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裏五条
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桜咲かな
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グリアの眼は怖いくらい冷たく、まるで相手を射抜くようなもの。
「都合のいい時だけ、オレ様を頼るんじゃねえ」
グリアの口から出たのは、思ってもいなかった言葉で。
亜矢は思わず息を止める。
今までにない彼の言葉。その腕からも、瞳からも冷たく引き離され。
「あ、あたし……」
何も返せない。
「てめえが死にそうになって、何が人助けだよ?」
グリアの言葉の意味が分からなくもない。でも、心では理解できない。
亜矢はいつも、自分の事よりも他人の事を優先する。
例え、自分の命が尽きる危険にあろうとも。
それでいて、いつも『口移し』に抵抗するのである。
この前の美保の時だって、今回の事だって。
亜矢は結局、自分の命を落としかけた。
誰かを救おうとしたばかりに、自分の事が見えなくなった。
言い換えれば、グリアの言葉は『自分の命を大切にしろ』という意味なのだろう。
それは、魂を狩る『死神』らしくない台詞ではあるが。
だが、亜矢の命だからこそ。
亜矢だからこそ、グリアにとってはその言葉に意味がある。
グリアは亜矢の返事を待つ事なく、背中を向けて歩きだした。
亜矢の部屋の右隣にある、『死神』の表札が掲げられた部屋に向かって。
亜矢はその背中を目で追う。
すぐ隣の部屋なのに、何故かその背中が遠いものに思えた。
言わなきゃ……!
今、言わなきゃいけない事があるのに……!
自然と、亜矢は駆け出していた。その背中に向かって。
「待って……!!」
グリアが顔だけで振り向く。
その視線の先に、すぐ前に、何かを必死に伝えようと自分を見上げる少女の姿。
言葉が、出ない。
たった一言なのに。
亜矢の戸惑いをかき消すように、開こうとするその唇を塞ぐかのように。
二つの視線が同じ軌道線上で重なった瞬間、亜矢の唇に重ねられたもの。
ほんの数秒の事ではあったが。
時が止まり、二人の影が壁に一枚の絵を描く。
『口移し』ではない『口付け』。
それは、二人にとって初めての事。
それを、その触れあいを——人は何と呼ぶのだったか?
亜矢の部屋の窓際には、1つの小さな鉢が置いてある。
その鉢には、オランがくれた魔界の薬草が植えられていて、窓から吹き込んでくる風に小さく葉を揺らしている。
時々、その草を料理に混ぜてコランに食べさせてやれば、今回のような事は起こらないとオランから教えてもらった。
コランの事はとりあえず、これで心配はなくなったと思えた。
「…………」
亜矢はベッドの上で上半身を起こし、自分の唇を指先で軽く触れた。
その隣では、すでにコランが安らかな寝息を立てて眠っている。
グリアが現れてから、全てが狂い始めた。
自分の日常も、自分自身も———何もかも。
今まで何度も死神に『口移し』をされてきたが、触れあうのも、感じる暖かさも、その場、その一瞬のみの出来事。
後になって思い出すとか、感触が残るとか、そういう事は無かったはずなのに。
(どうしたんだろう、あたし……)
今日は疲れすぎたせいかもしれない、と自分を納得させて亜矢はベッドに潜り込んだ。
死神が口移しによって少女に与え続けるのは、『命の力』だけなのだろうか?
この先、少女が死神に奪われるのは、『魂』だけなのだろうか?
その全ての答えが出る日は、そう遠くない。
コメント
1件
グリアが「都合のいい時だけ頼るな」って言ったシーン、すごく刺さりました。口移しじゃなくて口付けってところが、二人の関係性の変化を感じさせてドキドキしましたね。亜矢が自分の唇に触れる仕草も、彼女の複雑な心境が伝わってきて…。この先どうなるのか、すごく気になります!