気が付けば夕暮れ。人の姿は次第に減っていき、昼間の喧騒が嘘のようだ。早々に屋台を閉めて帰っていく人もちらほらと見受けられる中、噴水を囲う丸ベンチに座っていたテール達は、ビビアナ本人から男達に絡まれた経緯を聞いていた。
「ナンパよ」
「ナンパ、ですか」
─────即答だった。
「そう。屋台の宣伝してたらいきなり声をかけられてね。いくら断っても聞かないし、しつこいし、腕を掴んでくるしで……レビンが助けに来てくれたのよ。まさかあんな騒ぎになるとは思わなかったけど」
街の人達の話から大体の理由を察していたテールとシャーロットだったが、こうして改めて聞いても災難としか言いようがない。テールとシャーロットはビビアナに同情した。
「レビンは喧嘩っ早いとこがあるから私が止めようと思ったんだけど、シャーロットが間に入ってくれて助かったわ。貴方、“メイジ”なのね」
「えぇ。そうよ」
シャーロットが肯定したあと、テールはバルブロが同じことを言っていたのを思い出して「バルブロって人も“オムニスマギア”や”マジック・スペル・ユーザー”、“魔導分野”、“魔導地位”とか言ってましたが……どういう意味なんですか?」と深く考えず疑問を口に出す。
────テールはこの世界について何も知らない。
それ故に、どのような人間が存在しているのかも分からない。本の中であるこの世界で、魔法が存在すると知ったのもついさっきだ。
しかし、テールの事情を知らないシャーロット達三人は衝撃を受けたようにテールを見つめたまま固まった。
「貴方、”魔導情報”を知らないの?」
ビビアナの驚き気味の反応から、テールは自らある考えに至った。
もしや、”魔導情報”とやらはこの世界では知っていて当然の”一般常識”なのではないないだろうか。これ以上余計なことを言えばおかしな奴だと思われてしまう。否、既に思われているかもしれない。何も考えずに聞いたことを後悔したテールは言い訳も出来ないまま口を噤み、シャーロットが直ぐにフォローする。
「私も彼女とは今日知り合ったばかりだから詳しい事情は知らないけど、彼女……記憶喪失? みたいな感じらしくて、自分が何処から来たのかも具体的に覚えてないの。だから、私達が当たり前のように知ってる常識や知識、使ってる物などももしかしたら覚えてない可能性があるわ」
「へぇ。二人って今日知り合ったばかりだったんだ。って……記憶喪失!?」
「マジで?」
実際は違うのだが、今はこれで通すしかない。
三人を騙しているような罪悪感を抱きつつ、テールはぎこちなく微笑む。
「けど、大丈夫だろ。俺達も魔導情報とか知ったの比較的最近だし、俺なんか全ッ然覚えてないから!」
「ドヤ顔で言うことじゃないわよ、あんた」
「昔より細けぇし、ややこしいし情報量多いし面倒なんだよアレ」
“魔導情報”とは、覚える内容が多いのだろうか。
あまりピンとこないテールに、シャーロットが説明する。
「魔導情報って言うのはいわば、ゲームで言う属性やスキル、役割を細かく分けたものよ。役割に戦士やヒーラー、魔法使いがあるように、それぞれが専門とする属性などがあるでしょう? 強さの階級やレベルで呼び名が変わったりとか。私達にとって魔導情報というのは言ってしまえば、能力を表すステータスであり個人情報の一つなの」
ゲーム自体はしたことのないテールだったが、以前、図書館にあったゲーム本を読んだことがあるため一応理解は出来た。シャーロットの話だけ聞けば覚えるのはあまり難しくなさそうだが、レビンにとっては違う。
「バルブロが話していた”魔導地位”や”魔導分野”なんかは魔導情報の一つで、”オムニスマギア”は魔法使用者……魔法を使える者達全員を指す言葉よ」
「オムニスマギア……」
「で、”マジック・スペル・ユーザー”は魔導分野の内の一つ。魔法を使う際、私みたいに杖などの道具と詠唱が必要になる魔術士、一般的に想像される杖持ちの魔法使いの大半が”マジック・スペル・ユーザー”。さっき火の魔法を使った男みたいに道具や詠唱なしで魔法を使う魔道士は“マジック・ユーザーと呼ぶわ」
「魔術士と魔道士って別なんですか!?」
「そうよ。そしてその中で下位、中位、上位、場合によっては最上位と更に分かれてあるの。これが”魔導地位”。私はマジック・スペル・ユーザーの一般的な地位にあたる下位の”魔術士“になるわ。”魔法属性”なんてものもあるけど、コレは一目みただけでは判断しにくいから不明なこともある」
「魔導分野って、他にもまだあるんですか?」
テールが恐る恐る尋ねれば、シャーロットは「あるわよ」と即答する。先程、覚えるのはあまり難しくなさそうと思ったテールだったが、心の中で前言撤回した。一体幾つあるのだろうか。仮に記憶したとして、瞬時に頭に出てくる自信が今のところ湧かない。
一方でシャーロットの話を聞いていたビビアナとレビンは感心したように「シャーロット、よく覚えてるな」と驚いていた。
「もし戦うことになったりしたら、必要になる最低限の情報だもの」
─────ゴーン、ゴーン。
シャーロットの言葉が終わると、五時を知らせる鐘が鳴る。日が暮れるまでに帰らねばならないのか、ビビアナが「ヤバい、もうこんな時間!」と慌てだし、レビンと一緒に屋台を閉める準備をし始めた。
その間、テールはもう一つだけシャーロットに質問をする。バルブロについてだ。
「さっきのバルブロって人、何者なんですか? 他の人達は知ってるみたいでしたけど」
「この街の町長ウルリヒさんの息子の一人よ。ウルリヒさんには息子が二人いて、長男がバルブロ。弟がラスムス。二人共四十過ぎで歳が近かったはずよ」
「町長の息子だったんですか!? そんな人があの傭兵達を雇った……?」
「流石にラスムスさんが止めるはずだろうし、いくらバルブロでもあんな連中雇うとは思えないけど、どうかしらね。何か理由があるのかも」
「バルブロさんって評判悪いんですか? ちょっと冷たそうな人ではあったけど」
「バルブロは目的の為ならば手段を選ばない人物でこの街では有名なのよ。まぁ、優しくて温厚な弟ラスムスさんと比べての話であって、厳しいのが事実だとしてもバルブロ自身が悪さをしたり、街の人達を脅かすみたいな物騒な話は聞いたことないわ。ただ……」
「ただ?」
「私が知る限りでは、バルブロは滅多に街へ来ることはなく、大体ラスムスさんが来て街の人達と交流してたりするの。だから、バルブロが来るなんて珍しいわね」
テールがシャーロットの話を聞いていると、レビンとビビアナはいつの間にか商品の片付けを終え、二人揃って屈伸運動を行い軽く身体を解し始めていた。
テールはそんな二人の様子を仲が良いなぁと見守る。
「さて、と。私達は帰るよ。今日はありがと。またね」
「こちらこそありがとう」
「オープンサンド、美味しかったです。ありがとうございました!」
「おう。また食いに来いよ!あ、ビビアナ。道の途中にある酒場でトイレ行くわ。茶色の肥料が漏れそう」
「タイミング!! あと、どんな例え方よ!!」
「あ、ヤバい。早く撒きにいかないと!漏るる〜!!」
「だから言い方!!」
別れの挨拶を済ました直後、そろそろ我慢の限界が来ているのか、移動式屋台を引っ張りながらレビンは慌ただしく走って行き、その後ろをビビアナが追いかける。
一部始終を見ていたテールとシャーロットはお互いの顔を見合うと、ビビアナも大変だなぁと困ったように笑いあった。
「ねぇ、良ければ街を散策してみない? その後は宿で休みましょう」
「宿? で、でも私……」
「宿代は私が払うわ。レビン達がタダで美味しいもの食べさせてくれたお陰で食費が浮いたし……貴方、寝るところないでしょう?」
シャーロットに指摘され、テールは何も言えなくなるが、本当にそこまでしてもらって良いのだろうか。
テールの躊躇いを感じたりシャーロットはクスッと微笑み、「私、普段一人旅だからこういうの新鮮なのよ。もう少し一緒に居たいんだけどダメかしら?」と小さく首を傾げ、シャーロットの押しに負けたテールは渋々頷いた。
「よし、じゃあ行こう!」
二人の距離は今日初めて会ったことすら忘れさせるほど縮まっていき、テールとシャーロットは話をしながら広場から歩き出す。
───────建物の影に潜む、何者かに狙われているとも知らずに。
♢
テール、シャーロットと別れてから数分後。
酒場の外では屋台の見張りをしながら用を足しに行っているレビンを待つビビアナの姿があった。
日が暮れるのを気にしているのか、屋台の前を行ったり来たりし、何処か落ち着かない様子だ。
「おっそいわねアイツ。それより……」
(シャーロットにテールかぁ。どうしてかな。なーんか、また会えちゃう気がするんだよねぇ。初対面だと思えないくらい話し込んじゃったし、今日はトラブルもあったけど楽しかっ────)
「ビビアナさん!」
突如誰かに名前を呼ばれ、大通りの人混みの中からテールの姿が見えた瞬間、ビビアナは目を丸くする。
「フラグ回収早くない!?」
顔を真っ青にしながらビビアナの元へ走るテール。「助けてください!」と今にも泣きそうな顔をするので多少困惑したものの、ビビアナは「落ち着いて。シャーロットは? 何かあったの?」とテールを落ち着かせてから事情を聞いた。
「シャーロットさんが、さっきの傭兵の人達に攫われて……!」
「!? まさか仕返ししに?」
「た、多分……。あの、レビンさんは?」
「あのバカはまだトイレよ。それより、傭兵は何人いた?」
「私が見たのは二人です。とにかく、急いで助けないと! お願いします。他に誰を頼ればいいか分からなくて……一緒に来てください!」
「あ、ちょっと! テール!」
テールに右手首を掴まれたビビアナは、引っ張られる形で傭兵二人が向かったという細い道へと案内される。しかし、案内された場所に人はおらず、辺りは静まり返っていた。
(流石に逃げた? “あの子”を使えば匂いを辿って追えるかもしれない)
「わぁー。可愛らしいお嬢さんがいる〜」
「!! テール、下がって」
頭上から声がしてビビアナがテールを庇うように前へ出れば、上からドシンッ!と何かが落ちてくる。
落ちてきた……いや、降りてきたのは人。
背は一九〇以上はあるだろう巨漢で上半身は裸。
肥えたお腹を晒し出しており、テールは男をキッと睨みつける。
「アンタ誰。まさか傭兵達の仲間? シャーロットはどうしたの」
「しゃーろっと? もしかして、兄貴達に水をかけたっていう子?」
(! コイツ、やっぱりアイツ等の仲間か。噂じゃあバルブロに雇われてるヨムス傭兵団の連中らしいけど、傭兵にしては違和感があるわね。あのバルブロでも街に居る人に害ある真似はしない。人攫いなんて許さないんじゃ……)
「兄貴達が君、攫って良いって。君は……いくらで売れる?」
「”売る”? アンタ等まさか……っ!?」
男達の正体に気が付いた瞬間、ビビアナの周りに黄色い粉が舞い、意識が朦朧とし始める。
ビビアナがフラついていると「睡眠作用のある魔法の鱗粉だよ。大丈夫。少しの間眠るだけだから」と、背後からテールの声ではない低い男の声が聞こえた。
両腕を掴まれて動きを封じられたままビビアナが後ろを振り向けば、そこに立っていたのは小瓶を片手にニヤリと笑うテールにたりすました別人。
薄れゆく意識の中、テールの姿は見知らぬ細身の男へ変わっていき、ビビアナは罠に嵌められたのだと悟った。
(コイツ、“変身魔法”を使って……! 今日はマジで災難ばかり、ね……)
目を閉じて倒れる直前、建物の後ろに小さな人影が見えた気がしたビビアナだったが、人物の顔を確認する前に意識を失ってしまう。
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