※十二話目、続き。
⚠️直接的な言い回しはできる限り避けていますが、戦争表現があります。(無理だなと思ったらすぐにスマホ閉じてください汗)
「……………………大丈夫。大丈夫だよ、ロシア。俺は、ちゃんと分かってるよ。君が何も出来ないんじゃない。君が何もしようとしてないんじゃない。俺とアイツの問題に、君は、介入するのが難しいだけ……地理的にも、情勢的にも。それでも、少なくとも君は、俺を……俺だと、認めてくれた。それだけで良いよ。君には、感謝してもしきれない。こんな俺を、一国として、認めてくれたんだから……」
彼は、ロシアに抱きしめられたままだった。それでも自力で起き上がったままでいるのが辛くて、ロシアに体重を預けてしまっている。とは言えども、ロシアには上背も膂力も筋力も全て、自分とは比べ物にならないほどあるので自分一人が寄りかかったくらいではびくともしなかったが。
ロシアの腕の中では、自分が小さく感じた。実際小さいのだろうが、それでも、と思う。
怪我をした。それも、大怪我を何度も。使われた弾薬が多くなればなるほど、撃ち込まれたミサイルの数が多くなればなるほど、自分の身体には傷が増えていく。いくつかのミサイルの破片はまだ体内に残ったままだ。それに栄養失調が拍車をかける。食糧やら医療器具やらを届けるために作られたはずのゲートは、完全にアチラ側が掌握してしまっているせいで、いくつもの検問所を通過しなければこちらに届くことはない(ロシアが見舞い品を一つも持って来れなかったのもそのせいだ)。それを繰り返すうちに食べ物も器具も使えなくなるのがオチだ。
ぐたりとロシアの肩口に寄りかかった彼は、掠れた声を吐き出した。
「…………俺も、アイツもさ………本当は、同じ境遇で生まれた者どうし、なんだ………。それでも、憎みあうことしかできない。本当は、助け合わなければならないのかもしれない。でも……………、もう、無理だ」
喉が詰まる。声が震えた。
「…………たくさん…………たくさん、殺した。女も、子供も……逃げるのができない、赤子も……老いた者までも、見境なく………俺らは、殺し合ったんだ………」
歯を食いしばる。泣きそうになって、肩口に額を擦り付けた。先程、ロシアが自分にしたように。
「……WHOのやつに言われたよ。相次ぐ空襲、襲撃によって病院は稼働できてない、食料も清潔な水も届かない……飢餓も、病気も………進行する一方だ。これじゃ、戦わなくても死人が出る。でも………こうなったのは、全部、全部……」
「………………」
「……アイツの………英国の、せいだ」
ロシアは、頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。内部の事情を知ってはいたが、まさかあの大国の名を、ここで聞くとは思わなかった。
彼の独白は続く。
「アイツだって、これを、やりたくてやったんじゃない……生きたいがため、守りたいものを守りたいがため、やったんだ。しょうがなかったんだって、言われたら………頷くしか、ないのかもしれない。分かってる。分かってるよ。でも…………でも、……っ、」
否応無しに涙腺から押し出された涙が、目の縁を伝って落ちた。嗚咽が口から漏れる。
「………っ、許せない、よ…………‼︎ 」
「……………ナ」
思わず、ロシアは彼の名を呼んだ。本当に、ごく小さな声でのつぶやきだった。その声が彼に届いたかどうかはわからない。しかし彼は、その声に呼応するように、ロシアの背中に回した腕に力を込め、嗚咽した。
「っロシア………俺、は、国……だからっ………戦わなくちゃ、ならない………でも、もう………っ、戦いたく、ない………傷つけたく………ない…………疲れたんだ………何も、できないままで。───どうしようロシア……俺、ほんとに………疲れちゃったみたいだ………」
「………」
「ねぇ、ロシア……」
彼が、軽くロシアから身を引こうとしたので、ロシアはゆっくりと彼から離れた。そして彼の顔を見たロシアは、驚きのあまり、涙で腫れぼったかった目を思い切り見開いた。そこにあったのは、何か恐ろしいものを見たかのように目を極限まで見開いているのに、口元は細かに震え、今まさに笑みを作ろうとしているかのような、いわゆる“絶望”をそのまま固めたような顔をした彼の姿だった。
「………っ、…………!」
言葉を失ったロシアに向かって、彼は強張った笑みを見せた。大きく見開かれたままの彼の目から、大粒の涙が次から次へと溢れ出す。フルフルと痙攣する口唇がぎこちなく歪み、言葉を紡いだ。
「ロシア、俺…………このまま………生きてて、いいのかな……」
心臓が、ギュッと鷲掴みにされたように痛んだ。生きてていいに決まってる。そう言いたかった。しかし、何を言っても今は、薄っぺらい言葉しか言えなそうで───何も、言えなかった。
涙に濡れた瞳が、その誠実そうな眼光が、自分を射ている。彼はロシアから決して目線を逸らせようとしなかったし、ロシアも彼から目を逸らせなかった。
「ねぇ、ロシア」
彼はロシアの手を、震える手で思い切り握りしめた。痩せて細くなった腕が出せる、渾身の力のようだった。
「ロシアはさ………どうか、お願い。どうか………平和を作って。俺が、作れなかった……平和を」
「……っ‼︎ 」
「……お願いだよ………」
一瞬、呼吸が止まった。胸が苦しくなる。息が、吸えなくなる。このセリフを言われたのは二回目だ。苦しい。頭が酷く痛んだ。
ふと、ソ連の顔が浮かんだ。記憶の中の父親は、笑っていた。
「……………ぁ、あ……ああ…………」
声にならない声をあげかけたロシアに、彼は、まるで神に祈りごとをする子供のように、囁くように言った。
「ロシア……絶対に、俺みたいには、ならないでね………俺みたいに………いや、」
思わず彼の手を倍以上の力で握り返していた。彼がやんわりと笑った。
「どうか、俺たちみたいに……俺と………ラエルみたいには、ならないでね…………」
どこか遠い土地に建つ一つの病院の、とある一室にて。
その日その時その病室には、確かに、二つの生命が存在していた。
コメント
4件
物凄く不思議な感覚でした!!想像力と考察力、お話を読んでいる時間は全ての力が試されてるみたいな!やっぱり主さんのお話物凄く好きです!✨
すみません、うまく言葉にできないのですけども… 前々回は夢の中にいるような、前回は夢であってほしいような感覚だったの ですが、今回はそう思うことも許されない、苦しい現実を直視しなければいけない。目を逸らしてはならないという圧さえ感じる文章でした。 毎日の楽しみです、いつもありがとうございます!