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むかーしむかし、その昔。そのまた昔の話である。
北の国のケモノと、西の国のマモノが大きな戦争を始めたとな。
ケモノはその本能と爪でマモノを食い、
マモノはその知恵と術でケモノを焼いたらしい。
そうして争いは激しく燃え、次第に戦場は南へ南へと続いていった。
南の国のヒトは争いを恐れ、東の国に助けを叫んだ。
東の国の住民には敵を切り裂く爪などなく、
敵を惑わす術などなく、
誰かを思う情などなかった。
ではどうして、ケモノとマモノは恐れたのだろう。
東に住む異形を、怪物を、
‘‘アヤカシ‘‘を。
薄暗い闇の中、窓から差す青白い光が顔を照らす。
いや、勘違いか。月の光なんかじゃなく、ただのブルーライトだ。
画面に映し出されたloseの文字に目を奪われ、思わず目を伏せる。
「うぅぐわああぁあぁぁぁぁ…….」
「クソ、なんでだ…裏どりは抑えたし中盤まで7割とってたのに……んだこれどうなってんだこのKD!?」
呆れてモニターの画面を消し、ベッドへ飛び込む。
現在時刻は2:40。よいこは寝る時間だ。俺には関係ない。
施設を出て約2年が経つ。高校の寮には入らず、ぼろいアパートで独り暮らしを始めた。四六時中誰かと過ごさなければいけない環境なんてもう御免だ。趣味のオンラインゲームもまともにできない。
ただ自由を手に入れたからと言って、何もしていないわけではない。大家に恵まれていても家賃や学費は作らないといけないから、近場のコンビニバイトを続けている。今日もそろそろシフトの時間だ。
壁にかけた紺色のコートを羽織り、少ない荷物で玄関へ向かう。靴べらはあるが、全く使ったことがないかも知れない。10メートル間隔で並んだ街灯が小さく路肩を照らす。地味に感じる寒さが背中を撫でる。
店に着くと、レジで後輩が立っていた。
「あっシュウ先、おつかれーす。」
「お疲れ。もう代わるから帰っていいよ。」
「えまじすか、あざす。」
後輩が事務所に帰り、代わりにレジに立つ。品出しの確認をしていたところで事務所の扉が開く。
「あのー…先輩も高校生っすよね?今日平日っすけど…」
「あー、いいんだよ別に。最近まともに行ってすらないし。」
「そうすか。…んじゃアタシお先に失礼しまーす。」
「うい、お疲れー。」
この通り、最近は高校をサボり、バイトに明け暮れる日々を送っている。理由は色々とあるが、“疲れた”というのが俺の中で一番納得できる理由だ。
好きなことをして、まともに働いて、充実を味わう。それができれば万々歳。人生謳歌とはそういうものだ、と俺は思う。
ひと段落し、時計を見る。4時ちょうど…シフト交代は9時だ。基本、夜型だから睡魔は余裕で耐えられる。だからいつもこの時間帯のシフトを受けるようにしている。
「学生も多いしなぁ、ここ。」
そこで自分も学生だったことを思い出し、周りと自分がどこか違うことを思い知らされる。夜に一人で悩み事は良くない。感傷的になってしまう。
視界に違和感が走るふと指を眼球にやり、ズレたコンタクトを直した。その時だった。
「こんばんは。」
驚いた。当然だ。突然人が目の前に現れた。慌てて返事を返す。
「あっ…こん、ばんは。」
いや、考えれば当然だろう。コンタクトをいじっていたから前を見ていなかったのだ。何を馬鹿なことを、人が突然現れるわけないだろう。
「これ、お願いできる?」
「はい…」
弁当を一つ受け取り、レジをする。その人は白いフード付きの服を着ていて、黒いキャップをかぶっていた。身長は低めで、高い声、女性だろうか。
「箸お付けしますね、袋は_」
「美味しそうね。」
美味しそう?弁当のことか。変わった質問をしてくるな。
「え?あ、そうですね。」
「えぇ、とっても美味しそう…」
そう言いながら、その女性はフードを後ろに下げ、キャップを床に捨てた。眼を見た途端、俺は身震いした。赤い。血走っていたのだ。
「いっ!?」
「ねぇ、頂いてもいいかしら。」
「な、何を…?」
口を開き、牙を剥き出し、レジを飛び越えて襲いかかってきた。馬乗りにされて、声も出なかった。何が起きているのすら理解できなかった。
「血よ。あなたの血。」
様子がおかしい、なんてものじゃない。鋭すぎる牙、焦点の合わない紅色の目、火照った顔。飢えた獣のようだった。
「血…!?」
「そうよ、とってもいい匂いがするの。」
「ねぇ_」
女性から角と羽が生えたのだ。つやらしい質感で、妖しさを待っているトゲトゲしいそれは、まるで…
「吸血鬼…?」
「あなたの血はどんな味?」
けたたましい音と共に、その女が吹き飛んだ。商品棚や飲料棚のガラスを突き破り、大量の品物に埋め尽くされてしまった。何が起きたかなんて分からなかった。
先ほどからずっとだ。状況が理解できない。
咄嗟に後ろを振り向くと、スーツを来た金髪の女性がいた。
「大丈夫か、アンタ?なんかされた?」
「はっ?え?いっ今、殺した!?」
「殺してないよ…つってもそうにしか見えないか。」
「見えないっつうか…ってかアンタ誰_」
その時、ふと目の前にある彼女の大きな手が目に入る。
「ヒュッ_」
「お?どした?…おーい…」
白く太い爪、厚い黄色の毛。それはまるで熊、いや、狼だろうか。そんな手をしていた。
手だけか。違った、頭の上にも何かがあった。耳だ。長く尖ったの耳が頭から生えていた。
なんでだ?なんでそんなものが生えてる?なんで平然としている?
一度に現れた大量の疑問に、殴られたような衝撃が走り続けた。
奥のほうから、大量の物音が鳴る。見やると、あの羽の生えた女が苦しそうにこちらを見ていた。
いや、苦しそうではない。確かに体は脱力しきって立っているだけだが、火照った顔と血走った眼だけはこちらをずっと見つめていた。
完全にこの男の血に酔っている様子だ。何をしでかすか分からない。
「一旦ずらかるか…おいあんた、危ねぇからとりまここ逃げるぞ。」
「…」
「?…おい!」
男はこちらも向かず、明後日の方向を眺めている。仕方がないといえば仕方がないが、面倒な奴だ。
「ハァァ、ガキのお守りは初めてだ…!」
男の首根っこを折れない程度に掴み、外に出る。吸血種の嗅覚がどれ程のものか詳しく知らないが、とにかく安全圏まで走り抜けなければ。
交差点を2つ抜けたところで、男が意識をはっきりさせたのか騒ぎ出した。
「ちょっ、痛てぇ!引きずんなよ!」
「んだコラ、文句吐けんなら自分で走れ!」
「な、今あの羽生えた奴から逃げてんだよな?」
走りながら店のエプロンを脱ぎ捨て、彼女を追う。以外に早く、全力で走ってもきつい。
「そうだよ。生きてたでしょ?」
「あぁ、確かにそうだが…なんで襲ってくるんだあの女!?」
「私も知らんよ。吸血種には詳しくないし。」
吸血種とは何だ。と聞く必要はない。くねった角、刺々しい翼、赤い目。実際俺も吸血鬼だと思ったのだから。
「あいつとあんたは、一体…?」
それでも、この状況の簡潔な説明欲しさに疲弊した脳が咄嗟に吐いた疑問を口に出す。
「一体もクソもねぇよ。」
まるで待っていたかのように即座に返す。驚いて彼女を見ると目が合う。彼女がこちらをまっすぐ見つめていた。
「得体の知れない、バケモンだ。お前ら人間にとってはな。」
得体の知れないバケモノ。
人間とは違う者。
異種。
そうか。
そうだったのか。
良かった。
「俺_」
「おい!後ろッ!」
次の瞬間、後ろ首に激痛が走った。鋭く、熱を持った激しい痛みだった。
「があああッ_!!」
耳元でじゅるり、と音がしたあとあの女の声が囁いた。
「さいっこおぉ… ね、もっと_」
「ォ゙ラァッ!」
彼女が大きな爪を振りかざし、間髪入れずに女を追い払う。俺はあまりの痛みに膝から崩れ落ちた。
「大丈夫か!?おい!」
「だい…じょぶ、だ…ッ」
「んなわけねぇだろ!聞いといてなんだけどさぁッ!」
「んねぇ、オオカミさん?」
女が再び口を開く。
オオカミ、といえばこの場で思い当たる人物は1人だけだった。
「_んだよ。文句でもあんのかア゙ァ!?」
女は威嚇にも動揺せず、悠々と言葉を紡ぐ。
「文句っていうか…なんで邪魔するの?人間じゃないのに。」
「吸ったら死ぬだろ、コイツ。」
何だって。
今、死ぬって言ったか。
「それは分かんないよ。稀血の体質はそれぞれだもん。でも、まぁ…」
視線を彼女から俺に移す。目が合った瞬間、おぞましい笑みを浮かべた。
「私の眷属にはなっちゃうかもね♪」
ぞくっとした。確実に何かが背筋をなぞった。
恐ろしいというより、おぞましい。何となくだが、生存本能が働いた。多分。
少しの静寂の後、男が吸血種に殴りかかった。
「バッ!?_よせッ!!」
人間が吸血種…いや、稀血に勝てるわけがない。これ以上吸血でもされたらこの男は…
「鴨がネギしょってやってきたぁッ!」
女が涎を垂らしながら男に立ち向かう。牙も角も剥き出しで、そこに理性は欠片もないように見えた。
男が拳を突き出した。当然当たらない。人間の目には見えないスピードで躱し、男の頭上に跳ねた。
男の肩に掴みかかり、口をガパッと開く。瞳孔は無く、白い目が首筋をじっと見開いていた。終わりだ。そう思った。手を伸ばしているのに、届かない。速すぎる。
…速すぎる?
そういえばおかしい。なんで私は、この男にすら追いつけなかった?
何かに気づいた瞬間、同時に吸血種の表情がこわばる。
首筋の噛み跡が無い。その部分だけ何かで覆われていた。
「…鱗?」
瞬く間に吸血種が地面にめり込んだ。顔面を掴まれ、後頭部から落ちたように見えたが、定かでは無い。
けたたましい衝撃音が薄暗い路地に鳴り響く。
「ッこは_」
吸血種のうめくような小さい悲鳴が聞こえ、力尽きたように動かなくなった。
「お前…」
「殺してない。そう見えないかもしれないけどな。」
息をのむ。男の首や手、肌に模様が浮かんでいることに気づいた。
「この女は吸血鬼。あんたはオオカミ…」
ごくりと息を飲もうとした。しかし詰まった。
男が両目に指を当て、何かを外した。
「俺は、蛇だ。」
縦に細い金色の瞳孔が、闇夜に輝いていた。
@
無意識から目覚めると、知らない天井の室内灯が見えた。
「ここ…?」
「起きたか。」
反射的に声の方を見る。短い金髪の女性が座ってこちらを見下ろしていた。
その顔を見た途端、記憶が頭を駆け巡りだす。
「…わ_ぁッ、私…!」
「落ち着け、傷口が開く。」
強い口調で制止される。思えば、頭や体の節々が痛いし重い。手当てまでしてくれたのだろうか。
「あ、あの…」
「…どした、痛い?」
打って変わって優しい口調で答える。でもそんなことは気にならず、ただ思ったことを尋ねた。
「私…酔う前に男性のコンビニ店員さんに襲いかかった記憶があるんですけど…もしかして怪我、とか…」
「怪我はもう無いよ。もう9時過ぎだから帰ってくると思う。」
女性は立ち上がり扉に向かって歩き出す。
「会ったら、ちゃんと謝りな。あんたはそれができると思うから。」
それだけ言い残し、彼女は部屋を去っていった。
「……はい…」
@
9時になり、交代の時間を迎える。
俺はエプロンと名札をロッカーに投げ入れ、駆け足で帰路についていた。
昨夜、あの吸血鬼を取り押さえた後、俺の家で治療することにした。あんなに暴れていた奴を家に入れるのはどうかと思ったが、俺を助けてくれた女性の言葉を信用することにした。
その後俺は店に戻り、早朝までに散らかった店内を何とか片付け、今に至る。
古いアパートが見えた。2階の奥から3番目の部屋だ。錆びた階段を登り切り、窓の横を通り過ぎた瞬間扉が開き、顔面から激突した。
「がぶッ!_」
「お?わぁっ!すまん!!」
「いや、全然…つか、どうした?…………えっと…」
「…なんだよ。」
「いや、そういえば、名前…」
ハッとした表情を浮かべた彼女は、すぐに頬を膨らませ、大きく笑い出した。
「プッ_アハハハ!!嘘だろ!?名前も知らない奴家に入れんなよ!?アハハッ!」
「いや、それ言うならあんただって…」
「”あんた“じゃ無い。幸伽 飛鞠だ!」
鉄柵に肘を掛けてそう名乗る。風が吹き靡いた金髪に一瞬、目を奪われた。
「ゆきとぎ…難しそうだな。」
「んだよ。人の名前弄る前に名乗りやがれ。」
「…愁だ。花笠 愁。」
何となく同じように頬杖をつき、明後日を見ながら名乗る。
「何だ。可愛い名前してんじゃん。」
「…あんたもだろ。ひまりさん。」
そういえば、こんなことを話している場合ではない。聞きたいことが山程あるのだ。
「そういえば、あの吸血鬼って…」
幸伽の顔を見る。彼女はそっぽを向いていた。
「おーい…幸伽?」
「…なんだ、よ……」
たどたどしい返事に違和感を持ちながら、そっとしておいたほうがいいのかと珍しく気遣いを示した。
「あー…俺、朝飯準備するから、食ってけよ。」
そういいながら玄関の扉を開く。
「あ、遠慮はしなくていいからな。一応恩人だし。」
と言い残し、玄関を占めた。何か悩みでもあるのだろうか、できれば聞いてあげたいが、そこまで俺にできるだろうか。
「…バカがよ……」