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川の水も日々温かみを増して来た晩春の中、ナッキは同じ年に生まれた仲間達の後を追って一所懸命に鰭(ひれ)を動かしていた。
仲間達より頑張らなければいけないのはナッキが少し遅れて生まれたせいである。
ナッキの全身の鰭も尾も、仲間たちに比べて随分小さく脆弱な物であったからなのだ。
自分達と比べて一際小さなナッキを揄(からか)う様に、子供達の中で、一番大きな体を持ったヒットは、態(わざ)と一際立派で大きな尾鰭を後ろを泳ぐ小さな鮒(ふな)を揄(からか)う様に動かしたが、それだけでナッキは真っ直ぐ泳ぐ事さえ難しくなってしまい、堪らずこう叫んだ。
「ひ、ヒットぉ、ちょっとやめておくれよぉ! 君の大きな体だったら、そんなに尾鰭を動かす必要は無いだろう? 違うかい?」
にやにやと意地悪な笑みを浮かべながら、ヒットが返した。
「なんだ、チビのナッキだったのかぁ、ごめんごめん、俺はてっきりメダカが紛れ込んだのかと思ったんだよぉ!」
二匹のやり取りを嗜(たしな)める様に口を挟んだのは、いつも一緒にいるメスのオーリだ。
「ヒット、非道い事を言っちゃだめよ! ナッキは私達、今年生まれた鮒の中で、一番最後に生まれたんだから、まだ小さくても仕方が無いわよ、優しくしなくちゃ駄目でしょう? ねえ、ヒット!」
オーリは優しいだけじゃなく、この川の銀鮒(ぎんぶな)のメスの中でも一番綺麗な鮒だ。
少なくともナッキはずっとそう思っていた。
「おいおい、オーリぃ! 俺はちょっとふざけただけじゃないかぁ! 何もそう怒らなくてもいいだろう?」
ヒットもオーリに怒られると、いつも困ったように大人しくなる。
若(も)しかしたらヒットったらオーリの事がが好きなのかな? そんな風に感じるナッキであったが、今大切なのはそこではない。
いち早く先を行くヒットに追いつく事、それだけだったのである。
とは言え、ヒットの鰭の動きはオーリが投げ掛けた言葉で鈍った事は事実である。
この隙に追いつく事が出来たナッキは、横に並ぶ事に成功したヒットの先程の言葉を気にする風でもなく、彼に質問をするのだった
「ねぇねぇヒットぉ! さっき君が言ってた、メダカって、一体何なの? 何の事なんだい?」
ヒットは力自慢で、誰より早い泳力に付いて来る小さなナッキを横目で見ながら答える。
「ナッキィ! 軽い冗談だって言ったろう? 謝るからさ、オーリの前でもう蒸し返すなよぉ!」
どうやらヒットはナッキが怒って問い質したと思ったようだ。
もちろんナッキにそんな意図は全く無く、続けて聞いちゃうのである。
「む、蒸し返すぅ? えっとね、あの、そうじゃなくて、僕って、そのメダカ、メダカって言うのを知らないんだよ、ねぇ、ヒットぉ、教えておくれよ~」
ヒットに代わって答えてくれたのはオーリだった。
「ま、まあ、ナッキったら、メダカの事を知らなかったのね! あのね、メダカって言うのは、私達よりずっと小さな魚の事なのよ? んまあ、そう言う私も本物を見た事はまだ無いんだけど、親達が言っていたのを聞いただけなのだけれどね…… えっとねぇ、なんでもね、メダカって言う魚は、綺麗な水が無いと生きられないらしくて、ほら、最近てさ、私達銀鮒でも息苦しい感じじゃない? 水質汚染だっけ? それでね、我々以上に急激に数を減らしている、そう言う存在だって話、そうらしいわよぉ? メダカってぇ!」
へぇ、っとナッキは真ん丸な目をさらに丸くして大仰に驚いてみせた。
自分が特別小さい事は前々から自覚していたのだが、もっと小さい魚がちょっと前までそこら中にいたなんて、とても不思議な感じがしたからだ。
小さい命の苦しみは気になる所ではあったが、彼等の存在を産まれて初めて聞いたナッキの興味は|僅《わず》かに偏ってしまった様である。
どう言う事かというと、ナッキは何となく楽しい気分になってしまい、いつの日にか、自分より小さくて可愛いメダカに会ってみたいな、会えたら良いな、そんな風に思ってしまっていたのである。
「もう分かっただろう、ナッキぃ! それよりさっ! 早く行こうぜっ、俺、もう腹が減って仕方が無いんだぜ? 今日は特にペコペコ、ペッコペッコなんだよぉっ!」
体の大きいヒットは割といつでもお腹を空かせていたけれど、ナッキもオーリもヒットの性格を知っていたので、余計な事は言わずに同意して、だけれど僅かに視線を合わせて、お互いに頷きを交わし、満足げに前を向いたヒットの後に続いて、笑顔で鰭を動かし泳いで行くのであった。