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目を閉じると、そこは記憶の群生の中。
木陰に横たわる私と、その頭を優しく撫でる誰か。
水彩画で描いた様に薄くボヤけていて、その表情も、声も、よく届かない。
それは薄氷の様に淡すぎる。
「──────── 。」
あなたは誰?私は誰?ここはどこ?
たくさんの疑問が山の様に積み上がって、私を形成する。
木漏れ日が差し込み、彼の顔が見えそうになると…。
塵の山が私を、水面へ押し上げてしまった。
「ぷはっ」
―と夢の中で息を吐いた瞬間、私は見慣れた部屋に戻っていた。
「…………またこの夢。」
────序章『春を呼ぶ国』────
布団から身体を起こし、障子の方へ歩きだす。
ガタタッと、レールの上を擦って少し立て付けの悪い障子は鈍い音を立てる。
この轟音を耳にし、朝であることを私の頭が徐々に理解し始める。
極め付きに、顔に差し込む眩い朝日だ。
さぁ、一日の始まりだ!とギラギラと輝く日の出の太陽に、私の頭は叩き起こされる。
一日の始まり。
私の日常。
朝は気持ちいい──。
「んんんーーーーっ!あぁー…。今日が晴れでよかった…」
さぁ、と意味もなく気合いを入れ部屋を飛び出し洗面室へ向かう。
鏡に向かい合い、蛇口から水を出した。
口を力ませ、バチャッ…バチャッと顔に水を勢い良くかけた。
顔を上げれば、そこには目を覚ました私の姿。
肩まで下げた桜色の髪とクリっとした大きな青い瞳。
自分で言うのもなんだが、私は少しかわいい…と思う…。
………やっぱり自信なし。いつも通り、何処にでもいる普通の顔だ。
自惚れもほどほどにしよう…。
歯を磨き、口を濯いだ。
さて、次は着替えだ。
部屋に戻って、布団をたたみパジャマを脱ぐ。
いつも通りの普段着を着よう。
涼しげな、ノースリーブのワイシャツに短パン。
その下にタイツを履くのは、少し足元が寂しいのと、ただの趣味だ。
長い後ろ髪を動きやすく、細い三つ編みにして、これで準備完了。
これで私、『桃井 桜』の完成だ。
「さて……朝ごはん作りますか…!」
台所へ向かおう。
冷蔵庫の前に立ち、開く。
中には、昨日の残りの肉じゃが。あと、残り少ない味噌。
肉じゃがは少ない為、お昼にでも回そう。
「となれば…」と顎に手を当て考える。
すると、思い出したかの様に下の冷凍庫を開き奥を探す。
ビンゴ!
そこには、冷凍済みの鮭の切り身が三枚…これなら充分。
彼の分は私のを半分にすれば足りるだろうし、これで決まりだ!
そうと決まればそこから切り身を取り出して、ボウルに水を入れる!
その中に、冷凍済みの切り身を入れてあとは解凍されるのを待つのみ!
さて、この待ち時間を有意義に生かそう…。
続けてコンパクトサイズの片手鍋にも水をいれ、ガスコンロにセットする。
火を付け、沸騰させる。
さてさてと、再び極寒の扉を開き、中のモノ達を物色しよう。
ほら見つけた!
残り半分の豆腐に、昨日の使ったばかりで短くなっている長ネギ!
泡の立つ音を耳に、豆腐を均等に切り、まな板の上でネギを刻む。
食材が揃い、私は彼らを浮き立つ熱湯へダイブ!
グツグツと煮えたぎる食材に喉を鳴らしながら、最後の仕上げ、置いてきぼりでまだかまだかと待たされていた味噌を取り出し、お玉に乗せて優しく浸す。
バスタイムを楽しむ、お味噌さまを箸で優しくかき混ぜ、その湯に溶かしてあげるのだ。
ほら、グツグツといい香りを立て、バラバラだった極寒の使者達が一致団結!
あっという間に、新たな姿に生まれ変わったではないか…!
「…なーんてね?」
これで、よくあるごく普通の味噌汁が出来上がった。
出来れば、ワカメも仲間に入れてあげたかったが…あいにく、今の家にはないのだよ。
と、キッチンで料理をしている私の足元を毛むくじゃらの小さな生き物がノソノソと通りすぎる。
「わっ」と下を向くと、そこには全長20cm程度の丸っぽい生き物。
「おっと。ワタツミーおはよー」
そう呼び掛けると、気づいた様でノソノソと振り向き、細っい線の様な目をこちらに向けた。
かと思うと。
「なんや、桜ちゃんか。起きとったん」
と、喋り出すのだ。
ただの小動物だと思っただろう?違うんだよな──…。
かわいらしい小動物から発せられる、声変わり済みの低い男性の声。しかも関西弁。
創造できないし、キャラ濃すぎ。
「んと、ぎゅうにゅう飲みたいんやが。れいぞうこはどこや?」
「あーはいはい!今出すから、ちょっと待ってて」
「あいよー」
彼に牛乳パックを渡すさなか、水に浸けていた鮭を救いだした。
「はい」
「あんがとー」
うん。解凍は充分だ!
パックから取り出し、魚焼きグリルにセットしてツマミを回す。
あとは、火が通るのを待つだけだから今のうちに………。
「ワタツミ!魚見てて」
「んー?わがった…」
この場は彼に任せて、私は残りのやるべきことを済ませなきゃいけない。
これは私にしかできない大変なこと…。
なんてー。大層なものでもないが、大変なのは事実。
日によっては、全然起きないこともあるし、最悪30分以上はごねられる。
そう、私はこの扉の先にいる“彼女”に毎日悩まされている…!
「スゥーーハァーーー。よし…」
意を決して、力強く扉を開いた。
すると早速、強く開いた扉が何か固い物に引っ掛かる。
思わず「あぁ…っ」と声が漏れた。
恐る恐る隙間から覗くと、床に置かれた雑誌や漫画が扉を塞いでいた様だ。
「またか…」
仕方なく、扉ごとそれを押し退けて無理やり中へ入った。
床に散乱した雑誌や漫画がビルの様に積まれていて、模型の街の様になっている。
こんな歩くスペースが無い中、よく生活できる…。
「……はぁ。」
ビル郡の中を進み、彼女が眠るベッドの方へ近づく。
その際、足元に落ちていた、封されたお菓子の袋踏みつけてしまった。
中のお菓子は粉々になってしまったかも知れないが、これは床に放置したあの子が悪い。
心の中で、様々な愚痴を溢しながら私は彼女が眠るベッドの側へと近づいた。
そして、大きく息を吸い込み――
「スゥーー。ソルフィーーッ!!起きてーーーーー!!あーさーだーよーー!!!!」
大声を上げる。
すると、団子の様に丸まった布団がモゾモゾと動いた。
耳を向けると、布団の中から「んー…」と小さな声が聞こえる。
「むー!もうっ!」
我慢できず、閉じこもる彼女の布団を思いっきり剥いでやった。
「あっ…」と弱い鳴き声が聞こえ、中から寝坊助が出てくる。
今さっき私がソルフィと呼び掛けた、布団の中の主は、色白の薄い身体を丸めて「んーっ」っと私に対抗する。
随分弱々しい声だが、多少は効果がある。
なんせ、その美貌だ。
氷や硝子の様に透き通った美しい水色の髪を張り巡らして、ベッドの上に川を作っていた。
長いまつげ。琥珀の様な金眼。
その浮世離れした風貌から、追い討ちの様に発声される消えてなくなってしまいそうな透明な声で私の心は微かに揺らされてしまう。
「ほーらっ!起きてー!ご飯出来ちゃうし、寝すぎは身体に悪いよー!」
だが私は負けない。
ここは心を鬼にして、彼女を起こさなければならないのだ。
「さぁー起きてー」と、丸まる彼女の身体を揺らす。
揺らされた彼女身体は絹の様に軽く、それでありながらそこに存在するとわかる様にずっしりと質感を感じる。
揺れると同時に彼女の口から「むーぅ」と怪訝そうに声を漏らす。
反応はあるが、どうだろう…。
「うぅ…でも、さむぃ……」
うーん…、これでもまだ駄々をこねるか…。
仕方がない…。斯くなる上は…!
「てやぁ!はぁ!」
と、私は彼女の細く柔らかい足を掴んだ!
そして、力一杯!!
「いい加減…!起きろぉーーー!!」
うぉーー!っと彼女の足を上下にバタバタさせる。
「ちょっ、うわあわ!イタタっ!ストップストップーー!!」
「ほらー!起きないと止めないよーー!!どりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」
すると、「参った、参ったーーぁ!」と手でベッドを叩きギブアップを宣言した。
それで足を上下させる手を私は止める。
要は、これが私達のルーティーンの様な物だ。
事実これを初めてからと言うもの、より彼女の睡魔は手強くなった様な気がする。
前は声掛けをしつこく続ければ、そのうち起きるのだが…今はそうは行かない。
物理的に起こさないと、この子は余裕で一日中布団の中に居れるのだ。
「イタタタ……ちょっと手加減してよぉ…」
「ここまでしないと起きないソルフィが悪いでしょ!」
涙目で足を労りながら、ベッドから起き上がったこの子はソルフィ。
この家で一緒に住んでいるエルフの女の子だ。
エルフらしく長く尖った耳も持つ。
その浮世離れした容姿もエルフと言うなら理由が付くのだろう。
さて、ソルフィも起きたことだし私は台所に戻って朝食の準備でも──
「ん?」
「なんか…焦げ臭くない…?」
「あぁあーーッ!!!」
嫌な予感を感じ、私は大慌てで台所へと駆けて行った。
案の定、グリルから黒い煙がモクモクと立ち上っていた。
机の上には飲みかけの牛乳。
その前には見るからに寝ているワタツミ。
「っ…もーうっ!!」
あわてて火を止めて、中の鮭を確認した。
少し焦げてしまっていたが、何とか間に合ったみたい…。
「見ててって言ったじゃん!!」
「お?」
ドタバタした朝の始まりだが、これが私達の日常だ。
そんな日常も、ついこの間まで無かったと言うのだ。
3ヶ月前、私は旅人としてそれぞれの国を回っていた。
その理由も目的もよくわからない。
ただ、自分のルーツを知りたかったんだ。
私には産まれた時の…いや、10歳前後の記憶がない。
頭の中に空いた白い空白の様に、この記憶には濃い霧が掛かってしまっていた。
そんな旅の途中、ここに立ち寄った。
そんな広くも、発展もしていないありふれたごく普通の場所。
そこがこの国、『桜花』だ。