テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
mtk side
世の中の恋人たちは、きっとチョコを渡しあっているんだろう
駅前の店は甘い匂いでいっぱいで、
幸せそうな顔ばかりで、
なんだか少しだけ居心地が悪かった
僕は、若井の隣に立つなら、 ちゃんとしていたい
かっこよくて、余裕があって、
なんでもそつなくこなせるやつでいたい
だから今年は、手作りにした
完璧なやつを作るつもりだった
――だったのに
キッチンのカウンターに並んだのは、
形のゆがんだチョコと、固まりきらなかった失敗作
「……これは、渡せないな」
小さくため息をついて、
結局、きれいに包装された市販のチョコを買いに行った
これなら間違いない
これなら、完璧だ
「ただいまー!」
玄関から響く、いつも通り明るい声
「あ、おかえり。ご飯できてる」
「やったー! もう腹ぺこ!」
若井は上着を放り投げる勢いで駆けてくる
ほんと、なんで毎日こんなに元気なんだ
ご飯を食べながら、
若井は今日あったことを楽しそうに話す
僕は相槌を打ちながら、
冷蔵庫の奥を気にしていた
隠した小さな箱
失敗作
見せたくない自分
食後、僕は覚悟を決めて紙袋を差し出した
「……これ」
「え、なに? もしかして、もしかして?」
大げさなくらい目を輝かせる
「開けていい?」
「どうぞ」
包装を解いた若井の顔が、ぱっと明るくなる
「うわ、これ好きなやつ! え、覚えててくれたの?」
「まあな」
「最高。まじで最高。嬉しすぎて喉乾いてきた」
「なんだそれ」
その笑顔に、胸がぎゅっとする
若井がキッチンへ向かう
ほら、これでよかったんだ
――そのとき
「……ん?」
キッチンへ向かった彼が疑問を声にする
「なんでボウル出しっぱなし?」
「っ、別に」
「え、待って。作った?」
「作ってない」
「目泳いでる」
近づいてくる
逃げきれない
結局、冷蔵庫の奥から箱を見つけられる
「あー! なにこれ!」
「見るな!」
ふたが開く
数秒の沈黙
心臓が止まりそうになる
「……」
笑われると、 そう思った
でも
「なにこれ、めっちゃかわいい」
「は?」
「形バラバラじゃん。俺限定感すごい」
真顔でいうな
「失敗だから。固まりきってないし」
「いいじゃん」
若井は迷いなく一つ口に入れる
「……うま」
「嘘つけ」
「嘘じゃない。甘さちょうどいい」
もう一つ食べる
「これさ」
若井が俺を見る
「俺のこと考えながら作ったんでしょ」
図星すぎて、何も言えない
「……若井にだけは、ちゃんとしたの渡したかった」
自分でも驚くくらい素直な声だった
「完璧なやつでいたいんだよ」
「なんで」
「若井、人気者だから」
一瞬、若井がぽかんとする
次の瞬間、くしゃっと笑う
「なにそれ。かわいすぎ」
「かわいくない」
「俺さ」
若井が近づく
「完璧な元貴が好きなんじゃない」
そっと、指が絡む
「俺の前でだけ、ちょっと不器用な元貴が好き」
まっすぐすぎる
逃げ場がない
「失敗して焦って隠すのも、 全部俺のためじゃん」
声がやわらかい
「そんなの、嬉しくないわけない」
胸の奥が、ほどける
「……ださくない?」
「全然」
即答
「むしろ独占感やばい」
「は?」
「俺しか知らないお前って感じ」
そう言って、額をこつんとくっつけてくる
距離が、近すぎる
「来年もさ」
「なに」
「また失敗して」
「なんでだよ」
「俺がまた見つけるから」
ずるい笑顔
「そのたびに、俺が食べる」
「更新制かよ」
「一生契約ね」
指を強く握られる
「お前がどんな出来でも、 俺は全部うまいっていう自信ある」
「なんで」
「好きだから」
さらっと言うな
息が詰まる
若井が最後のチョコを半分に割る
「はい」
「……なに」
「一緒に食べよ。俺らのだろ」
口に入れると、少しだけ甘すぎた
でも
若井が笑ってるから、ちょうどいい
「なあ」
「なに」
「今日さ」
若井が少しだけ照れた顔で言う
「世界で一番幸せかも」
ずるい
ほんと、ずるい
俺は小さく笑う
「若井の、そういうとこ、好き」
「うわ、素直な元貴可愛すぎる」
「…ばか」
若井の腕が背中に回され、ぐっと距離が縮まる
「元貴、今の反則」
「なにが」
「すごい可愛い顔してた」
若井に捕まってて逃げ場がない
「若井、ちか」
「わざと」
熱が顔に集まるのがわかる
視線が、唇に落ちる
一瞬だけ、若井の目がそこを見る
それだけで、息が止まる
「……元貴」
声が、さっきよりずっとやわらかい
次の瞬間、やわらかい感触が触れる
ほんの一瞬
触れて、離れて
心臓の音が、うるさすぎる
若井も少しだけ赤い
「……甘」
ぽつりとつぶやく
「チョコ?」
「違う」
また近づく
今度は、さっきより少しだけ長い
唇が重なって、
ゆっくり、離れる
額をくっつけたまま、若井が笑う
「元貴、震えてる」
「…若井のせい」
「それはいいなぁ」
指が絡む
「なあ」
「なに」
「来年も、こうしよ」
「…考えとく」
「約束ね」
俺は小さく笑う
「……じゃあ、来年は僕からする」
若井が一瞬固まる
「それ、やばい」
「なにが」
「好きすぎる」
抱きしめられる
さっきより、強く
外はきっと、甘い匂いであふれている
でも 今日いちばん甘いのは、
たぶん、僕たちだ
バレンタイン、皆さんは誰かにチョコ渡せました?
私の今年のバレンタインはインフルで寝て終わってしまいました🥲
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!