「宮本はあの人や伊形前社長に加害された訳だし、被害を受けた当事者は不在だがきちんと考えたいと思う。……朱里にもちゃんと説明、相談して、二人で考えていきたい」
風磨が『尊の性格なら広島に向かうと思う』と言ったのは、宮本恋しさに追いかけるという意味ではなく、すれ違いがあったと知ったら彼女に謝罪しにいくだろうと思っての事だった。
そして俺なら朱里にも打ち明けると思ったから、同性である彼女が宮本の受けた仕打ちを聞いて傷付くかもしれない……と想定した事になる。
(相変わらず遠回しでまどろっこしいんだけど、これが兄貴なりの精一杯なんだろうな)
俺は溜め息をつき、すっかりぬるくなったコーヒーを飲み干す。
朱里は宮本の事を気にし続けてきたけど、この話を聞いてどう思うだろうか。
分からない。――けど、きちんと向き合って話さないと。
「教えてくれてありがとう」
微妙な気持ちはあれど、長年「どうして」と思っていた事が一つ解消した。
確かに今の俺が一番大切にすべきなのは、朱里との関係だ。
だが風磨の言う通り、その他の人たちをすべて無視していいかと言われたら、そうではない。
自分たちさえ良ければ他の人はどうなってもいいなんて思わないし、朱里だってそう考えないと思う。
だから今回の事を知らずに過ごすより、聞けて良かったと感じた。
仮に宮本が俺や篠宮家に深い憎しみを抱いていても、そう思うのは当然だ。
でも手紙に書いてある通り、宮本はとっくに俺を許し、広島で幸せになっている。
最初は『今さら宮本の話なんて』と思ったけれど、今は聞けて良かったと心底思っていた。
その想いが届いたからか、風磨は安心したように「ああ」と頷いた。
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「ただいま」
私が三田のマンションに戻ったのは二十時半だった。
あのあと恵とエミリさんと盛り上がってしまい、カフェでお茶をしたあとカラオケに入り、色んな話をして爆笑しながら歌を歌った。
途中で教育番組で流れる『イモイモダンス』を私が歌い始めると、その曲を知っている全員で笑いながら踊る始末だった。
夕ご飯はイタリアンに行き、ピザやリゾットをシェアしつつ、それぞれ好きなパスタを頼んで皆で分けっこして、楽しい一日になった。
「おう、お帰り」
尊さんはリビングにある一人掛けのリクライニングソファに座っていて、ビル・エヴァンスを流しながら窓の外をぼんやり見ていたようだった。
「ご飯、食べました?」
「飯? あー……、そういや食ってなかったな」
尊さんはどことなくぼんやりしているので、私は少し違和感を抱く。
「なんかありました? ……野暮用、なんでしょうけど」
ジージャンを脱いで尋ねると、尊さんは立ちあがってカウチソファに腰かけると、ポンポンと自分の太腿を叩く。
「お、抱っこを所望ですね。猫カフェで一番人気のアカニャンが行きますよ」
「ははっ、ナンバーワンは心強いな。癒し能力が高そうだ」
私は微笑んだ尊さんの太腿の上に座り、「にゃーお」と言って彼の頬にちゅっちゅとキスをした。
「今日、どうだった?」
「楽しかったですよ。あ、それが表参道でナンパ師に絡まれていたら、神くんに助けられたんです」
「は?」
尊さんは思ってもみない事を聞かされ、目を丸くする。
「狙われたのか?」
「いやいや、私がピンで狙われたんじゃなくて、主に春日さんとエミリさんが話しかけられていたんです。そこに神くんが颯爽と現れて……、キャーッ!」
そのあとの〝じんはる〟ロマンスを思い出し、私は脚をバタバタさせる。
「…………なんだよ。神はそんなに格好良かったのかよ」
尊さんはめちゃくちゃつまらなさそうに言い、私の髪をツンツンと引っ張る。
「そうじゃないんですよ! 聞いてください奥さん!」
私は手首のスナップを鋭く利かせる。
「テンション高ぇな」
「だって! 神くんと春日さんに春が訪れたんですよ!? 春日だけに! ヒヒヒ!」
「マジか」
それについては尊さんも驚いたみたいで、興味深そうな顔をしている。
「も~、春日さんがクネクネしてて乙女で可愛いんですよ。割れた腹筋を晒してサンドバッグを蹴っていたあのファイターが!」
私の盛り上がりようと言い方がおかしかったのか、尊さんはとうとう笑い出す。
「ファイターって」