「…今日は君と初めて出会った日だよ…。
君はもう忘れてしまってるかも
しれないけれど…。」
「*…………。*」
窓から差す夕焼けの光が男の背中を照らしていた。
外からは男女の笑い声が耳に入ってくる。
…ふと男が窓の外へ目をうつすと、
そこには学生らしき男女が
仲睦まじく笑いあっていた。
「…あの子たち、昔の僕らみたいだ。」
「…………。」
男の隣にいる女は沈黙を続けている。
「…きっと、みんなにとって
なんの変哲もない平凡な1日。
…だけど僕はあの場所で君と出会えたことで
人生が変わったんだよ。」
そう……、男は笑った。
車通りが少ない路地から
1匹の猫が飛び出してきた。
「うわっ!!!」「ニャアー!」
大柄の1人の男が地面に尻をつく。
…と同時に鞄が横の用水路に落ちた。
猫はそれを気にする素振りも見せず
首につけた鈴を鳴らしながら
突き当たりの茂みに身を隠した。
男はあわてて鞄を拾い上げた。
「あれ?お守りがない…!」
鞄は無事だったが持ち手につけていた
ストラップが失くなっていた。
朱色の紐に装飾が施された小さなストラップだ。
必死に探すが用水路は薄暗く、
簡単に見つかりそうにない。
「….はぁ…。なんでいつもこうなるんだろう…。」
鼠色の雲を見上げ、僕はつぶやいた。
今にも空の隙間から雫が落ちてきそうな雰囲気だ。
僕はとにかく昔から不運体質で、
2日に1回は必ず嫌な目にあう。
「今日こそは大丈夫だと思ったのに…。」
男は嘆きつつ、ストラップを懸命に探した。
だが何十分探そうが見つからず
困り果てていたところに、1つの音がきこえてきた。
「えっ…?これは…鈴の音?」
男が不思議に思っていたそのとき、
「何か探しものかい?」
男の耳元で囁かれたソプラノの音。
「ひぇぇっ!」
男が慌てて飛び上がる。
「あははは!
そこまで驚くなんて…思ってもいなかったよ。
なんか悪いことしちゃったね。」
後ろを振り向くとそこには着物を着た
髪の長い美しい少女が立っていた。
背が小さく、一見幼く見えたが
言葉遣いは大人のようだった。
少女が少し首を傾げると、
透き通った鈴の音が聞こえた。
少女の髪には紐が巻かれており鈴がついている。
男はまだ驚きが抜けず、
心臓の動悸が収まりそうになかった。
が、少女が心配そうな表情をみせたので
慌てて起き上がった。
「い、いえ!!大丈夫です…。」
「ふふ。ならいいのだけれど…。」
少女は少し間をおいてから、
「…うちのミケ丸が迷惑をかけたみたいだね。」
「みけまる?」
そう聞き返した時、少女の背後から
小さな鈴の音がきこえてきた。
「あぁ、この子がミケ丸だよ。」
見てみると、そこには三毛猫がいた。
首には黒の首輪をしていて、鈴がついていた。
「……もしかして、さっきぶつかった猫?」
そう言うと、
猫は人の言葉がさも分かっているかのように
「ニャア!」
と、返事した。
ミケ丸と呼ばれた猫は少女の足元へ行き、
少女の足にくっついたまま座った。
少女はしゃがみ、猫を撫でながら
「この子は家族のようなものなんだ。
いつもどこかへぶらりと行ってしまうから
探しに行っていたんだけど…。
この子が慌てた様子だったから
何かあったのかと思って
ミケ丸の後を追って来てみたんだ。」
そう少女は言った。
「案の定、
困っている人がいたから声をかけてみたんだけど。」
僕が黙って少女を見続けていると、
「…あぁ、自己紹介がまだだったね。
私の名前は水上 秋(みずかみ あき)。
…一応、こう見えて高校生だ。」
「……えっ!高校生?」
僕が驚いていると彼女は
少し怒った表情をして見せた。
「確かに、私の背は小さいけど、
まだ伸びるのよ!
チビだなんて言わせないわ。」
「…チビとまでは言ってないけど…。
えっと…僕は名前は水瀬 優(みなせ ゆう)です…。」
「…もしかしてみなせのみなって水?」
「そうだけど…?」
そう僕が答えると彼女は表情をコロッと変えて
「やっぱり!私の苗字にも
水が入っているからお揃いね!」
そう、彼女は急にそう言って笑って見せた。
それを見ていると僕もなんだか
不思議と嬉しくなって笑顔になってしまった。
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