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JISOO視点
「…………え?」
目の前の光景を、すぐには理解できなかった。
近すぎる距離。
腕の中に収まる体温。
そんなことよりも——
視界の端で揺れた、“それ”。
(……なにこれ)
理解が追いつかないのに、目だけが先に認識してしまう。
耳が、もう一度ぴく、と動いた。
「……かわい」
はっとして口を押さえる。
違う。そうじゃない。
「え、待って、これ……え?」
ようやく現実に戻ってくる。
覆いかぶさるみたいに飛びついてきたNAOKOは、そのまま固まって動かない。
「……なお?」
そっと声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らして、ゆっくり身体を離した。
起き上がって、改めて彼女を見ると、
「…………」
耳が後ろに伏せられて、震えている。
明らかに、怯えていた。
「……あ、ごめん」
反射的に声が柔らかくなる。
「大丈夫、なんもしないから」
そう言いながら、私はゆっくりと両手を上げて「敵意はないよ」とジェスチャーした。
内心のパニックを押し殺して、なんとか“いつもの自分”に戻る。
「……なお。とりあえず、座ろっか。ね?」
おそるおそる彼女の肩に触れる。
ビクッ、と身体を跳ねさせていたけれど、
私の声が届いたのか、小さく「……うん」と消え入るような声を出して、大人しくソファに腰を下ろした。
隣に座ると、彼女は膝を抱えて、顔を半分埋めるようにして小さくなっている。
「おんに…」
「ん?」
「ごめん。急に飛びかかったりして……それに、こんな姿……怖い、よね」
か細い声。
「怖いわけないじゃん。……むしろ可愛いし」
その言葉に、伏せられていた耳が少しだけ持ち上がる。
でも彼女はまだ不安そうに視線を揺らしていた。
「本当に? 嫌い、じゃない?」
「嫌いになる要素がどこにあるの」
小さく笑ってから、息を整える。
(……落ち着け。まず状況確認)
「なんでこうなったか心当たりある?変なもの食べたとか、誰かに会ったとか」
「えっと……帰る途中に、すっごい綺麗な猫ちゃんがいて……触ったくらい」
(猫……?)
私はスマホを取り出し、『猫 人間 変化 原因』と検索する。
当然まともそうな情報は出てこない。
その中で、一つだけ妙にそれっぽい記事が目に留まった。
「……これ、かも」
画面を見せる。
『猫化・一時的な先祖返り——特定の存在との接触により発現。多くは24時間以内に自然回復』
「これによると、一日で戻るみたい」
「本当……? よかったぁ……」
安心した途端、彼女の身体からふっと力が抜ける。
そのまま、ゆるくまぶたが落ちていった。
「あらら、大丈夫?」
「……ん……なんか、身体ぽかぽかして……」
声がもう、とろとろに溶けている。
気づけば彼女はソファの端で小さく丸まりながら、うとうとと舟を漕ぎ始めていた。
「お昼、何か作ろうか? 冷蔵庫にあるものでパパッと済ませちゃうけど」
「……んー、ありがと。でも、今はあんまり気分じゃないかも。……ごめんね、オンニ」
いつものNAOKOなら、「わーい!食べる!」って目を輝かせるはずなのに。
今日はどこか上の空で、耳も少しだけ伏せられている。
「そっか。じゃあ私だけ適当に食べるね」
「……ん」
返事も、なんだか眠たそうだった。
私はブランケットをそっとかけ、キッチンへ向かった。
冷蔵庫を開けて、適当に使えそうな食材を取り出す。
フライパンを火にかける音だけが、静かな部屋に小さく響いた。
「……ジス」
ふいに、リビングの方から小さな声。
「ん?」
「……そこ、いる?」
一瞬だけ、言葉に詰まる。
ソファを見ると、ブランケットの隙間から淡い青の瞳だけがこっちを見ていた。
「いるよ」
静かに返す。
すると彼女は、安心したみたいに目を細めた。
「……そっか」
それだけ呟いて、またゆっくり瞼を閉じる。
尻尾が一度だけ、満足そうに揺れた。
・・・
簡単に昼食を済ませ、食器を洗い終える。
ふとリビングへ目を向けると、さっきまでソファにあったはずのブランケットの膨らみが消えていた。
(あれ? トイレかな。それともベッド戻った?)
寝室のドアが少しだけ開いているのを見て、私は深追いしなかった。
無理に起こすのも悪いし、今はそっとしておいてあげよう。
時計を見ると、午後三時を少し回っていた。
「さてと……今日はこのまま、のんびり終わりかな」
なんとなく手持ち無沙汰で、ソファへ腰を掛ける。
お気に入りのアニメでも流そうとリモコンを手に取った、その瞬間だった。
——シュバッ!!
「わっ、とと……!?」
背後から、目にも留まらぬ速さで何かが飛びついてきた。
そのまま私の肩口に、柔らかい顎が乗せられる。
「……にゃあ」
耳元で、甘えるみたいな声が落ちた。
「……あそんで。おんに、かまってよぉ」
さっきまでのつれなさはどこへ。だがここで無茶苦茶に触ったら、信頼関係が崩れてしまう。
「触ってもいい?」
「……ん」
小さく頷くのを見て、とりあえず頭を撫でる。
「んふふ、なんか変な感じ」
ゴロゴロ、ゴロゴロ……。
大きな音が彼女の胸のあたりから響き、指先から心臓まで振動が伝わる。
「ゴロゴロ言ってるね。……気持ちいい?」
「……うん。すっごく……」
NAOKOはそのまま私の正面に回り込み、膝へぽすんと頭を乗せた。
「ここも触って〜」
そう言って私の手を取り、自分の顎の下へと導く。
(……これ、反則でしょ)
喉を撫で上げ、指先が耳の付け根に触れた瞬間、彼女の体がビクッと跳ねた。
「……っ、ふ、んぁ……」
思わず変な声が漏れたみたいに、NAOKOが自分でびっくりした顔をする。
それでも逃げるどころか、もっと撫でてほしそうに擦り寄ってくる。
「ジス……離れないで……」
そのあまりの可愛さに、私は決めた。
「なお、今日は泊まるね?」
「……え、本当?」
ぱっと顔が明るくなる。
「……嬉しい。一緒にいたいって思ってたの……っ」
幸い、私の家はここから近い。
一度着替えと必要な荷物を取りに戻って、そのついでに夕飯の買い出しも済ませることにした。
「猫なんだから、やっぱりお魚だよね」
「……お魚っ……! 食べる、食べたいっ!」
さっきまで眠たそうだったのが嘘みたいに、彼女の耳がぴんと立つ。
細くなっていた瞳孔までぱっと開いて、きらきらと輝いた。
「ふふ、じゃあ美味しいの買ってくる」
「……いってらっしゃい」
名残惜しそうに見送る彼女へ手を振り、私は一度家へ戻った。
着替えをバッグへ詰め込み、そのままスーパーへ向かう。
鮮度の良さそうな白身魚を見つけてカゴへ入れると、なんだか自分まで楽しくなってきた。
(……完全に飼い主じゃん笑)
会計を済ませ、再びNAOKOの家へ向かった。
「ただいまー」
扉を開けた瞬間、玄関の正面で座り込んでいたNAOKOがぴくりと耳を動かす。
どうやら、ここで待っていたらしい。
「なお? そんなとこで何してるの」
声をかけると、彼女の視線がスーパーの袋へ向いた。
「……おさかな」
眠たげだった目が、一気に丸くなる。
尻尾がぴん、と立ち、その先が期待を隠せないみたいに小さく震えていた。
「おんに、お魚……っ」
とてとて近寄ってきて、私の腕に擦り寄ってくる。
「はいはい、ちゃんと買ってきたよ」
袋を軽く持ち上げると、NAOKOは嬉しそうに「にゃ」と喉を鳴らした。
キッチンへ向かう間も、彼女はぴったり後ろをついてくる。
魚を焼き始めると、香ばしい匂いに反応したのか、耳が落ち着きなく揺れた。
「まだ熱いから待ってね」
「……はやく食べたい……」
視線がずっとフライパンへ釘付けで、思わず笑ってしまう。
皿へ盛り付けてテーブルへ運ぶと、彼女は待ちきれない様子で身を乗り出した。
「はい、お待たせ」
「……んっ、おいしい……!」
ひと口食べた瞬間、ふわっと表情が緩む。
「しあわせ……」
夢中で魚を頬張る姿は、昼間よりずっと猫っぽさが増していた。
食べ終わったあとには、指先をぺろ、と舐めてから、はっとしたようにこちらを見る。
「……いまの、見た?」
「がっつり。ちゃんと見た」
「うぅ……恥ずかしいから忘れて」
「無理かも。かなり可愛かったし」
「もぉ……」
食器を片付ける頃には、NAOKOも満足したみたいにうとうとし始めていた。
お風呂を済ませ、二人でリビングのソファに腰を下ろす。
パジャマ姿のNAOKOは、吸い寄せられるように私の膝の間に収まり、背中を預けてきた。
「はぁ……さっぱりしたね、オンニ」
「ふふ、そうだね。……あ、そうだ。なお、これお土産」
「……お土産? なにこれ、お魚のぬいぐるみ?」
私が取り出したのは、買い出しのついでにペット用品コーナーで見つけた「またたび入りのぬいぐるみ」だ。
リラックス効果があるらしく、今の彼女なら喜ぶかな、なんて軽い気持ちで渡してみた。
「またたび入りらしいよ」
「またたび……?」
不思議そうにぬいぐるみを受け取ったNAOKOは、試すみたいにそっとそれを抱きしめる。
次の瞬間。
ぴくっ、と耳が跳ねた。
「……え、なにこれ」
とろん、と瞳が揺れる。
頬がほんのり赤く染まり、尻尾が落ち着きなくゆらゆら揺れ始める。
「なお?」
「……ふふ、ふふふっ」
力の抜けた笑い声。
さっきまで普通に座っていたはずなのに、NAOKOはそのままふらふらと私にもたれかかってくる。
「なんかぁ……たのし……い。ふわふわするぅ……」
「え、ちょ、 大丈夫? なおこ?」
あまりの豹変ぶりに、私は慌てて彼女の肩を支える。
けれど彼女は「んへへ……」と、とろけたような笑みを浮かべたまま、私の肩口にぐりぐりと額を擦り付けてきた。
「おんに……すきぃ。だいすき……」
「待って、これ効きすぎじゃない!?」
完全に、たちの悪い酔っ払いだ。
でもお酒のそれとは違う。
もっと無防備で、本能のまま甘えているみたいな——そんな危うさがある。
「おんに、いいにおいする……」
ふにゃふにゃの声でそう呟きながら、今度は私の首元へすり、と頬を寄せてくる。
パジャマ越しに伝わる彼女の体温が、みるみるうちに上がっていくのが分かった。
「ねぇ、おんに〜」
「……なに?」
「もっと、なでて…?」
潤んだ瞳で見上げながら、NAOKOは甘えるみたいにそう呟いた。
めっちゃくちゃ長くなってしまった…次はR18かも🦆
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