コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
そして次の日。
目を覚ますと外は雨が降っていた。
本格的に降っているし、しばらくは止みそうもない。
お外に出れないと思ったのかシロも心なしか寂しげな様子だ。
尻尾をたらし上目づかいで俺を見ている。
(そんな目で俺を見るんじゃありません)
オーレン山脈の向こう側は晴天との事だったので、いつものようにシロとメアリーを連れてデレクの町中を散歩してきた。
今日は馬を見に行く予定だったが、この雨では変更だな。
なんとなくダンジョン探索という気分でもない。
こういった日はみんなでのんびり温泉に行こう!
朝食のあとアストレアさんにも声をかけてみると、
「それは是非に!」とのことであった。
すぐさま準備を整えたアストレアさんが2人のメイドを伴ってリビングに集合してきた。
「それでは近くに寄ってください。出発しまーす!」
みんなで温泉施設へ転移した。
「おや~なんだい、あんた達も来たのかい。奇遇だね~」
玄関ロビーの奥からおばば様がニコニコしながら声を掛けてきた。
「お久しぶりです。こちらは晴れていて気持ちが良いですねぇ」
うしろには王妃様やマリアベルの姿も見える。
(うん、考えることはみんな一緒なんだね)
少々人数が多くなったが、まったく問題ない。
こちらは天気が良いので露天風呂にも入れるしね。
あちらではさっそく王族井戸端会議が開かれているようである。
井戸端会議は女性の集い、その中に男が首を突っ込むのは無粋というものだろう。
俺は男湯の暖簾をくぐると、ササッと服を脱いで身体を洗い露天風呂へと向かった。
かかり湯をあて、タオルを頭の上に乗っけてから湯舟に浸かる。
ふぃ――――っ! いい湯だぁ~。
………………
メアリーが来たので半身浴もできる浅湯の方へ移動してきた。
段差がついたちょうど境目のところに俺は腰掛けた。メアリーは少し離れたところでシロとじゃれあっている。
「ねえねえ、なんであの娘 (こ) 私を見ると悲しそうな顔するの~?」
うんっ? 振り向くと、マリアベルがちょうど湯舟に入ろうとしているところだった。
「なっ、なにこっち向いてるのよ。このドスケベ! あっち向いてなさいよー!」
あっ、へいへい失礼しやした。……って3歳児がなにいってんだよ。
「それでどうなのよ?」
「ああそれな。端的に言うと俺を取られると思ってるんだよ。ほら、俺たちがいきなり親しく喋りはじめただろう」
「……そうね、記憶が戻ったからついついね」
「そうなんだよ。それで親の手前もあってさスキンシップもなかなか取りずらい状況だったわけよ」
「ふ~ん、それで益々不安になってたのね」
「そういうこと。アストレアさんから指摘されるまで俺も気づいてあげられないで……。だから今は積極的にかまってあげて関係修復中だな」
「へーそうだったの。お子ちゃまなのねぇ」
「当たり前だ、メアリーはまだ6歳なんだぞ。そういうお前だってお子ちゃまだろうが」
俺とマリアベルがくっ喋っていると、メアリーが近寄ってきてひしっと腕にくっついてきた。
シロは湯面から顔だけだして、ことらを見守っている。
「メアリーちゃんごめんねー。わたしゲンパパとお友達になれたのが嬉しくって、いっぱいお話したかったの~」
「…………」
「でも大丈夫なんだよー。ゲンパパはメアリーちゃんのことが一番好きなんだって!」
「……ほんと?」
メアリーが無垢な目で俺を見上げる。
「ああ本当だよ。メアリーは俺がお嫁さんにするんだからな!」
俺は大きく頷くと同時に、きっぱりそう宣言した。
メアリーは大きな眼 (まなこ) をキラキラさせて俺を見つめてくる。
「あーぁ、このロリコンすけべおやじが!」
(だからロリコン言うな――――っ!)
ちょっと休憩な! 休憩しよう。
俺は湯舟から上がると、すぐ隣にガーデニング用のイスとテーブルを用意した。
そのテーブルの上に特製ミルクセーキを3つ並べ、シロにはお水を出してあげる。
ひゃ――――っ! 心も身体もクールダウン。
メアリーもニコニコいつもの感じに戻ったようだ。……良かった。
「コレいいわねぇ。湯上りには最高ね!」
小さいバスローブを羽織ってちょこんと椅子に座っているマリアベル。
今は顔を顰めて、額をコンコン叩いていた。
おうおう、ゆっくり飲んだほうがいいぞ~。(特製ミルクセーキはシャーベット状なのです)
休憩が終わるとメアリーはマリアベルと手をつないで滑り台の方を指差している。
はじめは『えっ!』という顔をしていたマリアベルだったが、シロとメアリーに挟まれると諦めたのか滑り台の方へ歩いていった。
「行ってらっしゃ~い!」
俺は二人に手を振りながらメイドさんに頭を下げる。
するとメイドさんは二人を追って付いていってくれた。
――やれやれ。
俺は再び露天風呂に浸かった。
しばらくのんびり入っていると、
「ちょっと失礼するよぉ。どうだい屋敷の方は。順調かい?」
おばば様が5人程引き連れて露天風呂に入ってきた。
「はい、お陰様で何とかやっていますよ」
「そうかい そうかい」
さも満足げなおばば様。
「そういえば家名はどうなったんだい。もう決めたのかい」
「はい、バッチリ決まりました」
「ほうほう、それで?」
「”ツーハイム” にしました。ゲン・ツーハイムですね」
「へぇー、ツーハイム。珍しい家名だねぇ。何か謂れが有ったりするのかい?」
「謂れというか……ツーは数字の2を表しています。そしてハイムほうはハイ・ムーンを縮めたもので【2つの高い月】といった意味ですかね」
「へぇー、そう聞けばなかなか洒落た家名じゃないか。”ツーハイム” 良い響きさね」
褒められたことは素直に嬉しく思えた。
あちらでの苗字が ”高月” だったからね。
「これは内緒の話なんですが……」
俺が声のトーンを落として話はじめると、
「んん今度は何だい?」
おばば様はニカニカ嬉しそうににじり寄ってくる。
「マリアベルの事なんですが、実は ”転生者” だったようです。この程ようやく前世の記憶を取り戻したばかりでして……。元の年齢は17歳ということですので、しばらくは言動におかしなところが見られるかもしれませんがなるべく庇ってあげてください。お願いします」
「…………」
「…………」
おばば様が無言で見つめてきたので、俺は大きく頷き返した。
「委細承知したよ。これはまた面白い話がいろいろと聞けそうだねぇ」
カカカカカカッ! と笑って請け負ってくれた。
その後はすこし世間話をして風呂をあがった。
シロを連れて休憩室で休んでいると、ニコニコ顔のメアリーとやつれた顔のマリアベルが二人して戻ってきた。
(これはだいぶ振り回されたようだな)
体力が違い過ぎるから大変だっただろうな。 マリアベル……乙。
アイスを出してあげると二人は美味しそうに食べていた。
風呂あがりのアイスって格別だよなぁ。
そのあとナツが休憩室に入ってくるなり、
「ねぇあんたぁ、昼食はどうするんだい?」
「今日は人数が多いから、俺たちで一気に作ってしまおうか」
子供たちはメイドさんに任せ、ナツと一緒に厨房へ向かった。
この温泉施設は基本セルフサービスになっている。
だから昼食などはお付きの従者やメイドが作ったり、自分でこしらえたりと自由なのだ。
日頃やらない調理をしたり、自由な時間に食事をしたりと、王族のみなさんには好評だったりするのである。
もちろん外でも食事はできるのだが、まだまだ落ち着いたとはいえない町に王族は出せないだろう。
それに施設を出ると認識阻害が効かなくなるので、なにかと目立ってしまうのだ。
すると何を思ったのか、厨房にメアリーとマリアベルが手を繋いでやってきた。
なんだ珍しい?
二人の話を聞いてみると、一緒にクッキーを焼きたいそうだ。
(へぇー、手作りクッキーかぁ)
「ちょっとー、ここオーブンが無いじゃない。どーするのよ!」
「ああそうか、オーブンな。すぐ作れるぞ」
「マジで!」
「お、おう。薪オーブンでいいんだよな? それともピザ窯みたいに作るのか? 大きさとかはどーしたら良い?」
「そうねぇ、私もテレビで見ただけだから。実際に使った事がないからイメージが曖昧なのよねぇ」
だよなぁ、俺も使ったことがないものは流石に。
う~ん……。
すると、どこに居たのかアストレアさんが顔をだし、
「私ならイメージ出来ますよ。若い頃使っていましたし、まかせてちょうだい!」
(いえいえ、なに言ってるんですか。今でも十分お若いと思いますよ)
「では、そのイメージを魔力にのせて送っていただけますか」
そう言って俺はアストレアさんと手を繋いだ。
「まあ!」
もう片方の手を頬にあてニヤニヤしいるアストレアさん。
なぜか嬉しそうだ。
アストレアさんからイメージが流れてくる。
ほうほう、なるほど。
レンガの壁に鉄の扉、奥行きがふむふむ……。
――了解です。
俺は厨房の端の方に寄り、デレク (ダンジョン) にイメージを渡していく。
時間にして2分程。そこには立派なオーブンが完成していた。
「まぁ実家のものにそっくり。じゃあ扱い方を教えるので一緒に作りましょう!」
どうやらアストレアさんも参戦するようだ。
それはそれで賑やかになっていいかな。
その後、マリアベルがたびたびやって来ては器具や食器などに注文を付けてくる。
俺は言われた物をデレクに頼んで、次々に作り出していく。
(美味しい物が頂けるならそのくらいはお安いご用だな)
そして厨房では『わいわいがやがや』と、それぞれが料理やお菓子を作っていく。
こんな事なら厨房をもう少し大きく作っておけば良かったかな。
………………
「さて、これで最後かな?」
俺はデレク特製の中華鍋を振るっていた。
火力を上げてリズミカルに鍋を振る。鍋の中で肉や野菜が躍っているようだ。
大人数の時はこの鍋が重宝するし、なにより旨さが増すのだ。
ナツ親子や従業員、み――んな合わせて24人前出来上がりっと!
従者やメイドさん達は後で頂くそうなのでインベントリーに入れている。
ではお先に失礼して。
「「「「いただきまーす」」」」
「うん、なかなか美味しいわ。合格ね!」
合格って、何に合格したのだろうか?
マリアベルは偉そうに言っているが、小っちゃいので何とも微笑ましい。
うんっ、確かに美味しくできたな。
「なあマリア、こんど揚げ物をしようと思ってるから手伝えよ」
「はぁ――っ? まぁいいけどぉ……」
そのやり取りを見ていたメアリーが期待のこもった目で俺を見てくる。
「……そ、そうだ。メアリーもお手伝いしてくれよな」
「うんゲンパパ。まかせて!」
あぶない あぶない。
もう少しでアストレアさんからジト目を頂戴するところだったな。
「お菓子ならチュロス・麻花 (マーファー) ・芋けんぴ・フライドポテト……。そうよ、ジャガイモはないの?」
「俺もまだ見たことはないけど、王都の市場をまわればどうだろ……」
「明日は市場に行くわよ! もちろんメアリーちゃんも一緒よ!」
「「ね――――っ!」」
なかよく向き合っている二人。
この場はマリアベルにより完全に仕切られてしまっていた。