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#掃除
月城 蓮桜音
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saza
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水羽
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セーレは、ゴンドラの窓からエドモンドが倒れる一部始終を瞳に写し記憶した。そして、彼を殺害したアドモスの顔も脳裏に焼き付けた。セーレの髪が風に靡き、銀髪から白髪へと戻っていく。視界がぼやける中、一点を注視する。「アドモス、私はあなたを許さない」
大男は興味を失ったのか、エドモンドは放置しその場を立ち去った。
恐怖の権化と化した背中は、深淵を覗くべからず。
セーレたちの意思とは無関係に、ゴンドラは目的地へ向かった。
敗者とヘーゼルを乗せて。山頂から下流に向け進んでいった。その間に彼女の意識は、段々と薄れていく。
(もう限界……)
目的地に着いたのか、ゴンドラがガタガタと揺れる。扉が開き、複数人の話し声や歩き回る音が微かに聞こえるが、限界を迎え、気絶してしまった。
「おや、お目覚めだね」
「アーネス……」
キャンプの簡易ベッドで目を覚ました。横目を動かすと、隣は、空きの状態。先程まで誰かいたようだ。
「ヘーゼルは?」
「隣のベッドにいたが、君の治療をしたあと、食糧庫へ向かったよ」
「そう、大事がなくて良かったわ」
アーネスは椅子から立ち上がる。セーレに対し、しばらく休暇と笑顔で伝え、その場を後にした。休もうとベッドに寝転がったが、偵察部隊の一人がお見舞いにきた。
「セーレ様、任務お疲れ様でした」
「偵察部隊の人達も援助と密偵調査、お疲れ様でした」
部隊の副隊長と名乗る年配の男性が敬礼した。
「お褒めの言葉、身に余るお言葉であります」
あまりに大げさな忠誠心に驚愕した。
「はは……それで、あなた達の部隊長であるエドモンドなんだけど」
「はい、その件はセーレ様もご存知かもしれませんが、エドモンド隊長は戦死されました」
報告を聞き、胸騒ぎがする。エドモンドは”戦死”で片付けられてしまったのか。セーレは納得することができなかった。
「いえ、あなた方の隊長が戦死したのは……」
「セーレ!」
キャンプテントの入り口を開けたのは、ヘーゼルだった。
「お前が何を言おうと事実は変わらんし、慰めにもならん」
「けど……私たちがもっと強ければ、エドモンドは助かったかもしれないんだよ」
「お優しいですね、セーレ様。我が部隊のエドモンド隊長も良い導き手がいて、誉れだったと思います。それでは」
セーレ自身の不甲斐なさと弱さを嘆くしかなかった。
月の破片が欠けるような想い。自分の力は三日月ほどだと嘆いた。不甲斐なさを並べても見え方は同じ。讃賞ではなく、罵倒を渇望していた。
過去の話を終え、現実のセーレは、ビィシャアに向き合っていた。
「……以上よ」
「そんな……」
セーレは暗い顔をしながら、語り終えた。ビィシャアは話を信じるか、どうか困惑した。
自身の行動に意味があったのか無駄な行動ではなかったのか、頭の中で整理できなかった。それどころか答えが出ない苛立ちに、唇を噛んだ。
「いや、セーレ。お前がしっかりしていれば、パパが死ぬことなんてなかった」
「その通りよ! 私がもっと泣き虫ではなく、アドモスよりも強ければエドモンドを守れたかもしれない」
責められながらも握り拳は、しっかりと握るしかなかった。
「何よ、開き直るの? それがわかってるなら、わかってるなら、どうにかできた筈でしょう!」
「無理よ」
ビィシャアが激しく非難するのも当然。虚しさを隠し通せるはずもない。
「あなたにはわかってもらえないかも知れないけど、私の感情はあの戦争で壊れているの」
涙を流しても、過去には戻れない。そんなことは戦争を経験する者にしかわからない。
「私だって、本当は人殺しなんてしたくないの」
「なら、そんなの辞めればいいじゃない」
理解される訳がない。それでも諦めずにセーレは顔を上げた。
「辞めればいいなんて、簡単なことができないのよ。誰一人止まらないの、辞めてくれないの。皆、敵意剥き出しで私を見るの」
「わからないわ……」
ビィシャアは頭を押さえながらも、セーレの後悔を聞き続けた。
「私には戦争を起こした責任がある。もう一生償っていかなければならない十字架なの」
ビィシャアは、さらに苛立ち唇を噛む力を強めた。唇から血が滲み出た。その様子を見て、セーレは自分にできることを考えた。
「あなたの拘束を解くわ」
力の行使が終わり、セーレの髪の色が銀髪から白髪へ変わる。拘束を解かれた者の左手には、短剣を握ったまま立ち上がった。
白髪へ戻ったセーレは涙を流し、その場に座り込んだ。
ビィシャアは左手を上げた。短剣の切っ先が、月明かりを反射して鈍く光る。しかし、振り下ろされるはずだった腕は、途中で力を失った。指先が震え、短剣が地面に落ちる。乾いた金属音が響いたあと、辺りは再び静寂に包まれた。
声が掠れた。
「パパが死んでまで守ったものを、私は何も知らなかった。何もできなかった。あんなに頑張ったのに……何のために生きてきたんだろう」
唇を噛み締め、必死に涙を堪えようとする。けれど、頬を伝う涙は止まらなかった。
「はぁ……もう、生きる意味なんてなくなっちゃった」
その言葉を聞いた瞬間、セーレは立ち上がった。
足元がふらつき、膝に力が入らない。それでも、彼女はビィシャアから目を逸らさなかった。
「まだ終わってない」
「……何よ」
「あなたのお父さんは、最後まで任務を果たそうとしていたわ」
「そんなこと、わかってる!」
ビィシャアが顔を上げた。
「わかってるから、苦しいのよ! パパがどんな思いで戦っていたのか、どれだけ頑張っていたのか、そんなことくらい……私だって、わかってるんだから!」
張り裂けそうな声だった。
「でも、そんなことより……生きていてほしかった。任務なんて放り出して、私のところに帰ってきてほしかった!」
その言葉を口にした途端、ビィシャアの顔が歪んだ。
「私、ずっと待ってたのに……」
小さな子供のように、声を震わせる。
「今度こそ帰ってくるって、信じてたのに……」
セーレは何も言えなかった。
戦場で何度も人の死を見てきた。泣き叫ぶ者も、復讐を誓う者も、絶望して何も語れなくなった者もいた。
それでも、目の前で父親を失った少女に、かけるべき言葉が見つからなかった。
どんな慰めも、彼女の父親を連れ戻すことはできない。
どんな謝罪も、失われた時間を取り戻すことはできない。
それを誰よりも知っているのは、セーレ自身だった。
「……あなたのお父さんは、最後にこう言ったわ」
セーレは、震える唇を開いた。
「いざとなったら、死ぬ覚悟で情報を守れ。王城の捕虜になんてなるな。奴らの情報を奪い取れって」
ビィシャアの瞳が揺れた。
「……それが、パパの言葉?」
「ええ」
セーレはゆっくりと頷いた。
「でもね。私は、あなたのお父さんの考えが正しかったとは思わない」
「……何ですって?」
「情報を守るために命を懸ける。その覚悟は立派よ。でも、命を懸けることと、命を捨てることは違う。死んでしまったら、もう二度と大切な人のところへ帰れないんだから」
セーレの脳裏に、あの光景が蘇る。ゴンドラの窓越しに見た、エドモンドの最期。そして、その命を奪った大男の姿。
アドモス。あの顔だけは、決して忘れない。忘れてはいけない。
「私は……助けられなかった」
声が震えた。
「目の前にいたのに、何もできなかった。あなたのお父さんが倒れるところを見ていることしかできなかったのよ」
セーレは拳を握り締めた。
「だから、私を憎んでもいい。許さなくてもいい。あなたが私を責めるのなら、私はその言葉を受け止めるわ」
そして、一歩、ビィシャアに近づいた。
「でも……お願いだから、自分の命まで捨てようとしないで」
「……っ」
「あなたのお父さんは、あなたを残して逝った。だったら、あなたは生きていなきゃ駄目なのよ!」
セーレの声が、静かな空間に響き渡った。
「お父さんの意思を継ぐことに意味があるかどうかなんて、今は考えなくていい! 生きる意味なんて、今すぐ見つけなくてもいい! 明日になっても見つからなかったら、明後日まで探せばいいじゃない!」
セーレの頬を、涙が伝った。
「それでも見つからなかったら……その次の日も、一緒に探してあげるから」
ビィシャアは呆然と彼女を見つめていた。
「……どうして」
「え?」
「どうして、そんなことを言うのよ……」
ビィシャアの顔が、くしゃりと歪んだ。
「私は、あなたが憎いのに……! パパを助けられなかったあなたが、どうしてそんなことを言えるのよ!」
「そうね」
セーレは目を伏せた。
「あなたの言うとおりよ」
言い訳はしなかった。
自分にも事情があったなどと、口にするつもりはなかった。
「私は弱かった。あなたのお父さんを守れなかった。どれだけ後悔しても、もう遅いのよ」
セーレはゆっくりと両手を伸ばした。
「それでも、あなたには生きていてほしい」
「……っ、うぅ……」
「あなたのお父さんが、あなたをどれほど大切に思っていたのか。私には全部わからない。でも、あなたが今ここで命を捨てたら……きっと、お父さんの死を悲しむ人が、また一人増えてしまう」
ビィシャアの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「そんなの……そんなの、わかってるわよ……!」
彼女はセーレの胸を叩いた。
一度、二度。
弱々しい拳が、何度も彼女を打つ。
「あなたなんか、大嫌い……!」
「うん」
「パパを返してよ……!」
「……ごめんなさい」
「返してよぉ……!」
最後の叫びは、もう言葉になっていなかった。ビィシャアはセーレの胸に縋りつき、声を上げて泣いた。
セーレは彼女を抱き締めた。小さな背中に腕を回し、震えが収まるまで、ただ抱き締め続けた。その涙を止めようとはしなかった。悲しむなとも、前を向けとも言わなかった。泣きたいときに泣けることが、どれほど幸せなことなのか。セーレは、もう忘れかけていたからだ。
「……ほんとはね」
しばらくして、ビィシャアが呟いた。
「私、パパに生きていてほしかった」
「うん」
「偉い兵士なんかじゃなくてよかった。誰かを守る英雄になんか、ならなくてよかった。ただ、帰ってきてほしかったの……」
セーレは目を閉じた。戦場に立つ者たちは、何かを守るために戦う。
国のため。仲間のため。家族のため。けれど、その正しさの陰で、誰かが帰りを待ち続けている。
英雄と呼ばれる人間にも、帰る場所がある。その場所で待っている人間にも、明日があるはずだった。
それなのに、戦争は何もかもを奪っていく。
「そうよね……つらかったわね」
セーレは、ビィシャアの頭をそっと撫でた。
「あなたは、ずっと寂しかったのね」
「……うん」
「ごめんね」
「……どうして、あなたが謝るのよ」
「私が、あなたのお父さんを守れなかったから」
ビィシャアは首を横に振った。けれど、すぐに顔を上げることはできなかった。
「……私は、あなたが憎い」
「ええ」
「これからも、ずっと憎むかもしれない」
「それでもいいわ」
セーレは、彼女の背中に回した腕に少しだけ力を込めた。
「憎み続ければいい。それであなたの心が少しでも晴れるのなら、私は受け止める」
「……本当に?」
「ええ。だから、あなたは生きて」
ビィシャアの泣き声が、再び大きくなった。
セーレもまた、涙を流していた。
誰かを慰める資格など、自分にはないと思っていた。戦争で多くの命を奪い、自由と平和を夢見た少女は、いつしか人々から恐れられる存在になった。
彼女の命令に従い、戦場で人を殺した者がいる。
彼女の力に抗えず、人生を狂わされた者もいる。
そして、自分の弱さのせいで救えなかった命もある。
いくら後悔しても、失われた命は戻らない。
だからこそ、セーレは目の前の少女を手放したくなかった。
せめて、この子だけは。自分と同じように、後悔だけを抱えて生きる人間にはなってほしくなかった。
「……セーレ」
「何?」
「私、あなたを許せるかどうか、わからない」
「無理に許さなくていいわ」
「でも……」
ビィシャアは、涙に濡れた顔を上げた。
「今は、少しだけ……このままでいさせて」
「もちろんよ」
セーレは微笑もうとした。
けれど、口元が震えて、うまく笑えなかった。それでも、彼女はビィシャアを抱き締め続けた。
やがて、ビィシャアの泣き声が小さくなっていく。彼女はセーレの服を握り締めたまま、何度もしゃくり上げていた。
まるで、手を離せば、今度こそ本当に何もかも失ってしまうとでもいうように。
セーレは、その小さな手を見つめた。その手には、先ほどまで短剣が握られていた。
もし、あのまま振り下ろしていたら。
もし、彼女が自分の命を絶っていたら。
また一人、守れなかった人間が増えていた。セーレは、そっと目を閉じる。
胸の奥に、エドモンドの最期が焼き付いていた。彼が何を思い、何を願い、最後にどんな気持ちで娘の未来を託したのか。
それを知ることは、もうできない。けれど、彼が守ろうとしたものの中には、きっとビィシャアの命もあったはずだ。
セーレは、月の見えない空を仰いだ。
「……エドモンド」
小さく、名を呼ぶ。
「あなたの娘は、私が守るわ」
その約束が、罪滅ぼしになるとは思っていない。彼女の罪が消えるわけでもない。それでも、失われた命の前で立ち尽くすだけの自分には、もう戻りたくなかった。
セーレは、これまで幾度となく月に祈りを捧げてきた。
届かない願いを託し、叶わない未来を夢見て、それでも歩き続けてきた。
月が欠けても、夜が明ければ、また新しい光が差す。だが、人の命はそうはいかない。失われた命は、二度と満ちることはない。
だからこそ、残された者たちが生きなければならないのだ。
亡くなった者のためだけではない。自分自身のために。そして、いつか心から笑える日を迎えるために。
「……パパ」
ビィシャアが、胸元で呟いた。
「私、もう少しだけ、生きてみるね」
セーレの腕の中で、彼女は再び泣いた。
その涙が悲しみなのか、安堵なのか、それとも父親への届かぬ返事なのか、本人にもわからなかった。
ただ一つ、確かなことがあった。
ビィシャアの手から、短剣は離れていた。そして、セーレの服を握るその手には、まだ生きようとする力が残っていた。
セーレは、その手を決して離さなかった。
月の彼方へ、数えきれない人々の想いを託しながら。
彼女は今日も、誰かの悲しみを背負って歩き続ける。
それが贖罪になるのか、救いになるのか。
今はまだ、わからない。それでも。誰かが誰かを失った夜に、せめて一人でも、独りきりで泣かずに済むように。
コメント
1件
いやあ、もう冒頭から引き込まれました…。エドモンドの死を受け入れられないビィシャアと、それを自分ごととして受け止めるセーレ。お互いの感情がぶつかり合って、でも最後にセーレが「一緒に生きる意味を探す」って言ったシーン、本当にぐっときました。弱さを認めながらも目の前の命を守ろうとする姿勢が、すごく優しくて切なかったです。