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「……九条殿、どうやら奴は気絶したようじゃ」
「じゃあみんな、よろしく頼む」
「よしきた!」
隠れていた村人達が各自掃除用具を手に取ると、テントに付いた手形と血のりを一斉に拭き上げ始めた。
カイルや武器屋のおっちゃんはアルフレッドを模した肉人形を運び出す。
ソフィアが本物のアルフレッドをギルドで足止めしてくれている間に、現場を急いで元へと戻さねばならない。
幽霊役は村の老人会の皆さん。本物の幽霊に幽霊役というのもおかしな話ではあるのだが、適任であることには変わりない。
さすがに村人の大半がこちらの味方だけはある。
人手も多く、五分と経たずにテントの周辺は元通りになった。
あとはアルフレッドと鉢合わせにならぬよう森を通って村に帰れば作戦は完了だ。
「おっと、そうだ。ミア。エミーナとルシーダに人参をやってくれ」
ミアはギルドで待機の予定だったのだが、どうしてもついてきたいと言うので、急遽ちょっとした荷物を任せていた。
しかし、やはりと言うべきか半分は寝ているといった状態。無理せず村で寝ていればとも思う反面、その姿は微笑ましくもある。
呼ばれて目を覚ましたミアの前には、二頭の馬。
「ひゃぁ」
驚くのも無理もないが、馬は既に手懐けてある。
アルフレッドとグラハムが食堂で食事をしている間に、騒がないでほしいとこっそり交渉をしていたのだ。
しっかりと訳を説明し、アルフレッドとグラハムを殺さないと約束した上で、新鮮な人参五本で手を打ってもらったのである。
「はい。どーぞ」
ミアが背負った革袋から取り出したニンジンを、ボリボリと音を立てて食べ始める二頭の馬。
それをあっという間に食べ終えると、満足そうに鼻を鳴らす。
その直後、ウルフたちの遠吠えが夜気を裂いた。
「合図だ! アルフレッドが村を出た! 急げ!」
街道を迂回するよう森の中を村に向かって進む。見つからないよう光源の類は持ち合わせていない。
月の光も届かぬ森の中でどうやって移動しているのかと言うと、夜目の利くウルフ達に道案内をしてもらっているのだ。
しばらくすると、アルフレッドに見つかる事なく村の門へと辿り着く。
皆が安堵の表情を浮かべ、緊張から解放されると思い思いに声を上げた。
「やれやれ、何とか思惑通りに進んだな」
「九条、聞いたか? アルフレッドぉ助けてくれぇ――だってさ。俺は笑いを堪えるのに必死だったぜ」
「あのなぁ……」
カイルのものまねはまるで似ていなかったが、それがシュールな笑いを誘う。
「ひとまずギルドに戻ろう。皆も待っているはずだ」
食堂では皆が報告を待ち望んでいた。もちろん食堂の客達も全てエキストラである。
こんな小さな村で、毎夜食堂が満席になることなんてあり得ない。
精々泊りがけの冒険者と一人酒の村人程度のものである。
グラハムとアルフレッドの座る位置も最初から決まっていたし、鎮魂祭や守り神様などの話も全て作り話で嘘っぱちなのだ。
「どうでした?」
心配そうな表情で出迎えてくれたのはソフィアだ。
それに対しカイルがドヤ顔で親指を突き立てると、食堂が一気に沸いた。
「っしゃー! ざまぁみろ! 王子の使いか知らねーが、一昨日きやがれってんだ!」
その気持ちはわかるが、騒ぎ過ぎだ。
「シー! もうちょっと静かにしてくださいよ! まだ終わった訳じゃないですよ!?」
ソフィアの言うことに皆が申し訳なさそうに肩をすくめると、静まり返る食堂。
「ひとまずは、本日も成功ということでご協力ありがとうございます。懲りずに明日も顔を出すようでしたらプランCに移行しますので、また夕暮れ時に食堂に集合という事でよろしくお願いします」
ソフィアが解散を宣言すると、村人達は笑顔で食堂を後にする。
村人達にとっては俺よりもソフィアの方が人望が厚い。そのソフィアが村の為にと協力を募れば断る者などいないだろうとまとめ役をお願いしたのだ。
「いよいよ明日が本番だな! 期待してるぜ? 九条!」
カイルが俺の肩を叩き、片手を上げて去って行く。
だが、それが実行される事はなかったのである。
――――――――――
うつ伏せになっていたグラハムはテントの中で目が覚めた。
そろそろ日の出る時間帯。昨夜の記憶がよみがえり、苦悶し歯を食いしばる。
「アルフレッド……。俺は……俺はどうすれば……。なんでこんなことになってしまったのだ……」
テントを開けると、そこにはアルフレッドの亡骸が横たわっている。グラハムにはそれを連れ帰る義務がある。
(なんと報告すればいいのか……。アルフレッドの家族に申し訳が立たない……)
そう思うと、グラハムはテントから出てその亡骸を直視する覚悟が決まらなかった。
その時だ。グラハムが拳を強く握りしめ悔やみ打ち震えていると、テントの入口から一条の光が差し込んだ。
「おはようございますグラハムさん。今呼びました?」
外から顔を覗かせたのは、死んだはずのアルフレッドだ。
そんなはずがない。グラハムが、頭でそれを否定しても、自分の目は誤魔化せない。アルフレッドが生きていたのだ。
グラハムにはそれだけで十分だった。それだけで全ての肩の荷が下りた気がしたのだ。
グラハムの目から涙が零れ落ちた。それは悲しみや悔しさではなく、嬉しさと安堵からである。
「アルフレッドぉぉぉ!」
テントを飛び出し、喜びのあまりアルフレッドに抱き着いたグラハム。
「ちょ……ちょっと待ってくださいグラハムさん! 何なんですか!? 病気の方は大丈夫なんですか!?」
「病気? いや病気ではない。大丈夫、もう大丈夫だ。お前が生きているだけでいいんだ!」
「大丈夫ならいいですけど、抱き着くのは勘弁してください」
グラハムは落ち着きを取り戻し、アルフレッドから離れると辺りを見渡した。
寝る前の光景となんら変わらない景色。テントについた無数の手形もなく、アルフレッドも健在だ。そのおかげか焚き火も維持されている。
しかし、一つだけ痕跡が残っていたのだ。テントの周りに残る無数の足跡。
やはり夢ではない、現実に起こっていたことなのだと確信し、グラハムは決心した。
「帰るぞアルフレッド。撤収の準備だ」
「……は? いや、ちょっと待って下さいよ。まだ九条とも会ってませんし、あと二日滞在する予定では?」
「いいや、撤収だ。早く荷物をまとめろ」
「手ぶらで帰ったら大目玉ですよ!? グラハムさんだって簡単な仕事だって言ってたじゃないっすか!」
「事情が変わったんだ」
「納得できません!」
「言う事を聞いてくれ! ……私は……私はお前を失いたくないんだ……」
グラハムの体験を話しても、アルフレッドはこう言うだろう。「夢でもみてたんじゃないですか?」と。
最初はグラハムだってそう思った。しかしそうではないのだ。あれは経験した者にしかわからない恐怖。
(村が九条を連れて行くのを拒むなら、三日目の今日が最後……)
どちらかが本当に死ぬかもしれず、最悪二人共という可能性もある。
「殿下には俺から説明する。すべての責任は俺が取る……。だから……頼む!」
グラハムはアルフレッドの肩を掴み、溢れ出てくる涙を堪えながらも必死にそれを訴えた。
大切な部下を失いたくない一心で懇願したのだ。
「はぁ……わかりました。そこまで言われるのなら……」
僅かな震えがその手からアルフレッドに伝わり、深く溜息をつくとアルフレッドはしぶしぶ首を縦に振ったのである。
時間は昼過ぎ。撤収の準備を終えると、グラハムは村のギルドに顔を出した。
カウンターではソフィアが事務仕事に没頭し、グラハムが軽く咳払いをすると、それに気付いて軽い会釈。
「突然で申し訳ないが、私達は王都へ帰還する事になった」
特に驚くこともなく、ソフィアから返って来たのは事務的な返事。
「まあ、そうですか。わかりました。ではそのように伝えておきます」
ギルドを出てアルフレッドに預けていた手綱を握ると、馬に跨り帰路に就く。
任務は失敗。王都に帰れば、同僚の騎士達に蔑まされるだろう。
グラハムには覚悟が出来ていた。きちんと説明すれば殿下もわかって下さるはずだと……。
こちらに来てからというもの、不可思議な出来事の連続。普段は気性の荒い馬達も、なぜかこの村では大人しくしていた。
「不思議な村だ……」
この日グラハムはぐっすりと眠ることができ、それを神に感謝した。