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再会してから、一ヶ月後。
二人の日常は、少しずつ落ち着き始めていた。
……とはいえ、“普通”ではない。
ニュース。
取材。
配信の依頼。
世界中から届くメッセージ。
三年間、二人だけだった世界を知りたい人は想像以上に多かった。
「なんかすごいことになってんな」
悠真がソファでスマホを見ながら言う。
蒼はテーブルで資料を眺めていた。
「劇場イベント?」
「らしい」
送られてきた企画書。
タイトル。
『夜を越えて ― 無人世界から帰ってきた二人』
悠真は思わず吹き出す。
「タイトル重すぎだろ」
「映画みたいだな」
でも。
二人とも少し黙る。
劇場。
つまり。
大勢の人の前へ立つということだった。
「……やる?」
悠真が聞く。
蒼は窓の外を見る。
夕方。
車が走っている。
人が歩いている。
普通の世界。
そこへ戻ってきた今。
自分たちの三年間を、誰かへ話す日が来るとは思っていなかった。
「……まあ」
蒼は小さく笑う。
「一回くらいなら」
悠真も笑った。
「じゃあやるか」
イベント会場は、東京国際フォーラム に決まった。
大きな劇場。
客席は数千人規模。
しかも配信付き。
世界中で見られる。
二人とも、その規模感にまだ慣れない。
イベント当日。
楽屋。
悠真はソワソワしていた。
「無理かも」
「早いな」
蒼はペットボトルの水を開ける。
外からは観客のざわめきが聞こえる。
人の声。
拍手。
期待。
三年前なら考えられなかった音だった。
「だってさ」
悠真が落ち着かない様子で歩き回る。
「世界に二人しかいなかった奴らが、急に劇場イベントって意味わからん」
蒼は少し笑う。
「確かに」
#儚い
nanaha.
236
#ミセスグリーンアップル
鮭(JAM.S)
84
琉月🗝𓈒 𓏸
27
「コンビニでアイス選んでた人間だぞ俺ら」
「今もそんな変わってないだろ」
その言葉に、悠真は少しだけ落ち着いた顔をした。
開演五分前。
スタッフが声をかける。
「準備お願いします」
悠真が深呼吸する。
蒼も立ち上がる。
二人で顔を見合わせる。
少し緊張していた。
でも。
三年間、もっと静かで、もっと怖い世界を歩いてきた。
それに比べれば。
きっと大丈夫だった。
ステージ。
ライト。
大きな拍手。
幕が開く。
その瞬間。
二人とも少し止まる。
客席いっぱいの人。
本当に沢山の人。
笑っている人。
泣いている人。
スマホを掲げる人。
世界には、こんなに人がいた。
悠真が思わず小さく呟く。
「……すげ」
マイクが拾ってしまい、会場から少し笑いが起こる。
蒼もつられて笑った。
その空気で、少し緊張がほどける。
二人はステージ中央へ座る。
拍手がゆっくり落ち着く。
司会者が紹介する。
『三年間、無人の世界で生活し続けた二人です』
会場が静かになる。
悠真は客席を見る。
沢山の人の顔。
その光景だけで、少し胸が熱くなった。
「こんばんは」
悠真がマイクへ向かって言う。
少し笑う。
「……人、多いですね」
会場から笑い声。
蒼も小さく笑った。
「まだ慣れてないです」
それも本音だった。
スクリーンには、三年間の映像が流れる。
雪の公園。
夜の街。
夕焼けの学校。
雨の屋上。
劇場は静かだった。
みんな、二人の世界を見ている。
映像が終わる。
拍手。
長い拍手。
悠真は少し目を伏せる。
「なんか変な感じです」
静かな声。
「俺らにとっては普通の日常だったから」
蒼もマイクを持つ。
「でも、誰かが見てくれてたから」
客席を見る。
「たぶん、あの世界で折れずにいられました」
会場が静かになる。
その時。
客席の後ろのほうから、小さな声がした。
「おかえりー!」
会場に笑いが広がる。
悠真が少し驚いてから笑った。
「……ただいま」
その瞬間。
拍手が劇場いっぱいに広がった。
大きくて、温かい拍手だった。
三年間、静かな世界を歩いてきた二人へ向けられた。
“人の音”だった。
拍手は、しばらく鳴り止まなかった。
劇場全体が揺れているみたいだった。
ライト。
歓声。
無数の人の顔。
三年前、世界から人が消えた朝には想像もできなかった景色。
悠真はステージの上で、少し呆然としていた。
「……すご」
小さく呟く。
蒼も客席を見る。
何千人もの人。
笑っている人。
泣いている人。
二人の三年間を、ちゃんと受け取ってくれた人たち。
司会者が最後の言葉を言う。
『それでは、本日のイベントは終了となります』
会場から、大きな拍手。
その音が胸に響く。
悠真はマイクを持ったまま少し笑う。
「ありがとうございました」
蒼も静かに頭を下げた。
そして。
ゆっくり。
カーテンの幕が閉じ始める。
赤い幕。
少しずつ、客席が隠れていく。
拍手が遠くなる。
人の顔が見えなくなる。
光が細くなっていく。
その瞬間。
悠真は、なぜか少しだけ寂しくなった。
三年間。
世界には二人しかいなかった。
静かな夜。
誰もいない街。
その終わりを、今日ようやく実感した気がした。
幕が半分ほど閉じた時。
客席から誰かの声が聞こえる。
「ありがとうー!」
別の場所からも。
「また会ってー!」
「大好きー!」
歓声。
拍手。
人の声。
その全部が、閉じていく幕の隙間から流れ込んでくる。
悠真は少し目を細める。
蒼も静かに聞いていた。
そして。
幕が完全に閉じる。
視界が暗くなる。
拍手だけが、向こう側で響いている。
スタッフの声。
ステージ袖の灯り。
現実へ戻る感じ。
でも。
二人とも、しばらく動かなかった。
静かな backstage。
悠真がぽつりと言う。
「……終わったな」
蒼は隣で小さく笑う。
「長かったな」
「三年+今日」
「濃すぎる」
二人とも少し笑う。
でも、その笑いには色んな感情が混ざっていた。
安心。
寂しさ。
達成感。
全部。
悠真はステージ裏の壁へ寄りかかる。
「なんかさ」
「ん?」
「幕閉じる瞬間、ちょっと怖かった」
蒼は黙って聞く。
「向こうの世界、本当に終わる気がして」
静かな声だった。
三年間。
夜しかない世界。
夕焼けしかない世界。
誰もいない街。
二人だけの時間。
それが今日、“物語”として閉じた気がした。
蒼は少し考えてから言う。
「でも」
「?」
「終わったっていうより」
ステージの向こうから、まだ拍手が聞こえている。
「ちゃんと帰ってこれた感じする」
悠真は数秒黙る。
それから、小さく笑った。
「……それかも」
スタッフが声をかける。
「お疲れさまでした!」
現実の音。
人の世界の音。
二人は顔を見合わせる。
少し笑う。
そして。
ゆっくり歩き出した。
廊下の窓から、夜景が見える。
車の光。
ビル。
人のいる街。
でも。
その夜景を見ながら、悠真がぽつりと言った。
「なあ蒼」
「ん?」
「今日さ、幕閉じた時」
「うん」
「ちょっとだけ、あの夜思い出した」
蒼も窓の外を見る。
静かな夜。
星。
屋上。
缶コーヒー。
三年間、二人で見ていた景色。
「……俺も」
世界は戻った。
物語も終わった。
でも。
あの夜だけは、きっと二人の中でずっと消えなかった。
劇場を出ると、夜風が少し冷たかった。
都会の光が道路を照らしている。
人の声。
車の音。
信号の音。
世界は今日も、ちゃんと動いていた。
スタッフや関係者に見送られながら、二人は並んで歩く。
イベントが終わった実感は、まだ少し薄い。
悠真が空を見上げる。
「……静かじゃないな」
蒼は少し笑った。
「前の世界と比べるなよ」
「でもたまに思い出す」
風が吹く。
夜空には、ちゃんと月があった。
三年間。
誰もいない世界で生きてきた。
雪の降る公園。
夕焼けの学校。
雨の屋上。
夜しか来ない街。
寂しかったはずなのに。
振り返ると、なぜか温かい景色ばかり浮かぶ。
たぶん。
隣に誰かがいたからだ。
横断歩道の前で、信号が赤になる。
二人は立ち止まる。
向こう側では、沢山の人たちが行き交っていた。
もう世界には、人がいる。
賑やかで。
騒がしくて。
少し疲れるくらいに。
でも。
その中に戻ってきても。
二人の歩幅だけは、三年前と変わらなかった。
悠真が小さく笑う。
「なあ」
「ん?」
「また動画撮る?」
蒼は少し考える。
それから夜空を見る。
静かな星。
あの世界で、何度も見上げた景色。
「……たまになら」
悠真は笑った。
「じゃあタイトルどうする?」
蒼は歩き出しながら言う。
「“人がいる世界の日常”」
悠真は吹き出した。
「再生数減りそう」
「平和でいいだろ」
二人の笑い声が夜へ溶けていく。
信号が青になる。
人の流れの中へ、二人も歩き出す。
夜は、もう怖くなかった。
むしろ少しだけ、懐かしかった。
世界が終わった日から始まった三年間。
それはきっと、誰にも理解できない時間だった。
でも。
確かに存在していた。
二人だけが知っている、静かで優しい夜だった。
そして今日もまた、世界には朝が来る。
END