1.与えられた名前─ソライア─
「ソライア?」
『えぇ。今回の仕事を成功させた祝いに、新しい名前─すなわち、コードネームを与えようかと思いましてね』
子供が起きているにはもう遅い、夜の11時20分。幼い杏咲─ソライアは突如としてかかってきた電話を血塗れの手で取った。淡々と話す彼女の前には、既に息を引き取った男が血を流して横たわっている。
「…兄さんは?」
『今そちらに向かっているようですよ。姿を見られる前に2人で戻って来なさい』
「了解」
ソライアは電話を切ろうとしたが、そのときには既に相手に切られていた。終話音が辺りに薄く響く。
静まり返った裏路地を何食わぬ顔で後にしたその少女は、このとき僅か12歳という幼さだった。
2.計画
「仕事だ。例の取引をした会社の社長をバラすことになった」
前日の夜、カラスのように真っ黒なポルシェ356Aを運転するウォッカの隣で、ジンが言った。
「へへっ、やっぱり殺るんですね。…で、誰が行くんで?」
「今回は奴のボディーガードの数が多いんでな。俺とウォッカ、キャンティとコルン、バレンシアとその妹で向かう」
「バレンシアの……ですかい?まだガキだってのに役に立つんで?」
「もちろん使えねぇよ、今はな」
ジンはフッと笑うと、咥えていたタバコを灰皿にグリグリと押し付け、火を消した。
「オトリだよ」
「オトリ…?」
「あのガキが奴を引き寄せているうちに、俺たちがボディーガードを殺る。ここで”使える奴”か見てやるんだよ」
「なるほど…」
ジンの言葉の意味を理解したウォッカもニヤリと笑った。そのすぐ後に、ジンが「それと」と付け加える。
「ターゲットはバレンシアに殺らせる」
「え?アニキじゃないんですかい?」
「あぁ、ちょっとな…」
真っ黒な2人を乗せた真っ黒な車は、輝く夜の街を通り過ぎ、暗闇に紛れ、そして見えなくなった。
3.作戦
「─ってことらしいんだけど、杏咲、行けるか?」
「うん」
明くる日、ジンから届いたメールを確認したバレンシアは、ちょうど朝食を食べ終えた杏咲に聞いた。その問いに、嫌がることなく返事が返ってくる。
「ターゲットを仕留めるなんて、そんな大役俺で良いのか…?」
「それほど信頼されてるってことじゃないの?」
「なら良いんだけどな」
冗談めかした声色で笑ったバレンシアは、ジンに向けて「了解」とメッセージを打ち、スマホをポケットに入れた。
そして、夜9時。
「俺とウォッカはここ」
「へい」
「キャンティとコルンはここの上から」
「あいよ」「分かった」
「バレンシアは俺とウォッカがここにいる間にターゲットがいるバーへ向かえ」
「了解」
「お前の妹はこっちで借りる。いいな?」
「あぁ」
ジン、ウォッカ、キャンティ、コルン、そしてバレンシアと杏咲は、人通りのない裏路地に停めた車の中で地図を見ていた。
「細かい動きはこうだ」
ジンが指揮を取り、それぞれ段取りを説明する。
「奴は今、このビルで別の会社と会議中だ。それが終わったらここのバーに来ることになっている」
ジンは地図から目を離し、薄暗い路地裏にぽつんと建つバーを指さした。恐らく常連しか行かないところなのだろう。看板がなければバーだと分からない。
「そこで社長をバラすんですね?」
ウォッカが聞く。
「いや、奴は部下やらボディーガードやらを引き連れてくるはずだ。まずお前がそいつらを上手く誘導しろ。その後に俺とウォッカ、キャンティとコルンで奴に気づかれないよう殺す」
ジンは長い前髪から覗く鋭い目で杏咲を見た。杏咲は無言で頷く。
「俺はどうしたら?」
後部座席で腕を組んでいたバレンシアが問う。
「お前は店に入って奴を殺せ。何があっても気づかれるんじゃねぇぞ」
物凄い威圧感と緊迫感、そして大きなプレッシャーを感じ、バレンシアもまた、無言で頷いた。
「…そろそろ時間だ」
4.決行
「はー、久々に長い会議だったな。次はどこだ……あぁ、いつものバーか?」
「はい。20分から━━の代表と接待が入っています」
ターゲットと、そのボディーガードらしき男たちがビルから出てきた。
「5…6…7人かい。随分と連れてくるねぇ」
キャンティが向かいのビルの屋上でライフルスコープを覗く。ボディーガードは専属というだけあって、全員が屈強な大男だった。真正面突破では勝ち目はなさそうだ。
「取引先の方はまだ到着していらっしゃらないようです」
7人のボディーガードが社長と共に店内に入ろうとした時、社長がそれを止めた。
「悪いが、店内に入るのは少人数に留めてくれ。先方に気を遣わせたくない」
「しかし…」
「君たちの仕事ぶりには感謝しているよ。そんなに気を引き締めなくたって良いさ」
「…」
社長は大きく笑い、7人中2人のボディーガードを連れて店に入っていった。
「あとの5人はどうするんですかね?」
ジンと一緒にいるウォッカが呟く。
残されたボディーガードは、店の前に立ち、辺りを警戒し始めた。
「撃っていいか?」
「いや、まだだ。俺が指示を出すまで待て」
キャンティと同じビルの屋上にいたコルンも、スコープでボディーガードらの頭に標準を合わせるが、ジンに止められた。
ターゲットが来る前から既に店内にいたバレンシアは、自らの胸ポケットに挿したボールペン型の小型カメラを通じて、ターゲットの様子を映した映像をジンに送っていた。
ターゲットが椅子を引き、そこに座る。
「よし、やれ」
杏咲は動き出した。
コメント
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続き待ってました~! 幼い杏咲ちゃんも今とはまた違う魅力がありそう(*´-`) 任務上手く行くのかドキドキですわ😁 次回も楽しみにしてます(*^^*)