ウェスカーさんの方を見ると、更衣室付近のソファに掛けて此方をジッと見ていた。目があって咄嗟に顔をそらす。
「おお笑…意外と似合ってんね」
女装姿に着替えた俺を見てウェスカーさんがそう言った。
「ウェスカーさん。ちょっと止めません…?俺、騙せる気しないんすけど…」
「ツルギ。お前まだ借金返済してないだろ
それとも何だ?今すぐ返せるのか?」
そう言われてしまい、泣く泣くフロントに出た。
「仕事内容はさっき伝えた通り。始めての接客にしては面倒な客だけど…ツルギならいけるだろ。何かあったらヘルプ呼んで」
いよいよ仕事だ。 ウェスカーさんの話では、俺の初の接客相手は金持ちで中年の男らしい。このキャバクラを長いこと利用してて、金を落としてくれるけど、嬢に対しての行き過ぎた質問やおさわりが多い、とか何とか。嬢からのセクハラ告発で出禁も考えたけど、証拠がないからどうしようもないんだって。そんな時に、男で力のある俺が運悪くウェスカーさんに、借金作っちゃったもんだから利用されるわな。
「いらっしゃいませ。此方の席へお越し下さい。」
先輩の嬢達に教わった通りに、客を奥のVIP専用の個室へ案内する。黒服が、部屋の前までしか行けないから部屋入ったら気を付けろって笑アンタ俺の上裸見たことあるでしょ笑こんな筋肉達磨が、中肉中背の男に負けるわけがないで
すよ笑
「君は新人君だね…もしかして、この卓が始めて?」
個室に入った途端、甘ったるい声色で俺の身体をジロジロ見てきた。
「…そうです。本日から入りました、焦月ツルです」
一応偽名を使えとウェスカーさんに言われた。名刺を渡すときに、手を必要以上に触られたような気がしたけど、気のせいか…?アウトかセーフ、判断に困るな…
「へー…ツルちゃんってさ、キャバクラで何をするか知ってる?」
「いえ、お客様を楽しませる、ということしか教えて貰ってないです」
「そう……じゃあ、俺がツルちゃんのハジメテをいっぱい貰うってことか…」
え、今さらっとキモいこと言った!?きも、ハジメテとか言うな!!
…兎に角、今の発言を聞かなかったことにして、証拠を掴むために話を進める。
「○○様は普段、こういったお店を利用されてるんですか?」
「いや、この店しか来てないよ。オーナーに色々借りあるし、他の店よりも女の子の顔が可愛いんだよね笑」
「…そうなんですね。」
「そんなことより、ツルちゃんって、ハスキーな声で可愛いよね」
「え…あ、ありがとうございます」
「ツルちゃんに飲んで欲しいワイン持ってきたんだけど……お酒飲めるよね?」
「はい。結構ザルな方ですけど…お酒の持ち込みって大丈夫なんですか?店長から詳しく聞いてなくて…」
「ん?全然大丈夫だよ?そこら辺の黒服より僕の方がこの店のルールに詳しいからね。ツルちゃんの感想早く聞きたいな」
グラスに注がれた、赤く半透明のワインを見て、この程度の量なら酔うこともないだろうと、思っていた。
その後の雑談で怪しい仕振りを見せなかったから油断していた。
「…?」
突然、身体の芯が燃えるような感覚に陥った。手足が熱い…生理的な涙で視界がぼやけ、呂律が回らない。
「さっきのワインに薬が入ってたんだよ
警戒してたみたいだけど笑遅効性だから気付かなかったね」
恋慕で歪んだ客の顔を見て、しまった、失敗した。と呑気に考えていた。その間に、皮膚の下に脂肪がたっぷりと詰まった手が己の首に伸びてきた。
「うぐッ…!」
首を絞められ、闇雲に脚を動かし抵抗する。
「ハハ…その顔最高だね♡写真残しておきたいな…ツルギ君♡」
カシャッ
シャッター音がなると同時に意識が落ちた。
目が覚めると医務室で、女装姿ではなく男の姿に戻っていた。華憐さんが俺は酸欠で倒れた、と診断してくれた。首に違和感を感じて触ると、あの男の手の跡がくっきり残っていた。一体…何処にそんな力があったのだろうか。
「ツルギ…!!無事か…?」
扉が乱暴に開いて、微かに汗をかいているウェスカーさんが言った。
「全然平気ですよ!俺身体強いんで」
俺の顔と、首を見たウェスカーさんが泣きそうな顔で近づいてきた。
「…すまん。」
首に強く残った跡を手でなぞられる。
「やめて下さい笑くすぐったいですって笑
…ウェスカーさん?」
「…ツルギが客に暴行されたって聞いて、
生きた心地がしなかった。」
「ウェスカーさんのせいじゃないですよ、俺がちょっと見誤っただけっすから。それより、あの男は今どちらに?」
「ああ…。あの男の行方なんか知らなくて良い。それよりも、ツルギはしっかり休んで傷を治しなさい」
はぐらかされた…?まあ良いや
「そう言えば、俺っていくら稼いだんですか?」
「10億だな」
「一人しか相手してないのに?!」
「違う違う。うちの従業員…ツルギに対する過度なセクハラ行為で10億。」
「なるほど…。まあ、これで女の子達がセクハラに困らないようになったんで良かったっす笑アイツ俺の女装姿に、まんまと引っ掛かってくれてましたね笑」
「いや、お前が男だってこと最初から気付いてたっぽいぞ」
え…?嘘でしょ??
「まさか、名刺を渡したとき…?」
「『手の感触が他の子と違ったからすぐに気付いた!』ってごたごた抜かしてたな」
「ええ…こっわ、俺が男だって知っててあんなことしたんすか…。そう言えば、意識がなくなる前にツルギ君って呼ばれたような…」
「兎に角、今日はもう休めツルギ。家まで送ってく」
「良いんですか!?ウェスカーさんありがとうございます!」
「今日は色々とすまんかった。」
「俺が借金したんすから!そんな、頭下げないで!…今後ともこのラーメン屋をご贔屓して下さい笑」
「勿論。」
あの日から何の変哲もなく一週間が過ぎた。