四章「山姥の言霊」
廃墟 朝7蒔
がしゃどくろに敗北した翌朝。
まだ煙の匂いが残る廃墟に、弾と斬は呼び出された。
ボスは瓦礫の上に立ち、冷たい目で二人を見下ろす。
「昨日は失敗したな。だが、道具さえあれば使える。殺し屋は道具を持ってこそだ」
まず弾に向き直る。
「弾、お前にはガトリングガンだ。大群を相手にするときは一気にこれで始末しろ。お前の百発百中の腕なら、弾幕は都市を血で染める壁に なる」
弾は黙って受け取り、重みを確かめる。
金属の冷たさが掌に食い込み、彼の心臓の鼓動と同じリズムで銃身が震えていた。
次に斬へ。
「斬、お前には天叢雲剣だ。神話で八岐大蛇を斬ったとされる剣だ。伝説だろうが何だろうが、俺にとってはただの刃物だ。 お前はそれで妖怪を始末しろ」
ボスは剣の本質など知らない。
ただ「強力な武器」として押し付けるだけだった。
斬は剣を受け取り、刃に映る自分の顔を見つめる。
(ただの刀じゃない……何かが違う。だが、ボスは知らない。俺が気づくしかない)
「次からは必ず成功しろ。失敗すれば処刑だ。お前らは都市を守る戦士なんかじゃない。
ただの殺し屋だ。俺の命令に従う道具だ」
弾と斬は声を揃えて答えた。
「はい、ボス!」
廃墟の広場に三十人の元軍隊が並ぶ。
戦車の砲口が二人に向けられ、銃声が一斉に響いた。
弾は冷静に引き金を引く。ガトリングから放たれる弾丸が敵を薙ぎ払う。
「10人始末完了」弾は呟き、さらに引き金を引き続けた。
銃声は嵐のように響き、瓦礫が砕け散る。
斬は天叢雲剣を振り下ろす。
だが、戦車の装甲は斬れない。
「くっ……なぜだ!」
弾丸を斬り払うが、腕を撃ち抜かれる。
血が飛び散り、痛みが走る。
「守るために振るえ。殺すためでは斬れぬ」
剣の声が響いた。
斬は混乱する。
戦車の砲口が斬に向けられる。
「撃て!」軍の号令。
「斬、狙われているぞ!」
弾の声。
轟音。弾のレールガンが
戦車を撃ち抜いた。爆炎が広がり、斬は息を呑む。
「助かった…」
斬は呟く。
(俺は守られた。だが、本当は俺が守るべきだったのだ…)
ボスは苛立ち、ポケットから赤いボタンを取り出す。
「斬、見損なったよ。お前がここまで役立たずだなんて。
このボタンを押せばミサイルが発射される。東京ごと消し去ってやろう!」
「おやめください!」
弾と斬が叫ぶ。
「もう遅い」ボスがボタンを押す。ミサイルが発射された。
「流石にミサイルは俺のレールガンでもどうしようもない」弾が言う。
斬は記憶を思い出す。
弾と喧嘩したこと、ボスに褒められたこと、怒られたこと……。
「俺は東京を守り抜きたい!」斬が叫ぶ。
「よかろう、力を貸そう」剣の声。
斬は天叢雲剣を握り、空へ飛び立つ。
「神技・大守護斬!」
爆炎が夜空を裂き、ミサイルは斬り払われた。東京は守られた。斬は足を折りながら着地する。
「ガハハハッ!足を犠牲にしてまで守るとはな。だが許してやる」ボスは狂気じみた笑みを浮かべた。
弾が駆け付ける。
「斬、大丈夫か?」
「……ああ、足は犠牲になったが、持ちこたえている」
ボスは特製の靴を渡す。
「これを履け。動けるはずだ」
修行は続いた。
息も気配も消す訓練。呼吸を止め、心臓の鼓動すら消す。
音速で動くロボットとの戦闘。斬は刃で風を裂き、弾は銃で影を撃ち抜く。
世界最恐の組織に潜入し、誰にも気づかれず壊滅させる任務。血と汗が体を染めた。
弾と斬は肩で息をしながら答える。
「はぁ……はぁ……大変すぎる」
「ぐったりしている場合ではないぞ。妖怪を始末してこい!」
弾は心の中で呟いた。
(ボス……お前が一番怖いわ)
新宿 0時
新宿の闇に百鬼夜行が現れる。
弾と斬は修行で身につけた「己を消す技」を使い、姿も気配も完全に消していた。
「ぬらりひょん様! 何者かにやられているのに、姿も気配もまったく感じられませぬ!」海坊主が呻く。
豆腐小僧も震えながら叫ぶ。
「どこから撃たれているのですか!? 何も見えないのに仲間が次々と倒れていく!」
銃声だけが雷鳴のように響き、妖怪の急所を撃ち抜く。
ろくろ首が首を伸ばし嘲笑する。
「私は切断でしか倒せぬ!」
「落空斬!」
斬の刃が閃き、首は真っ二つに裂けた。
土蜘蛛が糸を吐き出す。
「逃がすものか!」
弾は冷徹に糸の根元を撃ち抜き、蜘蛛は地に崩れ落ちた。
ぬらりひょんは微笑む
「彼らは己を消した。姿も気配も消し去り、ただ魂だけで戦っているのじゃ!それに、前回よりも弾道がより正確になっておる。たった半日でここまで強くなるとは、流石じゃ」
その背後に、重く湿った気配が走った。振り向くと、そこには老婆――山姥が立っていた。
彼女の姿はぼろ布をまとい、髪は乱れ、瞳は深い闇を宿している。だがその口から発せられる声は、ただの妖怪のものではなかった。
「言霊とは、斬るためではない。思い出すためにある」
その言葉は低く、しかし魂を揺さぶる響きを持っていた。弾が引き金を引こうとした瞬間、銃身が重くなり、斬が刃を振り下ろそうとした瞬間、腕が動かなくなった。
世界が暗転する。
気づけば、戦場ではなく懐かしい部屋に立っていた。
「ここは……どこだ?山姥は?銃もない……」弾は混乱する。
部屋の隅から幼い声が響いた。
「お兄ちゃん、ゲーム楽しいね」
そこには少年がいた。小さな手でコントローラーを握り、笑っている。
弾は声を震わせた。
「だれ……!?」
二人は、戦場から切り離され、過去と向き合うことを強いられる。
山姥の言霊は、ただの攻撃ではない。魂を揺さぶり、忘れた真実を思い出す試練だった。
五章「始末の意味」に続く
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