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「………しの、ざき……さんっ!」
由樹は身をねじらせながら、途切れ途切れにやっとのことで愛する人の名前を呼んだ。
「ん?どうした?」
「い、いい加減、そろそろやめて、ください……!」
由樹の細い腰は篠崎の手に抑えられ、由樹の限界まで熱くなったそれは、篠崎による愛撫を一身に受けて、真っ赤に腫れあがっていた。
「んぅ……っ」
篠崎の親指が、その凹凸を強めに刺激すると、由樹は抑えられている腰を震わせた。
「……なーんか違うんだよなー」
その呟きに由樹が細く目を開け、篠崎を見上げた。
「さっきから……何が“違う”んですか?」
「んー。声」
言いながらも篠崎の指の刺激は止まらない。
「こ……え…?………ああっ!」
5本の指先で優しく上下に扱かれて、由樹はまた腰をくねらせた。
「……ほら。やっぱり違う」
言いながら篠崎は身を起こすと、由樹の足を持ち上げた。
「何を言ってるんですか?」
「牧村の時と、声が違う」
「……はぁ!?」
何を言われているのかわからない由樹はきょとんと篠崎を見上げた。
「お前、牧村のとき、悲鳴みたいな声を上げてただろ?」
篠崎は感情のこもらない顔で由樹を見下ろしている。
「あーいう動物みたいな声を出させてみてぇなって思ったんだけど」
「は?」
「聞いたんだよ、全部。あいつが丁寧に録音した音声を俺にくれるからさー」
由樹は顔を真っ赤に染めた。
(なんであの人、そんなことを………!)
篠崎の顔が近づいてくる。
「……牧村とのセックスは叫ぶほど気持ちよかったか?」
意地悪な目が由樹を嘗めるように覗き込んでくる。
「……違いますよ……」
由樹は罪悪感から目を逸らした。
「何が違うんだよ」
篠崎が睨み続ける。
「………が……ないから」
「はあ?」
「……互いに気持ちが入らないままただ身体だけ刺激されて、心と体が切り離されて、怖かったんですよ。だから、そんな、声を……」
「……へえ?」
篠崎が由樹の入り口に自分の物を宛がう。
「じゃあ、心と体がばらばらになったセックスと、一緒に感じるセックスはどっちの方が気持ちいいんだ?」
「………っ」
擦り付けられるそれが欲しくて、由樹は思わず篠崎に抱きついた。
「……そんなの、決まってる……」
「ちゃんと言えよ」
由樹を篠崎が離す。
「そんなの……」
由樹は篠崎を見上げた。
「篠崎さんとのセックスが気持ちいいに決まってるじゃないですか……!」
「言ったな……」
篠崎はにやりと笑った。
いつもより明らかに質量の大きいそれが、由樹の中に割り挿ってくる。
「う……ぁあ……あっ!」
挿れただけで軽く達した由樹は、涙目で篠崎を見上げた。
篠崎が挿れたまま、これ見よがしに携帯電話をベッド脇に置いた。
「しの、ざきさ……ん?」
痙攣しながらそれを見た由樹が青ざめる。
「よし。検証してみるか。どっちの声が気持ちよさそうに聞こえるか……」
「……ちょ、冗談ですよね?」
懇願するように見上げるが、篠崎は口の端を上げながら笑った。
「訳が分かんなくなって、声が枯れるくらい抱きつぶしてやる」
篠崎は由樹の膝の裏を両手で掴んで開くと、勢いをつけて、中に打ち付けた。
「ええー?より戻しちゃったんですかー?つまんないの」
一晩で50センチ以上積った雪を踏みしめながら煙草を吸っていた牧村が、篠崎と新谷を交互に見た。
「どの口が言う。そうさせるために音声データまで渡したくせに」
篠崎が言うと、由樹は顔を赤らめた。
「……ひどいですよ。牧村さん。あれのせいで、あの、その、俺、ひどい目に……」
みるみる赤くなっていく由樹の顔を見て、牧村は呆れて笑った。
「いいよ、その先は言わなくて。なんとなくわかったから……」
牧村は煙草を灰皿に押し付けながら、寒そうに背中を丸め、両手をポケットに入れた。
そして一歩篠崎に近づくと、その顔を至近距離で見上げた。
「でも、残念だなあ。篠崎さん、俺のモロタイプなのに」
「はあ!?」
由樹が顔を上げる。
「ダメですよ!篠崎さんは!」
2人の間に入り牧村を睨むと、彼は背中を丸めたままクククと笑った。
「はいはい。手を出したら、新谷の方が篠崎さんよりよっぽど怖そうだから、やめときますよ。そんじゃ」
言いながら、ファミリーシェルターに向けて歩き出した。
「ろくでもない奴」
「油断できない人だ」
篠崎と由樹は同時に呟き、顔を見合わせて笑った。
「あ、そういえば」
ろくでもなく油断できない男が振り返る。
「俺、来月異動なので」
「え?」
「は?」
2人が同時にその顔を見つめる。
「お世話になりましたね。間男は天賀谷に消えますよ」
言いながら踵を返すと「じゃーねー!」と牧村は右手を上げながら遠ざかっていった。
「――本当に行っちゃうんだ……」
由樹はその後ろ姿を見ながら呟いた。
「きっとその方がいいだろ。ここよりはずっと……」
篠崎はファミリーシェルターの展示場を見上げながら同じく呟いた。
「……篠崎さん」
「ああ?」
「……今、牧村さん、天賀谷って言いませんでした?」
「スルーしようとしてたのに。そこ拾うなよお前は」
篠崎が由樹を睨む。
「牧村さんが天賀谷に行ったら……。またひと悶着ありそうですね…」
ため息をついた由樹に、篠崎が呆れたように笑う。
「大丈夫だ。雪かきに追われる江夏にその時間はもう残っていない」
「え?なんか言いました?」
「あ?なんか聞こえたか?」
篠崎は笑いながら由樹の肩を叩いた。
「ほら!土曜日だぞ!アプローチだ。気張っていくぞ!」
「はい!」
由樹も大きく頷いた。
2人は揃いの長靴を踏み鳴らしながら、セゾンエスペース八尾首展示場に走っていった。
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