「レオノラ!」
フィアの意識にも隙が生じて、レオノラの二の舞を演じる。壁に叩きつけられた。一発もらっただけでこれだ。全身が痛い。いや、もはや痛い場所がわからない。モルクは攻撃に適応するためか、あるいは体の形を保つためか、どんどん硬質化していく。さっきまで効いていた魔石による投擲も無効化されつつあった。着弾とともに砕け散ってしまう。レオノラの炎も効いている気配が無い。2人は自然と追い詰められて同じ場所に集められる。何度目かの治癒は傷を消すことはできても、精神的な疲労までは消すことができない。明らかなジリ貧だ。せめてもの強がりにと睨みつけた先には、フィアをここまで連れてきた女神と同じ顔が薄ら笑いを浮かべている。
「ずいぶんと悪趣味な女神像だ」
「やめて、その言い方。私はあんな顔じゃないでしょ!」
何度目かの作戦会議。2人とも息が上がっている中で、軽口を叩き合う。
「さて、だいたいのことは試し終わっちまったな」
「…フィア」
「なんだ、とうとう力切れか?」
「試したいことがある」
「よし乗った。いこう」
「聞かないの?」
「信じた依頼人の意向には死んでも沿うもんだって、師匠に言われてるもんでな」
フィアが遺言めいたことを言ったせいか、女神像が奇声を上げながら巨大な掌で潰しに来る。衝突寸前でレオノラが神器で攻撃を止めた。光の壁に攻撃が何度もぶつかっている。
「もはや何を言ってるか分からんし、その非常識な手のデカさはなん」
「良いから、手を出して!早く!」
思わず出た強がりは怒られるようにして遮られる。フィアが言われた通りに手を出すと、レオノラが手を重ねた。
「汝、その名に黄金の輝きを秘めし者よ!」
澄んだ声が耳を打つ。全身が脈打つ。
「汝、その名に掃き清める定めを持つものよ!」
どんな音よりも強く鼓動が聞こえてくる。2人の鼓動だ。
「汝、その名のもとに務めを果たせ!レオノラの名のもとに力を行使せよ!」
自然と体に力が入る。手を伝わって光が体に流れ込んでくる。行ける。フィアは跳躍した。普段の何十倍も高く跳び上がって、巨大な女神像の首に狙いを定める。大丈夫、スケールこそ違えど手順を踏めば良い。
「自然体でいろ。体が固くなっちゃ台無しだ」
育ての父の声がする。声に従って呼吸を1つ。
「仕留めようとなんてしなくて良いの。ただ真っ直ぐに落とすだけ」
育ての母の声がする。手斧の重さを体全体で感じる。
「行きなさい、掃除屋!」
女神の声がする。応えなければ『箒のフィア』の名が廃る。
「箒星」
フィアは自身唯一の技の名を唱えると、脱力とともに自らを彗星のように加速し、女神像の首を斬り落とした。それは”息の根を止める”という概念そのものであり、防ぐことの叶わぬ攻撃であった。モルクの体は霧散していく。その中心に一瞬だけ見えた幼子の骸にレオノラはそっと祈りを捧げた。モルクの首も落ちながら解けていった。地に落ちる寸前に漏らした言葉は、しかし、誰の耳にも届くことは無かった。
モルクを構成していた物質は、そのすべてが光の粒子となってレオノラに流れ込んでいく。部屋に立ち込めていた暗い瘴気も同様だった。女神の体は輝きを取り戻している。神器も石板の形を取り戻していた。一方、フィアはその様子をぐったりと地に伏せて眺めていた。着地と同時に酷い脱力感に襲われ、そのまま崩れ落ちた結果だった。
「ありがとう、掃除屋さん」
「どういたしまして、女神様」
気合いを入れて立ち上がるとレオノラが支えた。
「どうする?このまま帰る?」
レオノラは顔を覗き込んで聞いてくる。
「もう、依頼は完了してるからな…」
フィアは目をそらす。復活したレオノラは神々しいうえに美人が過ぎる。目に毒というものだった。レオノラは半ば抱きつくようにして、フィアの耳もとに顔を近付ける。
「また、なんかあったらよろしくね」
囁く声は甘いが、同時に聞き捨てならない台詞でもあった。
「ふっざけんな!今後はちゃんと自分で掃除しろ!もう二度と呼ぶんじゃないぞ!」
「はーい、善処しまーす」
反省した様子の無い女神の背中に掃除屋は蹴りを入れる。多分、これから死ぬまで、何らかの厄介ごとに巻き込まれ続けるんだろうなと予感しながら、それでもフィアは今このときの勝利に、少しだけ酔いしれることにした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!