「夜は視界が悪くて波が高いから。夜の海には気をつけないといけないよ」
「特に、あの海では気をつけないと。」
「夜にあの海に近付くと、何かに足を引っ張られちゃうから。」
そう昔から教えられてきた
この地域では常識だった
海沿いにあるこの町は、海を活かした漁業や釣りはもちろん、夏には海水浴場として有名だった
そんな町だが、夜には誰一人として海に近づかなかった。
この町には、言い伝えがあるから
夜にあの海に近づけば、”何か”に足をとられてしまう。
詳しく聞こうとしても最後に夜の海に近づいた人はこの地域にはいなくて、確認しようにもそんな不気味な噂がある場所なんて、誰も近づきたがらなかった
潮の匂いで目が覚める
窓を開けて眠っていたからか。この町は海に沿っているから少しでも油断したらこういうことが起こる
さっぱりした目覚めをしたためいつもより早く寝具から起き上がる
支度をして駆け足で玄関を開ける
なんだか今日は気分がいい。浮足立ちながら歩いていると、近所の人に声をかけられる
「おはよう、朝から元気ね」
「おはようございますっ!元気が取り柄なので…」
「ナギサちゃんを見てると元気が出るわぁ、いつもありがとうね」
「えへへ、ありがとうございます♪それでは!」
手を振って別れる
田舎なだけあって、この町の人とは大体仲が良かった
「あ!なっちゃーん!」
元気な声に話しかけられる
数人の子供が駆け寄ってきて、話しかけてくる
「なっちゃんっ!あそこの公園、ブランコ使えるようになったんだよ!一緒にいこっ」
「え!あの壊れてたブランコやっと直ったの?でもごめんねー!なっちゃん今からお買い物いかないとなんだ」
「えーそうなの!じゃあまたね!」
手を振り、ふ、と息をつく
私の世代の人はこの町で極わずかで、それもあってかありがたいことに私の人気が高い
ありがたいことなんだけど……
(ちょっとだけ、疲れちゃうよねー。)
「って、早く行かないと。」
急ぎ足で商店街へ向かう
そんな光景が、この町の日常だった
「やば、もうこんな時間。早くかえんないと弟たちのご飯作れない」
携帯を見れば時間は17:48を示されていて、私は急いで家に向かった
「ただいまー」
「姉ちゃん遅いーー!」
「ごめんごめん、買い物長引いてさー…急ご飯作るから」
弟たちの文句を振り切り台所に立ち作業する
「ナギサ、おかえり、今日もごめんね」
「いいの母さん。母さん身体悪いんだから安静にしてな」
布団に寝たまま話す母さんに断りをいれる
この家は父さんがいない。母さんはそのせいで身体を悪くしてしまい、多い姉弟の中長女の私が家事のほとんどをこなしていた
やるべきことの殆どを終えて、こっそり家の外に出る
「外は快適だよー…暗いからあんま出てたら駄目だけど」
少し家の外を歩く
偶の息抜きとして、私はよくこっそり夜に家から抜け出して、近場を彷徨くことが少しの楽しみだった
「はーーぁ……」
「頼られすぎるのも、キツイなーー…。」
そんな独り言を溢していると、なんとなく海が目についた
「……海」
この町では夜に近づくのを禁止されている場所。
出来心だった
「……ちょっとくらい、いいよね」
誰も見たことない場所、見てみたくないわけがなかった
砂浜を独り言を呟きながらに歩く
「……この町には癒やしが足りないんですよ」
「いや、海はあるけどさ?夜はタブー視されてるし、町の人もおじいちゃんおばあちゃんと子供ばっかだし」
「私ももっと華があるものが見てみたいわけで…」
「たとえば、髪が長くて、若くて、びっくりするくらい綺麗な女性とか……」
そう呟いた瞬間、少し強い風が吹き、目を開くとそこには人が立っていた
髪が長くて、若くて、綺麗な女性が。
「……は…?」
私が声を漏らすと、女性はゆっくりと私の方に振り返った
「…あっ」
「……」
(やばっ、めっちゃ綺麗……)
驚きで私が目をパチパチとしていると、女性は静かに
「誰?」
と囁く
「えっ、あっ…貴女こそ、こんな時間にここに…って私もか、えっと……」
錯乱していると、女性はふふっと微笑む
「貴女、名前は?」
「あっ、えっ…な、ナギサです!」
「ナギサ…可愛らしい名前ね」
「貴女は…?見ない顔だけど…」
「んー、知らない人に名前を教えるなんてできないわ?秘密」
彼女はすこし悪戯に微笑んでそう言う
「ええ?!私教えたのにー?!」
そんな雰囲気のまま、私は自然と彼女の隣に座り、二人で話をする
彼女は昔からこの海が好きで、よくここに来ているらしい。
話をしていくうちに私と彼女は仲良くなっていった
「ってか、もう結構時間ヤバイかも!私帰るね」
そう言って立ち上がる
「あ、あの…!これからも、ここ来て、話しない?」
なんだか緊張しながらそう言うと、彼女はふふっと笑って
「いいよ」
と呟いた
それから、私と彼女はよくそこで話すようになった
おっとりしながらも不思議な魅力というか、魔力のようなものを持った彼女に、私は少しずつ惹かれていった
思えば、そこで違和感を持っていればよかった。
ある日、彼女に会いに行くと、いつもなら海辺で待っている彼女は海辺にはいなくて、海の中で立ちながらぼんやりとどこかを眺めていた
「…?ねえ、危ないよ!夜の海は波も高いし、足元も見えないし」
私が注意すると、彼女はゆっくりと振り向く
「ううん。そうでもないよ。」
「この時期の海っていいんだよ。ひんやりしてるけど、なんだか落ち着いてて」
彼女はそう言って、またどこかを眺める
「……」
なんだか頭がボーッとする
「……ナギサちゃんも、おいでよ」
彼女に微笑まれる
「えへへ、実は夜の海って興味あったんだよね……」
彼女がいうままに海に足を踏み込む
彼女の言うとおり、海はひんやりしていて、なんだか落ち着いていた
「ナギサちゃん」
彼女に名前を呼ばれる
「もっと深くまで、一緒に行こうよ」
彼女は囁くようにそう言い、手を差し伸べる
「……この先も、色々教えてくれる?」
「うん。」
微笑む彼女に、私は彼女の手を取る
……ああ。なんでだろう
罠だって、わかっているのに
貴女の前だと、冷静でいられなくなる。
彼女に手を引かれ、抱きしめられたまま海に落ちる
(皆が言ってたことって、こういうことなんだ)
(でも、なんでかな)
私、今すっごく幸せなの
夜の海には、気を付けて。
コメント
2件
ナギサちゃんの健気で元気っ子な感じが、このお話のシリアスな雰囲気を更に引き立てますね……💖