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若井 side
『……は?』
楽屋で二人きりになったとき、彼にそう声をかけられた。
振り向くと、腕を組んで壁に寄りかかる元貴がいた。
『ちょ……いきなり何?』
『だから、若井、りょうちゃんを恋愛対象として好きでしょって言ったの。』
ふふ、と微笑み目を伏せながらそう語る。
『な……にを根拠に、そんなこと…』
『見てれば分かるよ、何年の付き合いだと思ってんの。若井、いつもりょうちゃんのこと目で追っちゃってるし、二人で話してる時なんて顔デレデレだし。無意識?』
『なッ………!!』
図星だと言わんばかりに息を呑むと、彼は俺にスタスタと近づいた。
『意外と分かりやすいよ。当たりでしょ?』
『……ッ』
『ふふ、当たりだ。』
『…ああ、そうだよ。好きだよ、りょうちゃんのこと。ずっと、前から…ッ』
ーそうだ、俺はずっと、涼ちゃんに恋をしていた。
彼を一目見たその時から。
でも、叶わなかった。
何故ならー……。
『そう、だよね。でも、りょうちゃんは今、僕の恋人。』
ー元貴に、奪われてしまったから。
……いや、俺のものですらなかったから、「奪われた」というのも変か。
でも、俺がずっと前から涼ちゃんに憧れ、恋焦がれていたのは事実。
涼ちゃんが元貴の恋人になった今でも、勝手に横恋慕しているのだ。
『わかってるよ…っ、今更、言わなくても……。……ああ、そっか、やめろって言いに来たのか?俺に。”りょうちゃんは僕の恋人なんだから諦めろ”って』
今更ながら、自分があまりにも惨めになり、投げ捨てるように元貴に言葉をぶつける。
ああそうさ、俺は叶わぬ恋心を捨てられずにウジウジしてる情けない奴だよ。
元貴に、そう諌められても仕方ない。
ああ、なんて、情けないんだろう。
かっこ悪い。
悔しくなって、顔を逸らす。
すると、元貴から飛び出したのは思いもよらない言葉だった。
『そんな!とんでもない。僕は提案をしに来たんだよ。りょうちゃんを抱いてみないかって。』
『………は?』
俺は思わず耳を疑った。
「りょうちゃんを抱いてみないか」?だと?
何かの聞き間違いかと思い元貴を見るが、彼は俺を見てにこにこしている。
『どう?りょうちゃん、お肌すべすべだし、感じやすくて可愛いよ。それから……』
『ちょ……、ちょっと待てよ。自分で何言ってるかわかる?』
ツラツラと涼ちゃんの抱き心地の情報を述べる元貴を制止する。
こいつは何を言っているんだ?
大丈夫か?
自分の恋人を抱いてみろだなんて、普通そんなこと言うか?
『分かってるよ?りょうちゃんを抱いてみてって言ったけど、僕』
『そ…れ、おかしくない?りょうちゃんは元貴の恋人だろ?恋人を他の人に抱かせるの?しかも、横恋慕してる人間に。』
『うん。だって、win-winじゃんか。りょうちゃんエッチ大好きだし、若井は好きな人を抱けるし、僕はそれを見て楽しむ。』
…win-win、だって?
何がwin-winなんだ。
そんなのおかしい、そんなの、ただの浮気じゃないか。
『そんなの、浮気じゃん』
『えー?りょうちゃん僕の事大好きだし、浮気にはならなくない?』
『何だよ、それ……意味わかんない……もう……』
『僕そんなに難しいこと言ってる?』
『いや、……言ってることは、分かるんだけどさ……ちょっと……思考が追いつかないって言うか…』
『そこまで考えなくていいんだよ。若井はイエスで答えたらいいの。』
『何でノーが無いんだよ!』
『だって若井、断りたくないでしょ?本心は。なので気を利かせて選択肢から消しました。』
元貴はぺろ、と舌を出してみせた。
可愛く誤魔化しているようだが全然可愛くない。
本当にこいつは時にぶっ飛んだことを言う。
『待って、仮に俺が……イエス……だとしても、りょうちゃんが絶対拒否するでしょ。恋人以外とそんなことできないって』
『え、りょうちゃんがそんな人に見える?性に貪欲な人だから、バレなきゃいいくらいにしか思わないよ。それに、相手は若井だよ?今まで1回くらいは”若井に抱かれてみたいな〜”って、思ったことあるはず。』
『……は…はは……何か……もう……わかんな……』
彼の思考がぶっ飛びすぎていて、かける言葉もない。
いきなり現れて「自分の恋人を抱いてみないか」なんて言ったかと思えばそれに対して拒否権はナシ。
ついていけない。
『と、いうことなので、今夜りょうちゃんのお家に行ってらっしゃい。今日はいるはずだから。』
『待て待て待て、行かねーよ俺!』
『あれ?もしかしてセックスの経験無かい?ああ、抱き方が分からないとか?』
『そ……!そういう事じゃなくてさあ!』
『あはは、恥ずかしがらなくても良いよぉ、僕だってりょうちゃんがハジメテでだし。……あ、いいこと思いついた。僕が若井に教えてあげるよ。』
オトコがオトコを抱く時の、”やりかた”を。
そしてあの夜、結局彼に流されて、俺は元貴を抱いたのだった。
元貴は手際よく、これはこう、あれはあれ、と、詳しくレクチャーしてくれた。
言うまでもないが、俺は男を抱いた経験なんてなかったから、元貴に言われることはほぼ初耳。
でも時折、「若井、上手いじゃん。」なんて言われながら、事を運んでいた。
男同士のセックスの流れを勉強になったと思う反面、「何してるんだろう」と変に冷静な自分もいた訳で。
元貴の恋人になってしまったかつての想い人を抱くために、その元貴を抱く……なんて、意味不明の境地。
こんな複雑で淫らな経緯を踏み、二人とこういう関係になった今でも、ふと冷静になると、……頭を抱えてしまう。
ーー三人で歪な関係になるに当たり、元貴が涼ちゃんに飽きたとか、はたまた涼ちゃんが元貴に飽きたとか、そんなのは一ミリもない。
むしろ元貴は涼ちゃんを寵愛し、彼への執着心は並ではない。
そしてまた同様に、涼ちゃんも元貴を溺愛している。
でも、この関係の真ん中にいる涼ちゃんは、恋人がいながら俺に抱かれることを拒みはしないし、何なら元貴の言った通りウェルカムだった。
案の定涼ちゃんは、俺との関係は元貴にバレていないと思っているらしいし、そりゃあ物事も上手く運ぶわけだよな。
2人も大概だが、……その渦中にいる俺も、2人を言えないくらい粗末な人間だ。
何なら彼らよりも、酷いかもしれない。
愛人的な立場にいながら悠々と涼ちゃんを抱き、そのまた恋人の元貴にまで手を出す……なんて。
今まで真っ当に生きているつもりだった俺がこんなことになるなんて、かつての自分は考えられただろうか。
でも、彼らを目の前にしていると、麻痺してしまう。
ただ「彼らを愛したい」と、そう思うことしか出来なくなるのだ。
初めは「嫌だ」とか、「ありえない」とか、良心と正論が勝っていたから拒むことが出来たけど、こうなってしまった今、理性も何も無い。
「………」
「……あ、若井、また余計なこと考えてる。」
元貴との事後、ぼんやりベッドサイドに座っていると、のそのそと背後から彼が顔を出す。
「別に……」
「ふふ、嘘つかないで。若井は真面目だから……。こういうドロドロした関係でいるの、やっぱり耐えられない、とか?」
「……」
「ほら、図星だ。もう、そんなに深く考えなくてもいいっていつも言ってるじゃん。楽しさと気持ちよさだけ考えて。」
「……うん……」
「さっきまであんなにガツガツ噛み付いてきてたのに……しゅんとしちゃって。若井ったらほんと、可愛いんだから…。悔しいけどりょうちゃんが手放したくないのも分かるなぁ〜」
元貴は俺を後ろから抱きしめた。
裸のままの彼の胸が背中に当たり、心が少しざわつく。
「あ、なんならりょうちゃんにバラす?僕たちのこと。」
「そ……んなことしたら、さすがにひっくり返っちゃうよ。」
「どうかなあ、『じゃあ3人でしよっか』とか、言いそうだけど…」
「まあ……それは、否定出来しないけど……。いいよ、本人には言わなくて。」
「…そう?じゃあ、ずっとこの関係でいようね。僕今、すっごい楽しいから。」
「……欲張りだね、元貴。」
「そぉ?」
なんて、へらへらと元貴は笑った。
“ずっとこの関係でいよう“
ああ、なんて、恐ろしい言葉だろうか。
これからもずっとこの関係を続けていくことへの恐怖と、この関係に終止符を打ってしまうことへの恐怖が交差してしまう。
辛うじて残った僅かな自分の良心と、悪魔に蝕まれた自分が対峙するが、どうせ勝つのは、
絶対に、後者だ。
俺はもう、かつてのように生きることは出来ないのだ。
ただ純粋に人を愛することなんて、きっともう、出来ない。
いや、純粋に誰かを好きになる権利などないのかもしれない。
「……元貴」
「んー?何?」
ーーこうなったら、とことん愛そうか。
「ずっと、愛してあげる。」
「あれー、本当?」
「うん、本当。」
涼ちゃんも、元貴も、
「嬉しい、若井。」
「………さっき言ってた三人でするってやつ、考え直そうかな。」
「あはは、やっぱり若井もしたいんじゃんかぁ。 」
「まあね、……俺はもう、戻れないから。」
欲の沼へと堕落した、自分も、全て。
fin.
読んでくださり、ありがとうございました。
コメント
1件
お疲れ様でした!! やっぱみんな適度に狂ってるのっていいですね🤤 次のお話も楽しみにしてます💞