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エピソード10 “非日常への臭い”
鳥の囀りが部屋に響き渡る。それは朝という事を静かに物語っている。
「朝ごはんできたよー」
リアの優しく元気な声がナギの鼓膜を叩く。
「ああ、ありがとう、リアくん」
長身の女性、ユリさんが襖を開けて入ってくる。
小さなちゃぶ台に食パンとコーヒーだけが並ぶ。
「食パン一枚で足りるのか?この人」と思ったのはさておき、未だグースカ寝ているシオンを起こす。
すると重い体を持ち上げ、だらしなく起き上がる。
そして一枚の食パンを貪り出す。
「あれ?ミズキは?」
ミズキの姿が見当たらない事に気がついたシオン。きっと朝からゲームを決め込もうと思ったのだろう。
「ああ、まああれだ、用事だ……」
どこか頼りない、ユリさんの言葉。何か違和感を感じたがミズキのことはどうでもいいナギ。
「そうやー、パラレルの準神って、青髪のやつっているのか?」
「なんだ、あいつの事、知ってんのか?」
「ああ、パラレルを出る時接触した。連れのやつが殺された」
あの日の記憶が貼り付けたような不気味な笑みを思い出す。
「それは災難だったな。そうあいつと同等のやつが4人いる。鍵の守り人とは比にならない強さだ。昨日の少年の選択はその化け物を全員敵に回すって事だ。」
「じゃあ、鍵の守人のイチカはその対象になるってことか?」
「いや、それは違う。鍵の守人は不安定で誰でもやろうと思えばできる。だからその必要はない。」
昨日もそうだが彼女の発言は少し引っかかる。知ったような口ぶりがそんな感じを醸し出す。
「なあ、なんであなたはそんなに知っているんだ?あっちを」
ナギが鋭い視線を赤髪の女性に突き立てる。そして獣のような目で睨みつける。だが
「さあな」
たった一言で一蹴される。
「とりあえず、うちらに協力するなら、学校が終わったらここにこい。これ住所」
そういうと住所と彼女の名前、店の電話番号等が書かれた名刺を渡した。
「もしかしてもう乗り込む感じですか?」
「流石にまだはえーよ。お前らには付け焼き刃かもしれないが、戦えるようになってもらう」
「お前らってことは、私も」
苦笑いしながらユリさんを見つめるシオン。面倒くさいと顔に書いてあるような表情だ。
「そうだ。オメーも強制参加だ」
「えーーーまじかよ」
「まあ、てめえらは学校に行け。送っててやるよ。留守番は頼んだ、ララ」
「はーーい」
そして遅刻確定だが出発するのであった___
___4時間目の終了を告げるチャイムがなる頃到着したナギ一行。
「ナギくん!死んだかと思ったよ!」
「殺すな、馬鹿野郎」
声をかけて来た爽やかな声の持ち主は、唯一の男友達、宮本くんだ。相変わらずのイケメン面に呆れると同時に安堵する。
「で、どこいってたの?ほんとのとこ」
「ああー異世界?なんか赤黒い花が咲いた」
「へーそう……」
宮本くんは目を逸らし表情を曇らせた。オカルト好きな彼のことだからもっと食いつくかと思ったが意外な結果になった。
「なんか、反応薄いな。こう……すげーみたいな……もっと反応するかと思ったわ」
「ああ、ごめんごめん、あははー」
薄い反応をしつつ苦笑で締める宮本くんに対して何か腑に落ちない感じがしたナギ。気のせいだと言い聞かせてスルーする。
「なんかあるなら話聞くぜ!聞くだけだけど……」
「えっ……なんでもないよ……」
宮本くんの表情は心なしかさっきよりも沈んでいるように見えた。そして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
まだ日が登っている、黒と紅が混じる曖昧な時刻。
「ナギくんとシオンちゃんだやっほー」
この高めの中性的で可愛らしい声を発し笑顔で手を振るのはリアくんだ。
店の前に自転車を止めて、中に入る。
「ナギーーー!おかえりーーー!」
勢いよく走って、ナギに抱きつくのはイチカだ。
5本の鍵がお腹に当たって少し痛いが、そんな事はどうでも良くなるくらいの可愛さだ。
「ただいま」
優しく抱擁し、軽く頭を撫でる。
「おい、ロリコン、座れ」
相変わらず一定の調子の声を出す、両目に傷があるこの男。そう朝不在だったミズキだ。
「誰がロリコンだ!健全な小さい子好きだ!」
「本当か?」
「ナギくん…まあ、人それぞれだし」
リアとシオンがガヤを入れる。完全無欠、クールビューティーのマインドで生きて来たナギにロリコンのレッテルが貼られた瞬間であった。そしてガッと勢いよく襖が開く。
「テメーら騒がしいぞー!あとナギ、人それぞれだから気にすんな」
目を逸らしながらというか目を合わせてくれないユリさんの心情を察せざるを得ない。
「なんのフォローにもなってねーよ!逆に傷口抉ってるだけだっつーの!」
ツッコミに夢中で気が付かなかったが、ユリさんはいつもの軽い格好とは違い、肩にデカい銃を、そして手には刀などの武器らしき物を持っている。
「そ……それ、なんですか?」
「あ?武器に決まってんだろ」
ありきたりな質問に対して、斜め上の返答が返り亜然としてしまう。
「……もしかして、それで戦えみたいなことは……」
苦笑いしながら体を小さくして発言する。
「ああ、正解。そのために今日から放課後、訓練だ」
「まじか……」
「え!銃とか刀使えんの!?」
沈んだナギの声とは真逆の明るく騒がしい声のシオン。彼女は目を輝かせ舐めるようにそれを見る。その姿は彼女がゲームオタクの精神年齢が低いガキだという事を改めて実感させる。
「使えるけど、訓練しねーと素人じゃ扱えねー。だからこれ」
そう言い一枚の紙をシオンとナギに渡す。
その紙には「腕立て1000回、スクワット1000回、腹筋1000回、ランニング10km」と書かれている。
「どっかのハゲがこなしてたやつより厳しくね!?」
息を合わせて泣き叫ぶ二人。
「なんだ、そんなの嬉しいなら、もっと追加するぞ」
「この鬼、デカブツ、ババア」
「よし、プランク5分、10セット追加な」
そんなこんなで1日目の地獄が始まるのであった。
そして空が闇で完全に覆われた頃
「やっと……終わった……のか」
全身激痛で、指一本動かせないナギとシオンが床に転がる。
「ゲーム……やる時間……ねーじゃんか……」
「はいはい、軽口叩けるだけ元気なら大丈夫だね」
襖を開けてナギたちを見下ろすリア。ホッソリとした腕と足。まるで女の子のようだ。一応この子も戦力の一人ってことでいいんだよなと思う。
「ここのどこが大丈夫なんだよ!」
「ふふふー死体みたいだねー」
「リア、ぶっ飛ばされたいのかっ……いててて」
無理矢理動かしたせいでシオンの体が悲鳴をあげる。
「明日、学校無理だわ……」
「ん?あーそこは大丈夫だから安心しなー。店長ー」
何が大丈夫なのかわからず首を傾げるナギだが、その答えはすぐ知ることになる。
「あいよ。」
長身の女性のがリアに手を伸ばし、リアはそれを取り、もう片方の手でナギの手を取る。すると驚くことに疲れがたちまち消えるではないか。
「すげー!さっきまでの疲れ嘘みたいに無くなって行くぞ!」
「まあねー。僕の能力だから当たり前よ」
「へーー。どんな能力なんだ」
「聞きたい?」
ニヤニヤしながら自慢げに聞いてくるリアの質問に頷いて答える。
「しょうがないなー。僕の能力は他者のダメージを自分に移せるんだ。もちろん今みたいに第三者がいればその第三者にダメージを移したり、僕のダメージを君に移したりもできるんだー」
「なんか……使いづらそうだけど、便利だな」
「手を媒介としてる感じっすか?」
シオンが鼻息を荒くしながらそんな質問をする。
「そだよー。だから手は大事なんだー」
「てか、ユリさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、お前らの疲労はお前らの疲労如きヨユーだっつーの」
「そうですか……」
そしてシオンの治療が終わった時、襖がガラと開く同時に元気な声が部屋に響き渡る。
「ナギ!お風呂はいりょ!」
「え!?」
驚くナギにユリさんが真面目な顔をして反応する。
「心配すんな。家の風呂、使ってっていいから」
「なんのフォローにもなってねーから」
「だみぇ?」
「わったよ。一応、面倒見るつもりつれて来たし」
ナギは目線を床に向け、少し恥ずかしそうにしているのが窺える。
「おい、犯罪者予備軍!くれぐれも気をつけろよ」
「なにに気をつけるんだよ!あと犯罪者予備軍じゃねーよ、ゲームの化身!」
シオンの余分な一言にずいぶん体力を持って行かれてしまった。そして風呂に入り、1日を終えるのであった。
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