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「えー、今日の学級会は、体育祭についてだ。」
背を向けて先生が黒板に書きながらそう言う。
クラスがわっとざわついた。
高校生活の大イベント、体育祭。
もうそんな時期かと、肩肘つけながら黒板を見ている私。
「んでー、競技決める前に時間かかりそうなやつからとっとと片付けるぞー。」
体育祭の内容で時間かかるやつってなんだろう。
確かに競技とかはみんなやりたいのに手を上げてぱぱっと決めようと思えばすぐ決まる。
先生はみんなに背を向けて黒板にツラツラ字を書く。
「えー、二年の体育祭の演目はー、男女ペアでダンスを行う。」
「えぇー!!?」
クラス中が騒ぎ立てる。
私も声は小さかったが共鳴した。
「それって全校生徒の前でですよねー!?」
「しかも男女ペアってなんすかー!?」
教室中から批判の声が殺到する。
まぁ確かに高校生にしてはとても恥ずかしい。
しかも私と踊ってくれる人なんて多分いないし。
次の瞬間、先生が片手で机をドンッと叩いた。
そして短く、
「うるさい。」
場が一瞬で静まり返った。
「じゃー、くじでもなんでもいいからペア組んで机後ろに下げろー。今日からもう練習スっぞー。」
先生はそう言いながら職員の椅子に腰掛け、ダンスの振りが書かれてあるであろうプリントを眺め始めた。
クラスのみんなは気が進まない様子で、適当に辺りを見渡している。
「…お前でいっかー、俺と、組まね、?」
「何よそれ〜!…別にいいけど。」
アリーナ席の男女がそう話すのを聞いた。
1つペアができたところからみんなが流れるようにペアを作り出した。
うちのクラスは比較的男女の仲はいいと思う。
私は、あの時の光景が目に浮かぶ。
合同体育で、1人になった時の辛さを。
周りはどんどん席から立ち、ペアを組んでいる。
どうしよう、また1人になっちゃう。
「○○さん。」
名前が呼ばれた瞬間、俯いていた顔を勢いよくあげる。
あの時の光景と重なる。
けどあの時よりはずっと優しくて、柔らかい表情で笑っている。
「広瀬くん…。」
「僕と組みませんか?…あ…先客がいなければですが。」
眉を下げ微笑みながらそう言う広瀬くん。
私は、あの時言えなかった言葉を広瀬くんに言った。
「ありがとう、広瀬くん。一緒にやろ。」
広瀬くんは小さく頷き、自分の席に戻ってみんなと机を下げ始めた。
私も安心した気持ちをかみしめながら、自分の机を下げた。
「1、2、3、4、5、6…あーいストップストップー!」
みんなが足を止める。
「なんかこー、ぎこちないんだよ全体的にー。」
恥ずかしさで全員が先生から顔を逸らす。
「はぁー。お前ら。」
先生が深くため息をつき、みんなに告げる。
「いーかお前ら、羞恥心を捨てろ。」
キリッとした声でけどどこか圧の籠った言い方で先生は言った。
クラス全体に緊張感が走る。
そう、この先生に火をつけるとまずいことはみんな嫌という程知っている。
だけど今その先生に火が点ったのを感じる。
けど、先生の言葉を聞いて吹っ切れたのか、みんなやれやれと、横に首を振りながら笑っていた。
それを見て私と広瀬くんも顔を合わせて笑った。
「っ…!よーし、みんないい表情だ。ダンスの7割は顔で決まるとよく言う。そのまま続きいくぞー。」
「○○さん。」
「ん?」
先生の拍子が始まるのを待っていると、広瀬くんに声をかけれた。
「曲でいう、2小節目の振り、足右左反対です。」
「えっ!?嘘ごめん間違えてた。」
「謝らないでください。○○さんが気づけてよかったです。」
広瀬くんは「始まりますよ。」と前を向いた。
私も気合いを入れ直した。
私はダンスは正直苦手、広瀬くんは少し踊っただけでもわかる、彼はダンスもできる秀才。
そんな広瀬くんと、このダンスを成功させてみせると、心に決めた。
「1、2、3、4、5、6、7、8、。」
数日後の昼休み、私は空き教室にきている。
私は広瀬くんに拍子をとってもらい、ステップの練習する。
外では応援の練習をする声が聞こえる。
体育祭まであと2週間、学校中が徐々に体育祭ムードになる。
「1、2、3、4、」
自分でも小声で拍子をとる。
「5、6、….あっ、また同じとこ…。」
そんな中、私はダンスに大苦戦中だった。
広瀬くんはいつも笑って許してくれるけど、私は本当に申し訳なさでいっぱいだった。
「○○さん、大丈夫ですよ。鈴木先生もおっしゃっていました。笑顔が大切です。なので笑ってください。」
俯きながら反省する自分に広瀬くんは笑いかけてくれる。
だから私はめげずにやってこれた。
「ありがとう!もう1回やってみる。拍子お願いします!」
「了解です。」
「あ、××と広瀬くん!」
広瀬くんがテンポを取ろうとした時、扉の方から声をかけれた。
「あ、小春。」
手を振ってこちらに向かって来たのは小春だった。
「久しぶり〜!あ、練習の邪魔しちゃった!?」
「ううん大丈夫。久しぶりだね。」
最近は朝練から放課後練まで毎日立て続けの練習だったので、クラスの違う小春とはなかなか顔を合わせられなかった。
「昼もダンスの練習か〜!いいな〜私本番までにちゃんとできるかな。」
「小春は、ペア、川原くん、だっけ?」
「うん。けど、なかなか予定も合わなくて、全然練習できてないんだ〜。」
「そっか、大変だね。」
眉を下げどうしようかと悩んでる小春。
「あ、広瀬ー、ちょっと職員室、いいか?」
今度扉に現れたのは先生だった。
先生は広瀬くんを呼んだ。
「…はい?今行きます。すみません○○さん、少し待ってて頂けますか?」
「うん、大丈夫だよ。急がなくても。」
「ありがとうございます。」とお辞儀をしながら先生と教室を出ていった。
私は空き教室に、小春と二人きりになった。
小春は窓の外を眺めている。
私も、小春の隣に来て、一緒に外を見た。
外で声を出す応援団の姿を見ながら、小春が、そっと口を開く。
「孤爪くん、誰とペアになったかな。」
私の心臓は、ドキッと音を鳴らす。
カラオケ後、私は孤爪くんと一度も顔を合わせていない。
体育もクラスで体育祭の練習とかで、会う機会はなかった。
「そうやって考えるんだけど、私よりずっっと可愛い女の子と組んでるのかなって思うと…。だから考えないようにしてたの。」
小春は眉を下げて笑う。
私も、小春と同じだった。
やっぱりクラスが違うというのは私たちにとって大きな壁で、どうすることも出来ない。
「けど私、孤爪くんとダンスなんて踊ったら、熱出ちゃうな〜!」
冗談交じりにこっちを向いて話す小春は、寂しそうだった。
「クラスが違うって…大きな壁だね。」
私は、思ったことが口に出る。
「…そうだね〜。」
小春は悩ましそうにため息混じりに言う。
「私、体育祭で孤爪くんに告白しようかな。」
私はその瞬間、息を飲んだ。
突然の小春の言葉に頭が追いつかない。
小春が、孤爪くんに、告白?
「この間黒尾先輩にあってね、昼休み話したんだけど、唐突に「研磨にはいつ告るんだ?」って、言われてさ〜。」
頭の整理が出来ないまま小春は話し続ける。
「バレてることにも驚いたんだけど、それよりも告白ーー!?!?ってなっちゃって。」
小春は黒尾先輩に背中を押されたようだった。
素直の小春のことだ。
黒尾先輩のアドバイスを実行しようと考えてるんだと思う。
「××は、どう思う、?」
急に話を振られて、ドキっと心臓がはねる。
ここで変な風に答えたらダメだ。
動揺したらダメだ。
小春に、勘づかれたら絶対にダメ。
「あー、いいと思うよ。小春は、めっちゃ可愛いし、孤爪くんとも仲良くなれたじゃん。」
私は微笑む表情が、できるだけ不自然にならないようにした。
「そっかー。」
小春は何も気にする様子もなく、両足のつま先をパタパタさせた。
しばらく小春は口を閉じていたが、ふいにその口は開いた。
「ありがとう、私、頑張ってみる!」
そう決心した様子で小春は笑った。
私は「頑張れ。」と小さく頷いた。
水曜日の放課後。
今日も広瀬くんと練習しようと思ったが、広瀬くんは今日は用事があって練習はできないらしい。
私は久しぶりに委員会の仕事をしようと、教室を出た。
毎週やっていたことだが、流石に体育祭期間中は休ませてもらっていた。
そもそも休むことに先生は何も文句も言わないけれど。
1階に降りて、旧校舎に向かう。
廊下を歩いていると、演目の曲がどこからか聞こえてきた。
私は立ち止まる。
奥の教室から、音楽が聞こえてくる。
誰かが練習してるのかな。
教室の前まで来ると、扉が少しだけ空いているのに気がついた。
私は興味本位で、その隙間から中を見た。
私は大きく目を見開き、息を飲んだ。
心臓が一瞬止まったような気がした。
中にいたのは、セミロングで巻き髪の女の子と、孤爪くんだった。
2人は曲に合わせて振り付けを確認するように小さく踊っていた。
興味本位で覗いた私の目は、吸い込まれるようにして2人に釘付けになった。
「うん、そんな感じ…。」
「ありがとう、研磨。」
これ以上、見ちゃダメって、わかってるけど、全身が固まって動かない。
孤爪くんと話す彼女は、私がずっと呼べずにいた孤爪くんの下の名前を、軽々と呼んでいた。
胸が痛い。
小春と同じ。
相手が誰か、知りたくなかったわけじゃないけど、知ってしまったら、何かが壊れる気がしたから、知らないようにしてたのに。
案の定、私の心が悲鳴をあげるようにキーンと耳鳴りがする。
“ 研磨 ”と呼ぶ可愛らしい髪の女の子。
相手が小春だから、今まで我慢できたのに。
苦しい。辛い。しんどい。見たくない。
そう思っても、まだ体は動かない。
孤爪くんと女の子が話していたその時、孤爪くんの視線がこちらに向く。
孤爪くんと目が合う。
私はその瞬間に我に返った。
足が動く。
私はその場から逃げるように来た方向に走る。
もう、委員会の仕事をやる気分には、なれなかった。
_________♪
「あっ!出来たっ!出来た広瀬くん!」
「はい、とても良かったです。」
体育祭まで残り2日。
明日は前日ということもあって忙しくなるので、私たちは最後の通しを曲と共に合わせた。
何度も何度失敗してきたけど、今、全部通して初めて踊りきることができた。
広瀬くんと私は達成感からかハイタッチをする。
「明後日、絶対成功させましょう。」
そう言って笑う広瀬くんに私は大きく頷いた。
「私、ずっと不安だっだんだ。」
「え?」
空き教室の少ない椅子に座りながら、私たちは話す。
突然話し出した私に、広瀬くんは少し驚いていた。
「ダンス下手すぎて、広瀬くんにたくさん迷惑かけて。」
「そんなことないですよ。僕は○○さんと踊れて、とても楽しかったです。」
「広瀬くん、優しいな〜。私も…楽しかった。」
私は笑い、そう言った。
2、3秒の沈黙が流れた時、広瀬くんは口を開く。
「何か、ありましたか?」
「えっ。」
真顔で、けど優しい声のまま広瀬くんは聞いた。
私は、そう言われて、自分の頬から涙が伝っているのに初めて気がついた。
広瀬くんは驚かない。
「っ…ごめんっ。なんだろ、ホコリ…入っちゃったかなっ…。」
気づくと涙が止まらない。
広瀬くんの真剣な顔が、どんどん涙で歪む。
広瀬くんはハンカチで、私の頬を拭った。
歪んだ顔がだんだんはっきりする。
私の手を取って、ハンカチを握らせた。
「話してください。」
優しい声と、暖かい手。
私は初めて、この溢れ出た感情を、人に話した。
「私も…楽しかった。」
僕の隣で、笑いながらそう言う彼女の目は、涙で溢れていた。
彼女が僕の前で泣くのは、これで2回目。
けど、今はどこかカラオケの時とは違くて。
彼女の心は、とても弱っていると思った。
「話してください。」
僕は彼女の手を握って言った。
その行動に安心を見せる彼女は、順番にゆっくりと、僕に話してくれた。
○○さんは、孤爪さんのことが好きだと言った。
僕は驚いたが、そのまま話を聞く。
「孤爪くんはね、どんなときも優しくて、けど少し意地悪なところもあって、孤爪くんが笑うだけで、私を一瞬で幸せにしちゃうんだ。」
俯き、震える声で話す。
「けどね、私は、これ以上幸せになったらダメなんだ。」
「えっ。」
「私は…小春が大切だから。小春はいい子で、素直で可愛くて、こんな私にも優しくしてくれる。小春にはずっと笑ってて欲しいから。」
僕は息を飲んだ。
彼女の言う言葉の意味が、彼女が泣いてる意味が、僕は今、理解してしまったから。
「小春と、孤爪くんが一緒にいるところを見るのは私もとても嬉しかった。だけど、私の心の半分は、いつも苦しいの。私は、最低だから…小春と孤爪くんが話してるのを見て、話さないで欲しいって…どこかで思っちゃうんだ。」
彼女の声はどんどん震えてく。
僕は、話している最中、ずっと彼女の手を握っていた。
彼女も、僕の手を優しく握り返す。
「もうこんな自分、消えちゃえって思った。小春のことを、なんの偽りもなく応援出来ない自分なんて。だから、孤爪くんのことも忘れなきゃって、見ないようにしなきゃ、関わらないようにしなきゃって…そう、思ってたのに。」
僕の手を握る彼女の力が、少し強くなった。
彼女は、もう片方の手で、ハンカチをもって涙を拭う。
「なんでだろうね。そう思ってても、孤爪くんは私の前に現れちゃうの。………..見たくなかった。好きな人が…女の子といる所なんて。小春だから….小春だったら…..きっと我慢出来たのに。」
彼女はぎゅっと僕の手を握る。
彼女の声は、今まで以上に震えていた。
「クラスが違うんだから、しょうがないって….分かってるけど。…..あの子とは、踊って欲しくないって思っちゃったから。」
しばらく彼女は俯いたまま話さず泣いていた。
そんな彼女を、僕は隣でじっと見つめる。
今まで本当に辛くて、ずっと1人で抱えてきたんだと思う。
こんなに泣くほど苦しくて、しんどいのに、彼女は自分に嘘をついてまで、天野さんを守りたいんだ。
「ふーーっ。」
数分後、○○さんは俯いていた顔を上げ、大きく息を吐いた。
「少し、落ち着きましたか?」
「うんっ。話して、だいぶスッキリしたよ。」
目元はほんのり赤くなっていたけど、涙は止まったように見えた。
彼女はそっと手を放した。
僕も自然と、彼女から手を放す。
「僕…その…すみません。もっと早く聞いてあげれば…。」
「えっ!?いやいや広瀬くんが謝ること何にもないし!それにね、広瀬くんが、「困ったことがあったら言ってください。」って言ってくれたの、すごく嬉しかったの。」
僕は、記憶をたどった。
確かにこの間、そんな話をした。
あの時の彼女にも、少し違和感を感じたから。
「あー、私一人じゃないんだな〜って。次辛い時あったら、広瀬くんにこの気持ちぶつけちゃおうって思ったんだ〜。」
彼女はこっちを見て、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「僕は○○さんの心のサンドバッグですね。」
「ははっ、なんか人聞き悪いな〜。」
そう言う彼女の顔は、柔らかくて、優しい、あどけない表情だった。
「よしっ。それじゃ、帰ろっか!広瀬くん、本当にありがとう!」
「いえっ。すみません…何も言葉をかけることが出来ず…。」
「聞いてくれただけでもすっごく心強かったよ。それに広瀬くんにはいっつも助けられてるし!」
僕も彼女と同じように鞄を持って椅子から立ち、学校を出た。
帰る方向が真逆の○○さんは、校門を出た時、僕に手を振った。
僕も○○さんが背を向けるまで手を振り続けた。
しばらくして、振っていた手を下げ、背を向ける。
「広瀬くーん!」
○○さんの声で、僕は歩く足を止め、後ろを向く。
「本番!頑張ろうね!」
そう言って彼女は僕に大きく手を振った。
僕は少しだけ唇を噛み締めて、手を振り返した。