「雨宿りと小さな我慢」
東屋の屋根に落ちる雨音が、静かに心を落ち着かせる。元貴は肩まで上着をかけてもらい、少しだけ若井に寄りかかった。
雨の匂い、湿った空気、そして若井の体温——すべてが、妙に心地よく感じられた。
「……ふぅ」
元貴は小さく息を吐き、手を膝の上でぎゅっと握る。
外の雨は強くなったり弱くなったりを繰り返す。
そのたびに、元貴の胸の奥がざわつく。
……早く帰りたいけど、今はまだ……
頬が熱くなる。
若井が近くにいるだけで、妙な感覚が湧き上がる。
けれど、絶対にそれを顔や言葉に出さない。
それが、元貴の小さな我慢だった。
「元貴」
ふと、若井の声が近づく。
見上げると、彼は少し笑いながら、少しだけ心配そうにこちらを見ていた。
「どうした? 顔赤いぞ」
「……別に」
すぐに否定する元貴。
でも若井は、そんな簡単には引き下がらない。
ゆっくりと手を伸ばし、元貴の手の甲に触れる。
「……我慢してるの、分かるぞ」
「え……?」
「ほら、足とか……動かしてるだろ? 体、ちょっと硬くなってるし」
言われて、元貴は思わず手を引っ込めた。
顔が真っ赤になる。
若井はにやりと笑って、いたずらっぽく言った。
「かわいいなぁ。ちょっと我慢してる顔、めっちゃいい」
「や、やめ……!」
元貴は思わず声をあげそうになる。
けれど若井は手を離さず、むしろ肩に手を添えながら、優しくささやいた。
「大丈夫、俺がいるから」
その声が、不思議と安心感を与える。
元貴は心の奥で小さくうなずき、ゆっくりと深呼吸をする。
……まだ、ちょっとだけ耐えよう
若井はその隙に、少しだけ肩を押したり、軽く肘で触れたりして元貴をからかう。
けれどそれは嫌がらせではなく、どこか優しい「見守り」の意味も含まれていた。
元貴は内心で、どうしても頬を赤くしてしまう。
「……若井」
「ん?」
「……ありがとう」
元貴の小さな声に、若井はニコリと笑う。
その笑顔に、元貴の心はほんの少し跳ねた。
「なんだよ、急に」
「だって……我慢してるの、わかってくれてたから」
小さな沈黙のあと、若井は手を伸ばし、そっと元貴の頭を撫でた。
その仕草は、まるで子どもをあやすような優しさで、元貴は胸の奥がじんわり温かくなる。
「……ふふ、かわいいな。ほんと、我慢してる顔が可愛すぎる」
「もう……ほんとに、いじわる……!」
元貴は言いながらも、少し笑ってしまった。
若井の腕に軽くもたれかかると、さらに心が落ち着く。
雨が少し弱まった頃、若井は立ち上がり、元貴に手を差し出す。
「そろそろ行くか?」
「う、うん」
二人は手をつなぎ、濡れた道を歩き始めた。
若井がそっと元貴の手を握り返すたび、元貴は心の中で小さく笑う。
まだ我慢している自分も、若井の優しさも、すべてが甘くて愛おしかった。
校舎まであと少しの道で、若井がふと立ち止まる。
「なぁ、元貴」
「なに?」
「我慢してるお前、すごく……かわいい」
元貴は思わず息を呑む。
そのまま視線をそらせずにいると、若井はちょっと照れたように笑った。
「……大丈夫、変な意味じゃない。俺はただ、おまえのこと、ちゃんと見てたいだけ」
その言葉に、元貴は胸がいっぱいになった。
小さな我慢も、少しのドキドキも、若井と一緒なら耐えられる気がした。
雨は上がり、空には星がちらほらと見え始める。
二人の影が長く伸び、静かな夜道をゆっくりと歩く。
放課後の甘く切ない時間が、静かに、そして確かに二人を近づけていった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝ ♡30
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