「……ん~」
兎の耳を付けた特徴的なパーカーを着ている少年の手が急に止まる。今まではなにやら順調そうに筆を進めていたが、なにかあったのだろうか、すっかりピタッと止まってしまった。
それからというものの、その少年の筆は一切進めることはなく、すっかり飽きてしまったのか、鼻歌をし始める。鼻歌が好きなのか、その姿は先ほどの様子と打って変わって楽しそうだ。
「何してんの? ペニ」
そこに現れるのはこれまた特徴的な蛙の帽子をした青年。顔は両性的で一見性別の判断がつきにくいが、声からして男で間違いはないだろう。
どうやら兎パーカーの青年はペニ、と呼ばれているらしい。よくよく見れば少年のパーカーの袖にはPenigakiの表記があり、少年の名はきっとペニガキと呼ぶのだろうと推測が付く。ペニガキは少し焦った様子で蛙帽子の青年をちらりと見た。
「げ、かえるくん……」
「『げ』ってなんだよ、『げ』って。もしかしてなんか隠し事でもしてんの?」
「いやぁ? 別に……」
焦りを隠しているつもりなのだろうか。しかし、この蛙帽子の青年、かえるにはお見通しだったようで、直ぐに言及される。
ペニガキは恐らくこういった言い訳やら嘘をつくことが苦手なのだろう。他人から見ても、焦りが透けて見える。かえるとの目を合わせることもなく、言い訳の所在を探している。
「本当は?」
かえるに言及されて窮地に立っているペニガキ。彼の動揺具合は見てても面白い。「えーと」やら「なんでもない」なんて説得力のない言葉たちは、どれも青年の前に見事敗北に帰した。
一つ溜息をついたかえるは物事のあらすじを分かっているかのようにペニガキに話し始めた。
「どーせ宿題でしょ? それ、今日までのやつでしょ」
指さした先にあるのは数枚の紙、青年の言う通りならば宿題が乱雑に置かれている。内容は簡単な算数のようで、中学生のような見た目をしたペニガキにとっては簡単そうに見える問題。そもそも、なぜそのような歳の子供が、数学ではなく算数を解いているのか、私にはわからない。兎にも角にも、ある一問からずっと手が止まっている事実を思い出してほしい。少年はきっと、フル回転させた頭でも分からない、難問に出会ってしまったということなのだろう。
我慢の限界が来たのか、パーカーの耳を垂らし、蛙帽子の青年に助けを乞う。その上目遣いは犯罪的であるような狡い表情をしている。人が人ならば、すぐに落ちていたのだろう。かえるはそのペニガキの表情に罪悪感などを覚えたのか、仕方なし、といった雰囲気を漂わせ、こういうことを提案した。
「……俺が教えてあげよっか?」
「ほんとに?! いいの?!」
ペニガキはその言葉を待っていたのかいないのか、それは分からないが、どちらにせよ先ほどまでの暗い表情ははるか彼方に置いてきたような、期待の籠った瞳でかえるの透き通った鮮緑の瞳を見つめる。彼の喜怒哀楽の変わりようは、年相応の子供らしく眩しい笑顔をかえるに見せた。
「教えるには教えるけど、その宿題、ちゃんと今日までにKUNさんに提出しなね?」
「する! だから教えて!!」
かえるの口から出たKUNという男がどういったものなのかは、ペニガキの反応から見て取れる。おそらく、先生のような存在であり、怒られたくない者の一人なのだろう。
「教える」という単語がかえるの口から出て、安堵の声を上げるペニガキを見ても、このかえるという男は怒ることが少ない、優しい人間なのだろう。まさに、ぺにがきにとっては飴と鞭だ。
そうして、ペニガキは調子のよさそうな顔して問題と改めて向き合う。その様子を見て、呆れているかのような表情を最初はしていたが、なんやかんや年下、さらには中学生のような年齢はかえるという若い層にとっても甘くなってしまうのだろう。人の性、といったものか。
「……それで、どこが分かんないの?」
「えっとね……」
この様子はさながら兄弟のよう。なんとも微笑ましい空気が、この部屋を包む。この空間ならば、あらゆる邪念を浄化できそうだ。
最初こそあまり理解できていないような表情を見せていたが、かえるの教え方が上手いのだろう。すぐにそんな表情は晴れ、すっかり笑顔になっている。
「できたー!」
「ふふ、よかったね」
そう言ってかえるはペニガキの頭をやさしく撫でる。ペニガキは照れくさそうに
「かえるくっ! 撫でんな! 俺そんな子供じゃないし!」
と口では嫌がっているように発言しているが、満更じゃなさそうに顔を少し赤くする。かえるもその事は何となくわかっているのか、「はいはい」と笑いながら撫でることをやめない。
……なんだか、ペニガキの顔が恋に落ちている顔をしているような気がしたが、気のせいだったことにでもしておこう。
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