荘厳なパイプオルガンが響きマホガニーの扉が大きく開いた。蓮二の肘にウェディンググローブの指を添えた木蓮が深紅のバージンロードを静々と進んで来た。胸元が大きく開いた白銀のウェディングドレスは腰から裾に掛けてリボンが折り重なり、ヘッドドレスにカサブランカの白い花弁が咲き乱れた。
「汝、|和田 雅樹《わだまさき》は、この女、|叶 木蓮《かのうもくれん》を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻を思い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
「汝、叶 木蓮は、この男、和田 雅樹を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、夫を思い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」
「誓います」
左の薬指に輝くプラチナの結婚指輪。荘厳なパイプオルガンが2人の門出を祝う。雅樹の離婚から3ヶ月という事もあり結婚式は近しい身内だけで挙げた。
「返して」
木蓮が新居のマンションに移り住む荷造りをしていると部屋の扉が音を立てた。その声は睡蓮、扉を開けると仁王立ちでこちらを睨んでいる。木蓮が何事かと怯んでいると睡蓮は無言で手を差し出した。
「な、なによ」
「返して」
「なにを」
睡蓮は段ボール箱から顔を出した焦茶のティディベアを指差した。
「なに、あんたもう要らないって投げ付けたじゃない」
「九州に連れて行くから返して」
「分かったわよ、ちょっと待ってなさいよ」
木蓮が後ろを向いてしゃがみ込むと背中に温かいものを感じた。
「ありがとう」
睡蓮が木蓮の背中を抱きしめていた。
「ちょっ、ちょっとやめてよ、恥ずかしい!」
「ありがとう」
「なんの事か分かんないけれどどーいたしまして」
涙が背中を伝いしんみりしていると睡蓮は突然立ち上がった。
「返して」
「なに、まだなんかあるの」
「そのくま、返して」
その指はベージュのティディベアを差していた。
「なに、あんた執念深いわね」
「それは私のティディベアなの」
「はいはい、ベージュと焦茶抱えて九州に行きなさい」
木蓮はダンボールの奥からベージュのティディベアを取り出すとポンポンと形を整えて睡蓮の腕に抱かせた。
「これで寂しくないわ」
「え」
「これでいつも木蓮と一緒だわ」
「睡蓮」
「あなたは私、私はあなた、何処に居ても一緒よ」
亜麻色の髪の睡蓮、ロイヤルブラウンの髪の木蓮、瓜二つの顔を持つ2人はそれぞれの道を歩み始めた。
了