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「……あの、すみません」
「あぁ?」
俺が軽く肩を叩くと、その男は体全体を大袈裟に震わせた。単純に声をかけられて驚いただけなのか、それとも後ろめたい気持ちを抱えているがゆえに過剰に反応したのか……
振り向いた瞬間の男の顔には焦りと動揺が見てとれた。しかし、声をかけたのが子供と分かった途端に男の表情は余裕ぶった……まるで人を小馬鹿にするようなものへと豹変した。
「何だ、てめぇ……」
コイツ、俺のことを知らない? 遠隔視で王宮内を覗いていたんじゃないのか。王太子である俺の顔が分からないなんて……ディセンシアの人間なんて真っ先に調べそうなものなのに。遠隔視についてはルーイ先生の予想でしかない。あの蝶にはもっと何か、他の役割があったのだろうか。それとも、コイツとは違う第三者が……別の魔法使いがいるのか。
「知り合いに後ろ姿が似ていたものでつい……人違いでした。足を止めさせてしまい、申し訳ありません」
男はひとつ舌打ちをすると俺から視線を外し、さっさと歩いて行ってしまう。だらしのない歩き方……隙だらけだ。とてもプロの人間とは思えない。その体から微かに漂う魔力の気配が無ければ気にも止めなかった。ガラの悪いチンピラ崩れの男。演技をしているようにも見えないが、もしそうだとしたら大した役者だ。
男の側に近寄ったことで、より明確に力の気配を読み取ることができた。かなり弱くなっていたが、やはり先刻王宮から感じたものと同質のもので間違いない。今この場で男を捕らえることもできなくはないけれど、相手も魔法を使える。どんな反撃をしてくるか分からない。
とりあえず目印は付けた。今日は天気も良い。肩を叩かれるまで俺の存在に気付かなかったようだから、バレて捨てられることはないと思うけど、あまりのんびりもしていられないな。
「レオン殿下、大丈夫ですか? さっきの男は……」
「ベアトリス、俺が声をかけた男を追え。まだそれほど遠くには行っていないはずだ」
「あれが殿下がおっしゃっていた侵入者ですか?」
「恐らくな。他にも仲間がいるかもしれないから、尾行は細心の注意を払え。無理に捕らえようとはするなよ。相手は魔法を使うからな。行動を監視するに留め、その様子を逐一報告しろ」
「はい」
「俺は一旦王宮へ戻る。セドリックもこちらに向かっていると思うから、あいつが来たら先程あった事を説明して、俺の元へ来るよう伝えてくれ」
ベアトリスは部下に指示を出すと、俺に一礼してから自らも行動を開始した。男の事はひとまず隊長達に任せよう。俺も止めていた足を再び動かし、王宮へ向かった。
リザベット橋を渡る途中で、もう一度クレハの魔力を辿り位置を探る。彼女は相変わらず外にいるようだった。まだ釣り堀から帰っていないのか。それでもゆっくりだが王宮の方へ歩いているのが分かったのでほっとする。
今はもう何も感じないけれど、例の不審な魔力の気配は釣り堀周辺に相当数確認できたので気が気じゃなかった。早く彼女の顔が見たい。釣り堀までは大した距離じゃないし、迎えに行くか……王宮で待っていれば会えるのだけど、もはやその僅かな時間すら惜しかった。
釣り堀へ繋がる道の途中には小さな林がある。林の入り口が見えてきた所で、俺は足を止めた。林の中から誰か出てくる。それは複数で、話し声も聞こえた。彼らがこちらを認識するよりも早く声をかける。
「クレハ!!」
「えっ、レオン?」
林から出てきた人影は4つ。クレハとその友人であるリズ。そして俺の部下のクラヴェル兄弟だった。4人共元気そうで、今朝会った時と変わらない姿に心底安堵する。どうして俺がここにいるのかと困惑しているクレハを無視して側に駆け寄り、俺は彼女の体を抱き締めた。
「ひゃっ!?」
彼女はまるで借りてきた猫の様に小さく身を硬くする。俺が触れるといつもこうだ。もう何度もしているのだから、そろそろ慣れて欲しいという気持ちと、そんな所も可愛いと思う気持ち……相反する感情がせめぎ合う。
「良かった……無事で」
「レオン……どうして? 用事があって今日は遅くなるって言ってたのに」
「ほらね。クレハ様、私達の言った通りだったでしょ」
クレハの後ろからレナードが顔を覗かせる。その隣には弟のルイスもいる。
「殿下がクレハ様のピンチにじっとしているなんて出来っこないですよねぇ。それにしても、お早いお着きで……」
「さっき丁度ボスの話をしていたとこだったんだよ。ボスはきっと魔法で化け物の気配が分かるから、今頃血相変えてこっち向かってるんじゃないかってね。予想よりずっと早くてびっくりしたけど」
「離れた場所にいてもこちらの事が分かるなんて……殿下は武芸だけでなく魔法の方も凄いのですね」
「そりゃもう。さっきの化け物達だって、俺らは地道に一体ずつ倒したけど、ボスなら魔法で一発だったと思うよ」
おい、何だ……化け物って。聞き捨てならない単語がいくつも聞こえるぞ。安心できたのはほんの一瞬のことだった。彼らの会話から、何も無かったとは到底言い難い状況だったのだと感じ取り、眉間に思いっきりシワが寄ったのが分かる。抱きしめていたクレハの体を解放すると、俺は部下2人に向き直る。
「レナード、ルイス……報告しろ。何があった」