お気に入りのイタリアンでパスタやピッツァを持ち帰り、デザートのジェラートも持ち帰った二人は、リオンが望んだためにベッドルームから出られるベランダでそれらを食べ、デザートも食べ終えて夜風に当たっていた。
「オーヴェ、風呂どーする?」
退院してからはまだバスタブに湯を張っておらずに改装されたシャワーブースを使ったのみだったが、今日はバスタブに湯を張ってみないかと誘われて少しだけ考え込み、バスタブに入る練習もしないといけないと笑うとリオンの指がウーヴェの頬を撫でる。
「そーだな」
「……一緒に、入るか?」
「もちろん!」
久しぶりのオーヴェとお風呂だと笑うリオンだったが、その顔がウーヴェに不気味さを与えたようで、胡乱なものを見る目で見られてしまう。
「お願い、一緒に入らせて、オーヴェ」
「……仕方が無いな」
懇願するリオンに尊大に返事をしたウーヴェだったが、どちらもその芝居に吹き出してしまい、今からバスタブに湯を張ってくるとウーヴェが立ち上がる。
「……うん、頼む」
その間に俺はここを片付けておくとリオンが何かを堪えるように頷き、ウーヴェの目が細められた後、短くなった金髪に口付けるように顔を寄せる。
「ダンケ、リーオ」
「うん」
バスタブに湯を張るぐらい家の中でならば壁の手摺に掴まって移動すれば問題ないとウーヴェが今日のクリニックからの帰りに言ったのだが、大丈夫かも知れないが何か嫌だとリオンが反論していた。
だからといって総てをリオンに任せてしまうことなど出来る筈もなく、自分に出来ることは自分でするとその時も伝え、今も立ち上がる事で伝えたウーヴェは、リオンが己の手を掴んでじっと見つめてきた為、今度はその額にキスをする。
「お前がいるから大丈夫だ」
「……じゃあ風呂上がりの用意しておくな」
「……うん」
どこかの誰かさんは風呂上がりにも酒を飲みたいと言うからと笑うリオンに、今度はキスの代わりに指で軽く突くと悲鳴が上がる。
「いて」
「ふん」
すぐ側に立てかけてあるステッキをついてベランダからベッドルームに入るウーヴェの姿を見送ったリオンは、己の言動が過保護になっている事も理解していたが、どうしても事件のことが頭から離れずについつい大げさに庇ってしまい、ウーヴェの家族が過保護になる気持ちが理解出来ると苦笑し、テーブルに残された食器などを無造作に一纏めにしてトレイに載せると、久しぶりの風呂だと鼻歌を歌いながらキッチンに向かうのだった。
以前ならばリオンが大の字になっても平気な大きさを誇るジャグジー付きのバスタブが存在感を放っていたが、ウーヴェが入院中に二人で相談し、今はあの大きなものよりもある程度の大きさがあれば問題ないとのことからバスタブを撤去して今の大きさ-廊下側のバスタブの一回り大きなもの-に取り替え、空いたスペースは逆に今のままでは手狭になるからとシャワーブースを大人二人が余裕で入れる広さに拡張したのだ。
そして、壁やシャワーブースの内外にもウーヴェの体を支える為の手摺が縦横それぞれに設置され、大きく見た目が変わったそこに必要と分かっていても少しだけ重い気持ちで溜息を吐いたウーヴェは、シャワーブース内とバスタブの側に置かれた椅子にも目をやり、己の足がこうなって初めて身体に障害を抱えている人の不便さを実感してしまう。
手摺や椅子などはそれが無いとウーヴェが不便するとリオンが考えて設置してくれたのだが、そのことから感じ取ったのは、際限なく己を甘やかすのではないとのことだったが、今回の事件に巻き込まれていなければ足の悪い人達の日常での不便さに一生気付くことはなかったと思う反面、そのことでリオンに負担を掛けてしまうと言う思いが唐突に芽生え、胸の奥深くが疼いてしまう。
人を不幸にしたお前が自分だけ幸せになれると思うのか。
その言葉はウーヴェの動きをいとも容易く縛り付ける呪文のようで、ドアが開いてリオンが入ってくる音すら気付かずに呆然と椅子に座っていたウーヴェは、背後から緩く抱きしめられて身体が竦んでしまう。
「……っ!!」
「俺だ、オーヴェ」
ここにいるのは俺とお前だけだと囁かれて無意識に溜息を吐くと、微かに震える手で己の首の下で交差する腕を撫でる。
「……リーオ」
「どうした?」
「椅子や手摺りを置いてくれてありがとう。これがあれば不便をあまり感じずにすむ」
「そっか」
ありがとうの言葉だけを伝えようと、先ほど感じた痛みを伝えないようにしようと笑みを浮かべるウーヴェに何も気付いていない顔で頷いたリオンは、頭のてっぺんにキスをするとウーヴェの服を脱がそうとする。
「自分で脱げるっ」
「えー、脱がせる楽しみを奪うなよー」
それぐらい自分で出来ると言い張るウーヴェにリオンが不満に口を尖らせ、友人一同からすればいい加減にしろと怒鳴りたくなるような言い合いを繰り広げるが、結局ウーヴェが勝利を収めてシャツのボタンを手早く外して脱いでいく。
白い日に焼けていない背中に縦横無尽に走る大小様々な傷跡と、右腰の手術することの出来なかった傷跡がバスルームの照明に照らされて影を作る背中にリオンがぐっと拳を握るが、ウーヴェがどうしたと見上げた事に気付いて首を左右に振る。
「なー、オーヴェ、やりたいこと出来たんだけどさ、やって良いか?」
「な、なんだ?」
その問い方と声に不気味なものを感じたのか、ウーヴェが胡乱な目で再度リオンを見つめるとにやりと笑ったリオンがウーヴェの肩にキスをし、そのまま背中の傷に口を寄せる。
「……っ!!」
背中に不意に落とされたキスに身体が跳ね、何をするんだとウーヴェが身を捩ろうとするがその肩をぐっと掴まれて身動きが取れなくなる。
「お前の背中の傷全部にこれから毎日キスする」
「リオン……?」
「んー?」
何故そんなことをとウーヴェが躊躇いつつ問えば、お前の勲章にキスをするのは当たり前だと返されて口を閉ざしてしまう。
「お前が生きようとしてくれてる勲章だぜ。それに敬意を示すのは当然だろ?」
背中の傷もそれ以外の傷もそうだと笑うリオンにウーヴェが何も言えずに唇を噛み締めるが、背中の傷にキスを終えたらしいリオンが前に回り込んで見上げるように膝をついたかと思うと、そのまま身を屈めてウーヴェの左足にキスをしたため、さすがにそれには飛び上がりそうになる。
「リオンっ!」
「怒鳴ってもダメー。もう決めたからな」
お前の傷の全てにキスをする、それは俺が決めたことだから例えお前であっても止めさせることは出来ないと笑い、伸び上がってウーヴェを抱きしめたリオンは、だから全部の傷を見せて撫でさせてくれと囁き、震えるウーヴェの頬にキスをする。
「ほら、バスタブに入ろうぜ」
「……うん」
早く入ろう今すぐ入ろうと子どもを風呂に入れさせる親のように歌って急がせたリオンに苦笑し身につけていたものを全て脱いだウーヴェは、手摺りを掴んでバスタブに入ると、何ヶ月ぶりかに感じるそれに溜息を吐く。
ジャグジーはなくなってしまったが気分転換に入浴剤を使えば泡風呂になるとリオンが笑いながらウーヴェと向かい合うように入り、ウーヴェの左足をバスタブの縁に引っかけさせると、何度かの手術の傷跡が痛々しい左足の甲に再度キスをする。
「オーヴェ、痛みはどうだ?」
「……触っても何も感じない」
「そっか。じゃあ撫でても平気だよな?」
ウーヴェの返事よりも先にリオンが先ほどキスをした足の甲をそっと手で撫で、踝の上に残る横一直線の傷跡も撫でると、そのまま手をふくらはぎから太ももに這わせ、湯の中で腰や背中を撫でていくが、最終的に辿り着いた頬を撫でると同時に自ら近寄り驚くウーヴェに悪戯を成功させた子どもの顔で笑う。
「くすぐったい、リーオ」
「へへ。後撫でてない傷はここじゃあ無理だからなー」
その傷についてはベッドの中で撫でるとしましょうと声音を一瞬で変えたリオンにウーヴェも顔を赤くするが、脳裏に楽しげに笑う男の声が蘇って今度は青くしてしまう。
『お前が誰にでも喜んで尻を振る姿を見せて褒めて貰え』
ビデオ通話をする直前にルクレツィオから淫靡な笑み混じりに囁かれた言葉が脳裏に蘇り自然と身体に震えが走ってしまい、この後のリオンも己も望んだ行為の意味が書き換えられてしまいそうになる。
愛している人とのセックスと監禁されているときのものが同じはずがないと否定するが、さらにそれを否定する声が響きそうで咄嗟に伸ばした腕でリオンの背中を抱きしめる。
「……ち、がう……っ」
不意にきつく抱きしめられて驚いたリオンだったが、ウーヴェが小さな震える声で否定をしあいつらと一緒じゃないとも呟いたためウーヴェの頭の中に広がる光景を読み取ってしまい、身体の震えの理由も察してしまうと気付かれないように天井を見上げて溜息を一つ吐くが、否定の言葉が何度も繰り返されたため、一縷の望みを掛けてウーヴェの顔を覗き込む。
「オーヴェ」
「……っリ、オン……っリー……っ」
「うん。違うよな、オーヴェ」
俺たちがこれからしようとすることはあいつらがお前にした事とは全く違う意味を持つ、互いの思いを確かめ合って深めるためのものであり、一方的に押しつけるものじゃないよなと囁くと、声ではなく白い髪が何度も上下することで教えられる。
「ち、が……っ」
「だよなー」
だってあの時はキスしてなかったもんなぁと笑うリオンにウーヴェが目を見張るが、そっとキスをされて自然と目を閉じ、繰り返されるそれに身体の震えが治まってくる。
何度か数えられない程繰り返されるキスによって脳内で再生されている声が薄らいでいき、代わりに真夏の青空を連想させる笑みを浮かべて手を差し伸べるリオンが名を呼ぶ声が聞こえ、薄く目を開けるとそこに脳内から飛び出てきたかのような笑みを浮かべたリオンがいて、さっきとは違った思いからきつく背中を抱きしめる。
あの時に何度か聞かされた、光を求めるものがお前だけだと思うなとの言葉が遠くに聞こえるが、脳内と目の前の光と笑顔によって幻のように消えていく。
「─────リオン……俺の、俺だけの太陽……」
光を求める人がいるかも知れない、でも俺の太陽は、俺にとっての光はお前だけだと囁くウーヴェに何度も頷いたリオンだったが、ちゃんと分かっていること、あいつらが何を言ったのか、それを乗り越えるために教えてくれと囁き、ウーヴェの肩に顎を乗せて安堵の吐息を零すと、背中にしがみつくように回されていた手が背中を撫でたため、傷跡が残る背中を同じように撫で、ここで立ち止まるのではなく先に進もうと小さく囁くリオンにウーヴェも掠れた声でうんと答えるのだった。
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