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途中から、攻撃がまったく当たらないことに腹を立てたのか、三人の放つ魔法と矢が、空間を埋めるように一気に増えた。
まるで弾幕ゲームの画面みたいに、色とりどりの魔力光と矢が降り注ぐ。私はカレンと並んで、その中を意地でも一発ももらわないように駆け抜けた。
針の穴どころか、針山の隙間を通るような軌道を強いられる。
飛び、跳ね、滑り込み、時には体をひねって紙一重で抜ける。剣もスキルも使わず、純粋な脚力と魔力制御だけで避け続けると、やがて弾幕がぴたりと止んだ。
「――あれ、どうしたの?」
「はぁっ……魔力、切れ……」
「ウチも、もう無理っす……」
息を荒げてその場に膝をつく二人。七海も肩で息をしていて、三人とも限界まで魔力量を絞り出した顔をしていた。
なるほど。さっきの高密度の攻撃は、最後のひと踏ん張り、力を振り絞った結果だったわけか。
カレンと目を合わせて、訓練の総評に移る。
「どうだった? 私としては問題ないと思うんだけど」
「ん。威力は問題ない。あとは速さ」
こくりと頷くカレン。
確かに。今回は「私たちが攻撃しない」のを前提にしている訓練だ。実戦のように、こちらが反撃してこない状況なんてまずない。
現実の戦闘は、ほとんどが速戦即決になる。
遠距離スキル持ちと近距離スキル持ちが戦えば、基本的に距離を詰められた側――遠距離側が不利になる。
カレンはそのあたりも含めて、沙耶と七海に「遠距離での対人戦の基本」を噛んで含めるように話し始めた。
「基本は、牽制。設置型の技能を至る所に配置して近づけさせないようにする。魔法陣が光を放つのは最初の1秒もない。魔法陣が光った瞬間、剣に魔力を纏わせて斬るなんてことをしてくるのはあーちゃんだけ」
「やっぱりお姉ちゃんは異常なんだね……」
「大丈夫。接近されたら、その杖で思いっきり殴れば解決」
カレンが沙耶の杖を指さしてさらっと言い切る。
確かに、古代竜の杖は私の剣と同じぐらい硬い。魔脈が開いた今の沙耶なら、スキル補正も乗れば一撃でゴブリンぐらいは屠れそうだ。
沙耶へのレクチャーが一段落したところで、カレンは視線を七海へ移した。
「正直な話をすると、弓は面と向かった対人戦は非常に弱い」
「そうっすよねぇ。近づかれたらアウトっすからね……」
「サブ武器を持つべき。これは秘密だけど【弓術】持ちは短剣ならスキルが乗る……だから短剣を忍ばせて近接も戦えるようにするのが定石」
「うっす! あざす!!」
【弓術】スキルに短剣も効果が乗る――そんなの、初耳だ。
今までそれなりに情報は集めてきたつもりだったけれど、ここ最近、私の「知らなかった」がどんどん更新されていく。
――悪くない。私はまだ、強くなれる余地があるということだ。
続いて、カレンは小森ちゃんの方へ向き直る。
「上昇効果型の【支援】は、無理。団体戦ならまだしも1対1は絶対に避けるべき状況」
「ですよね……近接戦闘も最近頑張ってるんですけど、本職には敵わないですし……」
「おすすめはしない。戦って怪我でもしたら大変」
「分かりました! 個人戦は出場を見送ろうと思います……橘さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。団体戦で一緒に頑張ろう?」
「はいっ!」
にこっと笑う小森ちゃん。個人戦は無理をせず、団体戦に全振り――賢い判断だと思う。
訓練場は一日単位で借りているので、まだ時間はいくらでもある。
私は剣を出して、技能の制御具合を確かめることにした。
今、私が磨きたいのは「力」じゃなくて「技術」だ。
魔力を少量だけ放出し、収束させる。その繰り返しで感覚を研ぎ澄まそうとする。
【支援】の技能である【探知】――小森ちゃんが使うときの魔力の流れを思い出し、それを自分の中で再現しようと試みる。
「うーん。何かがある、ってのは分かるけど、小森ちゃんの【探知】みたいに明確には分からないなぁ」
目を瞑って周囲を探る感覚は、視界を奪われた状態で戦うのに近い。
回帰前の経験上、音や匂い、空気の流れで戦うこと自体はできる。でも今やろうとしているのは、それを「魔力の感覚」でやることだ。
あと一歩、何かが足りない。
目の前にうっすらと見えてる扉のノブに、あと数センチ手が届かないようなもどかしさがある。
気を取り直して、別の技能も試すことにした。【八閃花】を展開し、その剣を維持してみる。
「あれっ、思っていた以上に維持ができるようになってる」
八本の光の剣を維持しながら、私は苦笑する。
以前ならすぐ霧散してしまっていたのに、今は魔力の糸がぴんと張られたまま、ほとんどブレない。
「……魔脈の力かな? なんか剣に繋いでいる魔力の線が安定してる」
「ん。魔脈から魔力が安定供給されてる、でも扱い難しそう……」
「うん。難しいよ」
感覚としては、急に腕が八本増えたようなものだ。
それぞれの剣を「自分の手足」のように動かそうとすればするほど、頭の中が熱くなり、脳が焼けそうなほど負荷がかかる。
……でも、魔脈を開く前よりは、明らかにコントロールしやすくなっている。
欲張りすぎず、今はこれで良しとしよう。
剣を消して、その場にへたり込むように座り込むと、すぐ傍までカレンがとてとてと歩いてきた。
「あーちゃん、簡単な模擬戦しよ」
「カレンから誘ってくれるのは初めてだね、いいよ」
訓練場の中央に、おおよそ三メートルほどの円を描き、その中に向かい合って立つ。
武器はなし。素手の殴り合いだ。
カレンがすっと目を閉じる。
ああ、なるほど。そういう趣向の戦いか。
私もそれに倣って目を閉じ、正面から向き合う。
カレンの身体からふわりと魔力が放出されていくのが分かる。波紋のように、空間を撫でて、私の肌に触れてくる。
その魔力の揺らぎを感じてから動く――そう決めたのだが。
「いった!?」
「あ、ごめんね……鼻に当てるつもりはなかった……」
考えるより早く、顔面に拳がめり込んだ。
鼻に鈍い痛みが走り、じわりと血の味がする。慌てて魔力を流して、骨と血管を一瞬で修復する。
今ので、ひとつ分かったことがある。
相対した状態で「相手の魔力の動き」を待ってから反応するのは、思った以上に不利だ。
カレンの場合、元々の魔力量が桁違いで、全身から常に膨大な魔力が放出されている。そのせいで、小さな「動き出し」の揺らぎが、その大きな波にかき消されてしまう。
視界が奪われた状態で、魔力の感覚だけで戦うなら――
自分から魔力を広げて「相手ごと包む」くらいじゃないと、細かい動きなんて拾えない。
「ん。流石あーちゃん。もう意図に気が付いた」
「本当にしてやられたよ。もう一戦よろしく」
鼻血を拭って立ち上がり、もう一度向かい合う。
今度は私からも魔力を放出し、カレンの魔力に飲み込まれないように対抗する。
すると、自分の魔力の膜を突き破って、鋭い針みたいな魔力の塊が飛んでくるのが分かった。
そこへ腕を上げてガードすると――硬い感触。カレンの拳だ。
「なるほどね」
「ん。じゃあこれはどう?」
カレンが拳を引いた瞬間、今度は一気に複数の魔力が飛んできた。
――七つ。感覚的に、確かに七つ。
それらを掴むようにして受け止めようとしたが、指先には何も触れない。
空を切る感触だけが残った。
「はっ?」
思わず間抜けな声が漏れる。
魔力の気配は、確かにあった。あったのに、触れない。
私の鼻先ギリギリで、カレンの拳がぴたりと止まっていた。
「ん、今の7つのうち、本物は2つ」
「もしかして……魔力だけ飛ばした?」
「正解。これも戦闘の技術。極限状態で戦っているときに使うと案外引っかかる」
魔力だけを「拳の偽物」として飛ばし、本物の軌道を紛れさせる――。
感覚頼りで戦っている時ほど、こういうフェイクに引っかかりやすい。
いい技を教えてもらった。
沙耶と七海の魔力もそろそろ回復してきたようだし、もう一度さっきの訓練――「動く私たちに当てる訓練」を繰り返そう。
今度は、私とカレンは目を瞑ったまま。
魔力の流れだけを頼りに動く、実戦寄りのバージョンで。