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消毒液の匂いが、やけに強い。
診察室のドアが閉まる。
医師の声は、穏やかだった。
「…癌が思ったより早く、広がっています」
短い言葉。
「治療は続けますが……正直に言うと、いつ何があってもおかしくありません」
世界の音が、遠くなる。
頷いたのかどうかも覚えていない。
病室へ戻る前に、足が止まる。
売店の横に、小さな花屋があった。
不思議な花屋だと思ったのも、つかの間。
白い薔薇が、一本。
迷わず、それを含んだ花束を選ぶ。
俺は病室のドアを開ける。
「おかえり」
日葵は、ちゃんと笑う。
「今日も元気そうだな」
なるべく、いつも通りの声で言う。
花束を差し出す。
「わあ……」
白い薔薇を見つけて、目を細める。
「白い薔薇…珍しいね。どうしたの?」
「退院祝いの予行練習ってとこ」
本当は、治療が一区切りついただけ。
でも、前を向きたかった。
「白い薔薇ってさ」
日葵が、そっと触れる。
「花言葉、“純粋”とか、“尊敬”とか」
「素敵だよね」
「うん」
言葉が喉に詰まる。
医師の声が、頭の奥で響く。
“いつ何があってもおかしくない”
でも、それは日葵には言わない。
今は、言わない。
日葵は花を抱き寄せる。
「きれいだね」
「そうだな…」
「なんか、安心する色」
窓の外は、冬の空。
白い花びらが、静かに光を受ける。
「ねぇ?」
日葵がこちらを見る。
「私、大丈夫だよ」
先に、言われてしまう。
「まだ、ちゃんと生きてるから」
その笑顔が、痛い。
優しくしたいのに、守りたいのに、
何もできない自分が、悔しい。
花瓶に飾った
白い薔薇は、ただ静かに咲いている。
言えなかった言葉が、
胸の奥で、溶けないまま積もっていく。
白い薔薇の花言葉──「純粋」「尊敬」