(××)
「あわよくばシワシワになるまで」〜
「死ぬ時もメロメロでいるから」〜
「君の夢をすべて叶えたいんだ」〜♪
(黒尾)
「おじゃま虫〜!僕の!夢なんだ」〜♪
(××)
「ねぇ好きって言って、好きって言って」〜
「他に何もいらないから」〜♪
(黒尾)
「ねぇ好きって言って忘れないように」〜
「君以外はいらないから」〜♪
曲がフェードアウトされていく。
私はそれと同時に大きく息を吐いた。
小春の言うとおり、初めてこんな可愛らしい曲を歌ってなんだか疲れてしまった。
みんなの方を見ると、小春は「××可愛いー!」と腰に抱きつくし、夜久先輩はなんか微笑んでるし、広瀬くんは「おー。」と両手を叩いてるし。
孤爪くんは….想像すると恥ずかしくて、見れなかった。
「さーて!花と花が場を盛り上げたところで次!俺とメガネの君!」
「僕ですか、?」
私は力が抜けたまま広瀬くんにマイクを手渡した。
席に戻ってメロンソーダを一口、二口と飲み込んだ。
今度は黒尾先輩の入れた洋楽だった。
『Way Back Home』〜
イントロ中、広瀬くんは照れくさそうにメガネを直し、マイクを構えた。
広瀬くんの歌声、初めて聞くな〜、と私は手に持っていたメロンソーダを置いた。
(広瀬)
「*Remember when I told you*」〜
「*” No matter where I go*」〜
「*I’ll never leave your side*」〜
「*You will never be alone*」〜♪
私はメロンソーダを置いたと同時にその場で固まってしまった。
発音もよくて、優しい歌声で広瀬くんは歌う。
(黒尾)
「*“Even when we go through changes*」〜
「*Even when we’re old*」〜
「*Remember that I told you*」〜
「*I’ll find my way back home*」〜♪
私は目が真ん丸になった。
「うわすっげ…。」
「綺麗〜!」
「…おぉ。」
私以外の3人も驚いていた。
黒尾先輩も「お前やるな〜!」と広瀬くんの肩に腕絡ませ、マイクを構える。
広瀬くんもそう言われて微笑みながら歌った。
歌い終わった広瀬くんは、夜久先輩と交代する。
黒尾先輩はコーラを1回口に入れ、喉をリセットする。
「次は夜久か。俺の熱唱邪魔すんじゃねーよ?」
「こっちのセリフだアスタキサンチン!」
残っていた黒尾先輩と小春の曲は今のが最後で、次からは黒尾先輩もよくわかってないランダム曲だ。
けど私はふたりが歌う曲のイントロを聞いて笑ってしまった。
『絶対敵対メチャキライヤー』〜
(黒尾)
「何回やっても聞き耳持たない」〜
「不勉強アウトサイダー」〜
「廊下全力ダッシュそこの君止まりなさい」〜
「だから止まれよ” チビ ”!💢」
(夜久)
「あーうるさいなんだよ、急いでんだよ」〜
「わざわざ暇なんですか?💢」〜
「誰もいないし、これぐらいいいだろ」〜
「” 寝癖 ”に構う暇はないからじゃあね💢」〜♪
現場は大荒れ。
歌うだけなのになぜ喧嘩になるのか。
小春は声を出して笑い、私もお腹を抱えて声を出さずにツボる。
孤爪くんは呆れながらため息をつく。
広瀬くんは立って夜久先輩と黒尾先輩を止めようとしていたが孤爪くんが「いいよ、ほっとけば。」とスマホに視線を向けながら言ったので広瀬くんは座った。
よくよく考えると、この場に2人を止められる人は広瀬くんぐらいしかいない。
だけど先輩ということもあり広瀬くんも気が引けたのか「そうですね。」と微笑んで2人の歌を聞いていた。
(夜久)
「いやほんと” 魚 ”なんかめっちゃ嫌いだ!」
「怒っちゃってんの?あーらざまみろ!💢」
(黒尾)
「いや絶対に” 肉 ”の方が下に決まってんだろ!!」💢
唐突に変わった歌詞に理解できなかったけど面白くて笑いが止まらない。
黒尾先輩と夜久先輩は睨みながらも肩を上下に揺らし、それと共に曲はフェードアウトした。
『残酷な天使のテーゼ』〜
(黒尾)
「遥か未来を目指すための翼がある事〜!」〜
(小春)
「残酷な天使のテーゼ」〜
「窓辺からやがて飛び立つ!」〜♪
(黒尾)
「ほとばしる熱いパトスで」〜
「思い出を裏切るなら!」〜♪
(小春)
「この空を抱いて輝く」〜♪
(黒尾)
「少年よ神話になれっ!」〜♪
小春と黒尾先輩は歌い終わるとマイクの持ってない方でハイタッチをした。
「うぇーいナイスデュエット〜!」
「黒尾先輩も良かったです!」
私は小春が普段歌わないジャンルを歌っているのが新鮮で拍手をする。
可愛らしい曲も似合うけど、かっこいい曲も似合う小春はイコール最強だ。
「さ、俺の番ラスト頑張んべー。」
そう言い、コーラを飲む。
黒尾先輩の声は連チャンで歌ったせいがだいぶ枯れかけていた。
「よっしゃおら研磨歌うぞ!」
「えっ、もう俺の番…。」
「なーに言ってんだ、お前は後5回歌うんだよ。」
私は孤爪くんが歌うということに胸が高鳴る。
横を見ると、それは小春も同じみたいだった。
孤爪くんはとてもやる気があるようには見えなかったが、「義務感…」と呟きながらマイクを受け取った。
私は、画面を見て、次の曲のタイトルが出るのを待つ。
広告が流れる中、ドキドキが止まらない。
しばらく経つと、広告が消え、画面が暗転する。
来る…。
「えっ。」
場が凍る。
みんながそう言った瞬間、曲のイントロが始まる。
『可愛くてごめん』〜
凍りついた空気に可愛らしいイントロが響く。
「ぷっ、あはは!」
1番先に笑ったのは夜久先輩だった。
あの幼なじみのふたりが歌うということに大爆笑だ。
「無理無理無理無理無理無理無理。クロ俺無理。」
ほんとに絶望した声で言う孤爪くんの顔はほんとに赤くなっている。
「何言ってんだ!ほら始まる!いくぞー研磨〜!」
「ねぇー!」
(黒尾)
「私が私のことを愛して何が悪いの?嫉妬でしょーかっ?」〜♪
部屋中にどっと笑いが起きる。
黒尾先輩はふざけ混じりに女の子のように声を高くして歌い出すので大盛り上がり。
(黒尾)
「痛いだとか、変わってるとか、届きませんねっそのリプライ」〜♪
黒尾先輩は歌いながら孤爪くんに手で「こいこい!」と手招きしていた。
「….はぁ。」
(孤爪)
「大好きなお洋服…大好きなお化粧で…」〜
「お決まりのハーフツイン巻ーいーてー。」〜
「お出かけしよ。」〜♪
私は自分がにやにやしていないか心配になるほど胸が高鳴りすぎていた。
かっこいい曲が聞きたかったっていう気持ちは一気にどっか飛んでった。
(黒尾)
「Chu!可愛くてごっめっんっ!」〜
「生まれてきちゃってごめん」〜♪
(孤爪)
「Chu…あざとくてごーめーん…」〜
「どりょくー、あ間違えた…ゃうよね、ごめん〜」〜♪
(黒尾)
「Chu!可愛くてごめん」〜
「努力しちゃっててごめん!」〜♪
(孤爪)
「…….尊くてごめん。」〜
「女子力高くてごめん。」〜♪
(黒尾)
「ムカついちゃうよね?ざまぁw」〜♪
孤爪くんは黒尾先輩の隣で顔のシワを全部中心に寄せて、相当不機嫌になっていた。
孤爪くんには悪いと思うけど、顔を赤らめながら歌う孤爪くんは可愛いの塊だった。
小春も耐えてるつもりなんだろうけど口元はゆるゆるだった。
共感したい気持ちが半分、したくない気持ちが半分。
夜久先輩はサビから急に男声に戻る黒尾先輩辺りでもう笑いすぎて崩れ落ちていた。
広瀬くんは「良かったですよ。」と無意識に一切の悪気なしで孤爪くんに油を注いでいた。
孤爪くんは「もう歌わない。」とスマホを取り出した。
出したのも束の間、黒尾先輩が上からスマホを取り上げた。
「ダーメーみんな歌うルールでーす。」
意地悪そうな笑顔を孤爪くんに向け、孤爪くんは呆れたように黒尾先輩から目を逸らした。
見すぎたせいか、孤爪くんと離れた位置で目が合う。
ずっと孤爪くんを見ないでいたから目が合った時、いつもよりびっくりした。
私はサッと目を逸らして誤魔化すようにポッキーを口にした。
それから広瀬くんのターンになり、小春、孤爪くん、私と歌った後、マイクを夜久先輩に渡した。
私はなんだかトイレに行きたくなり、「御手洗行ってきますね。」と一言そえて部屋を出た。
ずっと大きな音を聞いていたからか、廊下がやけに静かに聞こえた。
トイレに行く間、孤爪くんの歌声が脳内に再生される。
1曲目の可愛い歌声と、広瀬くんと歌う、2曲目の優しい穏やかな声。
嫌がりながらも歌ってくれる孤爪くん。
なんだかやっと自分は、孤爪くんとカラオケに来ているんだという実感が湧いた。
湧いてなかった訳じゃない。
けど、小春のことが頭にあって、同じ空間にいるけど遠い存在みたいな認識だった。
いや、そう思ってた。
ずっとそうだったんだ。
孤爪くんを初めて見た時だって彼はずっと遠くにいた。
話したことすらなかったのに、気づけばこんな距離が縮まってて、突き放しても、私の心が許してくれない。
あーあ、この気持ち一瞬で消えちゃえばいいのに。
手を洗い、ハンカチで拭いてトイレの扉を開けた。
夜久先輩と広瀬くんの歌、終わっちゃったかなとか思いながら、少し走早に戻った。
部屋の戸を開ける。
私はその瞬間硬直する。
奥では小春と黒尾先輩が自分たちの十八番をおすすめしあっている。
夜久先輩と広瀬くんが肩を組み合っていつの間にか2番まで歌っていることも驚き、謎なのだが。
私の座っていたところにゲームをしている孤爪くんが座っているという事実に思わず固まってしまう。
いや、なんで移動してるの…?
席の状況は、奥から黒尾先輩、小春、謎の空間に孤爪くん。
まぁ、小春と孤爪くんが隣なのは変わってないのだが、いかんせんその空間はなんだ。
黒尾先輩の隣には2人分の空間がある。
きっと流れ的に広瀬くんと夜久先輩の席なのは何となくわかる。
となると私の席はあの謎の空間しかないということになる。
私は0.5秒の間で思考を高速で巡らせる。
何も、私が絶対あそこに座るということが100%では無いはず。
奥の2人分空いてるところに行き、小春と黒尾先輩に1つ詰めてもらえば小春も孤爪と物理的に距離が縮まり万事解決。
私は「よし、」と扉を閉め動きを再開した。
孤爪くんの前をサッと通り、夜久先輩と広瀬くんが熱唱する後ろを歩こうとした瞬間。
「あ、××〜!」
私は声がした方に反射的に視線を向けた。
私を呼んだのは小春だ。
「××ちょっと来て〜!黒尾先輩の十八番面白いよ〜!」
小春はタッチペンを持ちながら私を手招きする。
「ここ空いてるよっ〜!」と隣の空間をポンポンと叩く。
孤爪くんはちらっとこっちみた。
小春と黒尾先輩が座っているのはど真ん中。
テーブルがあるので両端のどちらからしか座れない。
「いや、私こっち座るよ〜。」なんてことこんな状況で言えない。
だって小春が呼んでいるだから。
けど私に、小春と孤爪くんの間に入る勇気は無い。
私は小春に呼ばれるがまま、孤爪くんの方の端に歩いた。
体がガチガチ。足が重い。
けど大丈夫、私にはもうひとつ考えがある。
そう、孤爪くんに詰めてもらうこと。
孤爪くんを挟んでいても、小春と話すことは出来るだろう。
単純だけど、孤爪くんと隣にはなってしまうけど、間よりはマシだと思った。
私は孤爪くんの前に立った。
孤爪くんはゲームを膝において私を見上げる。
なんだか、こうやって近くで見られるのが久しぶりな気がした。
私はまたその瞳に吸い込まれそうになったが、なんとか言葉を発した。
「あー…その…詰めて…頂けますか、?」
言葉を選びきれてなく、つい語尾が敬語になってしまった。
きっと顔も変だろう。
孤爪くんは小春との間をしばらく見たあと、立ち上がった。
私が「やった!」と思ったのも束の間、孤爪くんは小春の方ではなく、私の方に移動した。
「えっ…?」
「ん。」
孤爪くんはゲームを持って私の前に立っている。
私は予想もしてなかった行動に脳内は混乱状態だった。
私が唖然として喋れなくなったのを察したのか、孤爪くんが口を開いた。
「ここ、座るんでしょ、?」
どきんと心臓が跳ねる。
そう言われた時、私は、まるでなにかに操りているように「あ、うん。」と応え、小春の隣に座った。
孤爪くんは私の隣に座る。
その瞬間、孤爪くんのほんのりと甘い香りが、鼻に伝わる。
心臓の音がどんどん大きくなるのと同時に、顔周りが熱くなる。
確実に私の心はまた孤爪くんに奪われたと思った。
小春と孤爪くんを隣にさせようとか、目を合わせないようにしようとか。
そう思っていた自分は私の奥底にある孤爪くんへの気持ちが一瞬で消し去った。
今、孤爪くんへの好きが止まらない。
隣には小春がいるのに、ドキドキが止まらない。
「…?××、大丈夫?」
黒尾先輩と話していた小春がこちらを向く。
心配そうに私の顔を覗いている。
「顔、少し赤くない、?」
「えっ。」
私は小春に正鵠を射られ、肝が冷える。
「本当に平気?」と小春は眉を下げた。
「あーうん、大丈夫だよ。この部屋暑いねっ。廊下すごく涼しかったから。」
そう言いながら手で自分を仰いだ。
「そっか!確かに歌ってると熱溜まってきちゃうよね〜!あ!それでねそれでね!」
小春は何も疑わずに黒尾先輩の十八番について楽しそうに話している。
正直内容は頭に入ってこなかった。
夜久先輩たちが歌う声よりも、小春の話す声よりも、自分の心臓の音の方がうるさかったから。
このうるさい私の心臓は、夜久先輩たちが歌い終わって、次の番で孤爪くんが席を立つまで、静かにならなかった。
「俺の番もラストかー。最後はなんの曲だろうな研磨!」
「俺は最後じゃないんだけどな…。」
俺の横で研磨が気だるそうに言う。
俺もさっきつい熱くなって葵と1曲フルで歌ってしまったから喉がピークに徹していた。
まぁラストだから気合い入れっかと、カルピスソーダを飲み干した。
「うわ。」
画面から目を離してグラスを机に置いた時、研磨が悲痛そうな声でそう言った。
「ふぅ〜!いいね〜!」
黒尾は悪そうな顔で笑っている。
俺もすっと画面を見た。
『ロメオ』〜
さすがに俺でも笑えなかった。
ランダム曲でまさか研磨とこれを歌うなんて思ってもみなかった。
「ねぇやっくん、嫌でしょ?やめよ。」
「えっ?」
研磨はげっそりした顔でそう言う。
俺はふと、○○に視線を向けた。
○○は目を真ん丸にさせてけどキラキラした表情だった。
俺は瞬時に期待されていると理解した。
長いイントロが続き、もう歌詞が始まる。
俺は息を飲んで、研磨に伝えた。
「研磨、俺西な。」
「えっ…?」
(夜久)
「初めましてお嬢さん西の国から」〜
「愛のために貴方に、会いに来ました」〜
「急な話ですが驚かないで」〜
「僕のお姫様にね、なってください」〜♪
俺は自分の所を歌い終わっとき、無意識に○○の方を見ていることに気づいた。
やべ、思いっきり○○見て歌ってたかも。
そう思いながら○○の顔を見ていたら半端ないぐらい恥ずくなって慌てて目を逸らした。
研磨を見るとほんとに嫌そうな顔だった。
このまま研磨が歌ってくれなかったらこの歌的に崩壊する。
俺は願う気持ちで研磨を見た。
その瞬間、研磨は意を決したようにマイクを口に近付けた。
(孤爪)
「悩んでるの?お嬢さん、浮かない顔は」〜
「似合わないよほらほら、耳を貸してよ」〜
「もしも宜しければですが俺と一緒に」〜
「全て捨てて逃げよう、東の国へ。」〜♪
場が盛り上がるのを感じる。
黒尾は相変わらずで、広瀬ですら「かっこいー」と呟いている。
天野さんは顔が真っ赤で、両手で頬を押えている。
○○は、口を小さく開けて固まっていた。
だけど、俺は歌いながら気づく。
(孤爪)
「瞳閉じてプレゼント、空に光るあの星を、二人のものに」〜♪
(夜久)
「世界が貴女を欲しがって」〜♪
(孤爪)
「俺たち本気にさせちゃって、」〜♪
(夜久・孤爪)
「その名は、ジュリエッタ」〜♪
○○と俺の目は、合わなかった。
俺はマイクを置いて、葵の横に座った。
「すごくかっこよかったです。夜久さん色んな曲歌えるんですね。」
葵は俺に感心しているようだった。
「ありがとな。」と俺は頷きながら広瀬に言った。
俺は多分ちゃんと笑えてなかった。
○○は、俺の使ってたマイクをとって、研磨の使ってたマイクを天野さんに渡していた。
次は○○と天野さんか。
『ペテルギウス』〜
画面に写ったタイトルを見て、黒尾は横で納得しない顔で「え〜」と言ったが、女子二人は「歌い慣れてるのでよかった〜」とにこにこしながらマイクを構えた。
(××)
「空にある何かを見つめてたら」〜♪
(小春)
「それは星だって君が、教えてくれた」〜♪
(××)
「まるでそれは僕らみたいに、寄り添ってる」〜♪
(小春)
「それを泣いたり笑ったり、繋いでいく」〜♪
綺麗な女子の歌声に、俺ら4人は聞き入ってしまう。
研磨もゲームを止めて、歌う二人を見ていた。
俺は楽しそうに笑って歌う○○を自分の視線から逸らした。
気づきたくなかった。
歌ってる途中にも思ったけど、○○は俺のことは見てなかった。
目が合わなかったんだ。
それだけならまだ良かった。
○○が画面のところを見ていた可能性だってあるし、ただ単にぼーっとしていただけかもしれないから。
けど、違った。
○○は、俺の横で歌ってた研磨を見てた。
ほんのり頬を染めて、まるで、、、。
俺はこれ以上考えるのをやめた。
今折れたら、絶対空気を壊す気がしたから。
俺は理性を保ち、まだ確実に決まったわけじゃない。と自分に言い聞かせた。
(小春)
「遥か遠く終わらないペテルギウス」〜♪
(××)
「君にも見えるだろう、祈りが」〜♪
「楽しかった〜。」と○○はマイクを置いた。
俺は、自分の横の空いている空間に目をやった。
研磨が座ってたとこじゃなくて、俺の隣に来ればいいのに。
『裸の心』〜
「裸の心〜!孤爪くん…嫌じゃない…?」
「えっ、あうん。平気だよ。」
研磨と天野さんは、このメンバーの中では1番に初々しいペアだ。
イントロ中、天野さんはピンク色に頬を染めて笑いながら二人を話すのを見る。
天野さんは、きっと研磨が好きなんだろうな。
….じゃあ、○○は…?
「先輩、隣いいですか?」
不意に俺は話しかけられた。
しかも話しかけたのは○○だった。
「あ、お、おう!」
「すみません。」
俺は困惑しながらも少しだけ葵側により、スペースを広くした。
「○○、さっきあっち座ってなかったか、?」
思わず聞いてしまう。
心の中で願ったことが、本当に起きてしまうと意外と頭は上手く働かないものだ。
「あー…いいんです。こっちの方が落ち着くので。」
○○は俺の顔を見ずに、そういった。
「そうか。」
俺は短い返事しかできなかった。
○○が隣に来て、俺は、舞い上がる余裕なんてなかった。
だって○○が。
天野さんと歌う研磨の背中を見て、苦しそうに笑ってんだから。
小春と孤爪くんが歌い終わり、心が安心したのを感じた。
ふたりが楽しそうに歌うのは、とても嬉しい。
けど、その気持ちは自分の中の半分だと気づくと自分にまた嫌気がさした。
孤爪くんは歌い終わってこっちを見ると、目をキョロキョロさせて驚いていた。
ごめん、孤爪くん。
せっかく譲ってくれた席だけど、私は座れないや。
もっと君を好きになってしまうから。
「次ー、研磨と××ちゃんでラストだよな〜?」
私は我に返ったように目を丸くする。
そうか、私が歌ってないの、孤爪くんだけだ。
「もう最後ですか、思ったより早かったです。」
「なら時間的にも最後だしー、フルで歌えよ。」
黒尾先輩はスマホの時計を見ながらそういった。
私と孤爪くんは自然と顔を合わせる。
けど、私が目をそらす前に、孤爪くんが視線をはずした。
その後、もうひとつマイクを持って、私に差し出す。
「最後だから…ね。」
孤爪くんがそう言うのを聞いて、私はマイクを受け取った。
孤爪くんは顔を背けながらテーブルに置いてあるりんごジュースを飲んだ。
『あなたの夜が明けるまで』〜
画面にタイトルが映る。
私は目を見開いた。
その曲は、私が落ち込んだ時とか、悲しい時に一人で静かに聞く曲だった。
歌詞と曲調がすごく好きで、毎回泣いてしまう。
それを、孤爪くんと歌えるなんて。
私は、ここで泣いたら絶対ダメという気持ちで、大きく深呼吸をした。
泣かずに、最後まで孤爪くんと歌いきるんだと。
(孤爪)
「壊れていたのは、世界でしょうか」〜
「間違っていたのは、世界でしょうか」〜♪
(××)
「あなたには朝がやってこない」〜
「だからあなたの「おはよう」はもう聞けない」〜♪
曲調にあった優しい声。
孤爪くんの歌声は、今まで以上に透き通っていて、綺麗に聞こえた。
私は、画面に流れる歌詞を追いながら、滲む瞳と葛藤する。
(孤爪)
「またいつか 光の降る街を」〜♪
(××)
「手を繋いで歩きましょう」〜♪
(孤爪)
「空の青さを忘れるなんて」〜♪
(××)
「まったく 本当にあなたは馬鹿ね」〜♪
1番が終わり、間奏が流れる。
私は、画面から目を離せなかった。
みんなの方向けなかった。
隣にいる孤爪くんの方も、見られなかった。
もう既に、顔が変になってる気がしたから。
(××)
「壊れていたのは世界ではなくて」〜
「間違っていたのはあなただけれど」〜♪
(孤爪)
「嘘で固められた世界でも」〜
「ごめんね あなたに生きていてほしいの」〜♪
声が震える。
息継ぎがしずらい。
まだ、泣いちゃダメ。
歌い終わったら、誰にもみられないところで涙は出さなきゃ。
みんなの前で、泣いたら、また心配かけるから。
(××)
「またいつか 春の空を」〜
「二人 手を繋いで 歩きましょう」〜♪
(孤爪)
「何も知らないあなたでいいの」〜
「私はどこにも行かないから」〜♪
孤爪くんの声は、本当に優しくて綺麗。
今君は、どんな顔をしてるんだろう。
私の隣で何を考えているんだろう。
見たいな。
けど今は絶対そっちは向けない。
私はこんな顔、見られたくないから。
理不尽でごめんね。
私は、今はきっと、直接言えない。
いや、一生この気持ちは君に言えないかもだけど。
(孤爪)
「あなたを忘れないよ」〜 ♪
(××)
「リリィ」
(孤爪)
「なあに」
(××)
「ねえ 僕 ほんとに ” 君が好きだよ ”」
「リリィ」
「なあに」
「君はどう?」
______♪…..。
私は、時が止まった気がした。
曲が静かに終わる。
私はマイクを口元から離し、俯いた。
その場の誰も、何も言わない。
歌いきれなかった…。
そっか、そりゃ気づくよね。
あんな泣き声で歌ってんだもんね。
当然泣き出して、変だよね。
場の空気、壊しちゃったな。
私は、そう思った時、もう涙が止まらなかった。
頬をつたって垂れてくる水滴。
慌てて顔を両手で塞ぐ。
ごめん、ごめんなさい。
今まで辛かったこと、苦しいこと、孤爪くんとこの曲を歌えたこと、また孤爪に幸せをもらったこと。
抱えきれなかった感情が今、みんなの前で溢れてしまった。
場の空気を壊したどうしようもない罪悪感が、涙となって頬をつたる。
「う、うぅ。」
私が泣きじゃくっていたその時、後ろから複数の鼻をすする音が聞こえた。
顔を覆っていた手を離して目を開ける。
私は後ろに振り向いた。
「お前らぁぁ、泣かせやがってぇぇ!」
「私も感動したよぉぉ。」
「素晴らしい…っ、歌声でしたっ。」
「…..っ…..ぅ。」
黒尾先輩、小春、広瀬くんに夜久先輩。
振り向くと、みんな揃って泣いていた。
「泣いてしまうぐらい、この曲に感情移入ができる○○さん、とても凄いです。」
みんなの顔と、広瀬くんの言う言葉で、私の心が浄化される。
「つーかお前ーー!研磨ー!!最後歌えよこんにゃろー!」
黒尾先輩が孤爪くんに向かって指をさしながら泣きじゃくり言う。
私は涙で目も心もいっぱいになりすぎて、孤爪くんが最後歌わなかったことに気づかなかった。
けど曲が終わった瞬間感じた違和感はどこかにあった。
「え…だって、俺も感動してて…その…歌えなくなった。」
孤爪くんは呟くほど声の大きさで言った。
黒尾先輩 は「だからって最後かよ!」と突っ込んだ。
最後の歌詞って…。
「まぁとにかくブラボー!!!」と黒尾先輩が言ったあと、みんなが拍手をした。
私もほっとして、つられて手を叩く。
そっか、私は…一人じゃないんだ。
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