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『昨夜未明、ソウル特別市のマンションの一室で、20代とみられる男性の遺体が見つかりました。部屋には遺書のようなものが置いてあり、警察は自殺とみて捜査を進めています。』
あたたかな日の光が降り注ぐ部屋にアナウンサーの声が無機質に響く。「世の中物騒なことばかりだな」とニュースを聞き流しながら、ナ・ジェミンは最高の朝を迎えていた。今朝は土曜日だが6時に起きて近くの公園を散歩し、洗濯物も干し終わった。朝ごはんには半熟卵とベーコンのトーストを食べ、部屋の掃除も済ませてある。そしてなんといっても今日は眩しいほどの青空で、開けた窓からは少々冷たいが心地のよい風が入り込み、白いカーテンがふわふわと揺れていた。それもこれもすべて、ジェミンの完璧な朝のために用意されたようだ。ジェミンはこの上ない幸せを感じながら、このゆったりと流れる優雅な時間を楽しんでいた。ぼんやりと窓から街を眺めていると、「ピー」とコーヒーメーカーが鳴る。ジェミンはうきうきしながら小走りでキッチンへ向かった。出来立てのコーヒーをカップに注ぐと、深く香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。砂糖とミルクを少し加え、ティースプーンでからからとかき混ぜながらジェミンはリビングへ戻った。
『…遺体はこの部屋に住むイ・ドンヒョクさんのものとみられ、警察は身元の確認を急ぐとともに自殺の動機などを調べています。』
耳に入ってきた言葉に思わず手が止まった。「まさか」と思い画面を見たが、そこに映し出された名前は見慣れた文字だった。アナウンサーが口にした名前をジェミンはよく知っていた。友達と言える間柄でもないが、彼に人生を狂わされた人と、ジェミンはかなり親しかった。ドンヒョクが自殺したことに関してはさして驚かなかった。あいつならそうすると思っていたから。ただ本当に死んでしまったとなるとまずい。あの人がどんな行動をしでかすかわからないのだ。ジェミンは手の中に気持ちの悪い汗をかいていた。せっかくの気持ちのいい朝だったのに、あいつが死んだ製で台無しだ。本当に最後まで嫌な奴だ。しかし今はそんなことはどうでもいい。一刻も早くあの男を止めなければ。マグカップをローテーブルに置くと、急いでスマホを手にとり電話をかけた。
「もしもし?」
同じことを考えていたのか、ジェノはワンコールで出た。
「もしもし。ドンヒョクのことだろ。」
「うん。ヒョンは知ってると思う?」
「知ってるだろ。家にテレビがない俺ですら知ってるんだから。」
ジェノはニュースはスマホで十分だし、バラエティーやドラマはサブスクリプションで見ればいいとテレビを置いていなかった。
「たしかに。その基準は一理あるわ。ってそうじゃなくて、マクヒョンのこと!」
「そう思ってさ、俺マクヒョンに連絡したんだよ。」
「そしたら?」
「2時間前ぐらいに送ったんだけど既読ついてない。」
ジェミンは絶望した。返信がそれほど遅くないマクヒョンにかぎって2時間も既読がつかないなんて。きっと何かしているに違いない。九分九厘ドンヒョク絡みのことだろう。
「やばいよ、ジェノヤ。」
だってロンジュンを殺した男だ。ロンジュンはドンヒョクの恋人だった。詳しいことは知らないが、ドンヒョクが自分と別れてマクヒョンと付き合いだしたから、ロンジュンはマクヒョンを脅していたらしい。だがあの可愛くて小さなロンジュンが脅すなど想像できないし、何よりそんな未練たらたらな奴ではなかったはずだ。少なくともジェミンは、脅していたというのはマクヒョンが自分にとって邪魔な存在を消すためにつくったでっち上げだと思っていた。
「俺もマジでやばいと思う。とりあえずヒョンの家行ってみる?多分いないだろけど何か手がかりがあるかもしれないし…。」
ジェミンは途中からジェノの話を聞いていなかった。再びテレビに釘付けになっていたからだ。
『続いてのニュースです。今朝、カナダ国籍で接客業を行っているイ・ミニョン氏(24)が、ファン・ロンジュンさん(当時23)を殺害した容疑で逮捕されました。イ容疑者は10月に遺体で見つかったファン・ロンジュンさん殺害の容疑を持たれたおり、さらに自殺したイ・ドンヒョクさんとも交友があることから、警察は事件の関連性を調べています。また、イ容疑者は容疑を認めているということです。』
「おい、ジェミナ。聞こえてる?」
ジェミンはそばにあったソファに崩れ落ちるようにして倒れこんだ。テレビの中の男は深くフードを被っているが、それがマクヒョンであることには間違いない。ジェミンはしばらく呆然としていた。画面に映る男から目が離せない。これで彼が暴動をおこすかもしれないと危惧する必要はなくなった。だが、それ以上に今目の前で起こっていることが信じられなかった。罪を認めた?あの人が?何が彼をそうさせたんだ。
「ジェノヤ。俺ヒョンのとこ行かなきゃ…。」
「は?でもヒョンはどこにいるかわからないだろ?」
「ヒョン捕まったよ。」
「え?」
ジェノは素っ頓狂な声を出した。そうだ。ヒョンが捕まるはずないのだ。相当驚いたようで、しばらく沈黙が続いた。ジェミンはテレビ画面を静かに見つめた。その真っ黒で虚ろな瞳は何を映しているのだろうか。何を隠しているのだろうか。
「…マジで言ってる?あのヒョンが捕まったの?でもそんな記事出てないし。」
「ジェノヤ。ニュースもたまには見る価値あるかもね。」
行かなければならない。彼のところへ。ジェミンはそっとテレビを切った。