺はドアを蹴る足を止めずに意識をあいつに向けた。
「お前がこっちに戻ってくんなら聞いてやる」
あいつは、薄い笑顔を貼り付けていた。
正直気味が悪かった。
「僕、葛葉と会えて毎日楽しかったよ。灰色だった日常に突然色が付いたんだ。僕今ならなんでもできる気がする。逃げることもできるし、戦うことも、どこかに行くことも、なんだって」
くっそ、開かねぇ。
早く、早くしないと
「今まで僕の日常は全て同じ繰り返しばかりだった。僕の嘘にも誰も気づかなかった。優等生という仮面をずっと付けてたんだ。つまらなかった。なにも感じなかった。」
間に合わない。
「僕のことをお前よばわりして、ゲームに誘ったのは葛葉だけだったよ」
首を傾けながらあいつが笑った。
フェンスに引っ掛けた手を見る。
ドアを蹴り倒してもきっと間に合わない。
何故かそう確信した俺は、フェンス越しにあいつに近づき手を合わせた。
俺、今、どんな顔してこいつの前に立ってるんだろう。
「優等生としての僕じゃなくて、叶としての僕と話してくれた。親友になってくれた。」
「じゃあ、早くこっち戻れよ。俺が知らない世界連れっててやるよ。優等生くんを振り回してやるよ」
何故か頭と口だけは冷静を保っていた。
あいつが嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、それもいいね。でも、僕は今最高に幸せな瞬間にここから消えようと思う。いつまでもこの時が続く訳でもない。終わりは必ず来る」
フェンスに掛けた叶の手が緩んでいく。
俺はフェンス越しに掴もうとする。
「俺は終わらせたかねぇよ」
「自分勝手でごめん。あと、これは伝言、ロトにもごめんって伝えといて」
ロトは、叶の大切な飼い猫
今そんなことどうでもいいだろ。
なにしてんだよ
「最後にこれだけ、」
「あぁ、どうした、なんでも聞いてやるよ、最後にはしないけどな」
叶がフェンスを撫でるように手を離した。
必死に掴もうとするが手は俺からすり抜けて行った。
時間がゆっくり感じる。
ひんやりと何か感じる。
叶の身体が宙に舞う。
心が締まる。
手をフェスの間から必死に伸ばす。
叶は、微笑んで俺の頬を軽く撫でるように触った。
「僕思うんだ」
溶けるような、透明感のある声。
「きっと、僕達どこにでもいけるよ」
ーーー
作者 黒猫🐈⬛
「僕達どこにでもいけるよ」
第一話 宙を舞う
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