テラーノベル
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最初に気づいたのは、たぶんデビューして間もない頃。
まだ会場が小さくて、客席の顔がちゃんと見えていた時代。
毎回、同じ場所にいる人がいた。
後ろの方、少し右寄り。
派手にアピールするわけでもなく、でも誰よりも真っ直ぐ見てくる人。
あ、またいる。
それが佐野勇斗くんだった。
名前を覚えたのは、意外とすぐだった。
特典会で、いつも来てくれてるから。
💛「ありがとう、いつも来てくれてるよね?」
そう言ったとき、彼はびっくりするくらい固まっていた。
その顔が、忘れられなかった。
ファンはたくさんいる。
本当に、たくさん。
でも、長く追い続ける人は思っているより少ない。
環境も変わるし、生活も変わる。
それでもずっといる人は、正直、特別だ。
勇斗くんは、どの会場にもいた。
雨の日も、地方も、平日も。
アリーナになって、客席が遠くなっても。
ちゃんと見つけられる。
ペンライトの振り方が、昔から変わらないから。
あ、今日もいる。
それだけで、不思議と安心する。
最近、少しだけ怖いことがある。
もし彼がいなくなったら。
ライブで、あの場所を見て、いなかったら。
考えるだけで胸がざわつく。
それって何?
ただのファン?
それとも……
いや、違う。違うはず…
アイドルが、特定のファンを特別に思うなんて。
でも、アンコールのあの日。
ステージの端まで行ったとき、目が合った。
逸らさなかった。
俺も、逸らさなかった。
ほんの少し、笑った。
あれは、確信犯だった。
見つけたよ。
そう、伝えたくて。
今日のライブも終わった。
楽屋でタオルを外す。
「今日も盛り上がったね。」
メンバーの声が遠い。
俺はスマホを握る。
スタッフから勇斗くんの連絡先を聞いた。
本当はダメかもしれないけど、ずっと客席から見てくれてる人に、一度くらい、ちゃんと向き合ってみたい。
番号を押す指が、少し震える。
コール音が鳴り響く。
出ないかもしれないと思った。
でも、
「……え。」
その声は、間違いない。
勇斗くんだ。
一瞬で分かるくらい、覚えてる。
💛「勇斗くん?」
息が止まる気配が、電話越しに伝わる。
ちょっと、可愛い。
💛「ちょっと話せる?」
沈黙。
でも切られない。
「……はい。」
小さい声。
心臓がうるさいのは、たぶん俺の方。
なんで電話したのか、自分でも分からない。
でも、ずっと客席とステージで隔てられていた距離を、一回だけ壊してみたくなった。
💛「会いたい。」
そう言ってから、自分で驚く。
何言ってるんだろう。
でも、その気持ちは間違っていない。
ただのファンとしてじゃなくて。
ひとりの人として。
あの真っ直ぐな目の持ち主と、同じ高さで話してみたい。
電話の向こう。
長い沈黙。
そして、震える声。
「……なんで、俺なんですか。」
その問いに、少しだけ笑う。
💛「ずっと、俺を見てくれてるから。」
言葉を選ぶ。
間違えないように。
💛「今度は俺が、ちゃんと見たい。」
自分でも分かってる。
これは、危うい。
でも、勇斗くんがいなくなる未来を想像するより、一歩踏み出す方が怖くなかった。
電話越しに、かすかな息。
「……行きます。」
その一言で、胸が熱くなる。
客席とステージ。
ずっと平行だった線が、今、少しだけ交わろうとしている。
俺はまだ分からない。
これは感謝なのか。
執着なのか。
それとも……
好き、なのか。
まぁ、会えば、きっと分かるだろう。
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