2025年6月18日。全てを隠す暗闇の夜は明けていく。2人はまだ動けずにいた。あの夜空を照らした赤い光が脳裏から離れないのだ。
「幸太、夜も明けてきたからずっとここにいるのは危険だよ。もう動かないと……」
「うん」
「またさっきの人みたいなやつや救世主教会に見つかるかもしれないよ……」
「……ねぇあの光は……モパンの皆さんだったのかな?……僕のせいでみんな……死んじゃったのかな?僕が……みんなを不幸にさせているなら……僕は……」
「そんなわけないよ!」
陽翔は幸太に言い切らせないように叫んだ。
「彼らは……きっと生きてるよ……。だから信じて僕たちは僕たちで行動するしかない。そうじゃないと彼らの行動を無駄にすることになるよ!」
陽翔の必死の叫びに幸太は少し沈黙した後、さらに笑顔で答える。
「……そうだよね、皆さんが死ぬわけないよね!……僕たちは生きなくちゃ!」
幸太はそうしていつも通りポジティブに前を進み始める。彼の笑顔はまるで全てを忘れたかのように輝いていた。
「よし、まずは水源を確保だよな~サバイバル開始だ!取り合えすあっち行ってみようぜ!」
「うん……」
陽翔はその元気に進んでいく幸太の後ろ姿を見つめ、足を進めずにいた。
――幸太……。僕は君に無理をさせているよね……。ごめん、本当はそんな顔を見たくはなかったよ……。
「お~い陽翔!なに突っ立ってんだよ!行こうぜ!」
そう言って振り向いた幸太は笑顔で呼ぶ。
「ご、ごめん!待ってよ~」
しかし陽翔は気付いていた。笑顔の幸太の瞳に涙が流れている事を。
2人は見知らぬ森の中、川を探してさまよっていた。しかし森はひどく荒れており川を探すどころか歩くので精いっぱいだった。
「なんだか、すっごい荒れてるなぁこの森。歩きにくくて仕方ないぜ……」
「そうだね……前ニュースで言ってた異常気象の影響かな?……あっ!ごめん……」
陽翔は幸太に謝る。
「ん?どうした?それにしても本当に異常気象ってのはやばいな……。木も折れてるし地面もぼっこぼこだわ。まぁ足腰鍛えられてラッキーかもな!」
「そ、そうだね!舗装されて道しか歩かない僕たちにはいい筋トレだよね!」
「あぁ!子供の頃を思い出すぜ!確かこんな時は谷を探せば水源が見つかる事があるらしいぜ」
「へぇそうなんだ!よく知ってるね~」
「正しいのかはわかんねぇけどな!非常食やサバイバル用品もしっかりあるし、焦ることなく探していこう!」
「うん!水源を見つけたらそこから少し離れた場所を拠点にして、民家や町を探すんだよね」
「あぁ、まぁまた変な奴がいるかもしれないけど、一生森の中で生きていくには物資も足りないからな」
「そうだね、携帯も電波入らないしここが何処なのかを知るにも大事だよね」
「本当にどこなんだろうなここ?」
「日本じゃなかったりして……」
「俺外国なんて行ったことないぜ!英語も話せないし……あ、でも陽翔が居れば大丈夫か!」
「うん、英語には自信あるよ!任せて!」
「よっしゃ、任せた!」
そして彼らはさらに森を進んでいく。
朝日が昇ってから十数時間が経過、幸太達は相変わらず水源を探し歩き続けていた。しかし慣れない山道に加え十分でない装備での捜索は、幸太達の体力を想像以上に奪っていく。そしてどんどん日が落ちていく。疲れ切った上に生命維持において重要な水分を見つけられず拠点すら作れていない彼らにとって、日が暮れていくことは段々と恐怖を抱かせ始め、不安を増幅させていく。
「やばいな……そろそろ日が落ちそうだ」
「このままじゃ、何も見えなくなっちゃうね……」
「あぁ、いったん水源は諦めて拠点を作った方がいいかもしれないな……」
「そうだよね……」
――このまま今日はどこかで休んだとして、明日は見つけられるの?……おばあちゃんの声が聞こえたら助けてくれたのかな……。
陽翔は不安に駆られ段々と小さくなる歩幅。その落ち込んだ気持ちと比例するように陽翔の頭も段々と下に垂れていく。しかし彼はあの満天の星空を思い出す。
――そうだ……諦めちゃだめだ!どんな時でも前向きに進めば必ず……。僕は、僕たちは生きなくちゃ!
幸太と見たあの日の星空を思い出し、再び前を向き歩き始める。そんな彼の目にあるものが映る。
「……あ!幸太!」
「ん~どうした?」
「水だよ!水が出てる!」
「あぁ、喉が渇いたか、ちょっとまってな……って、え!?」
「あそこ!小さいけど川が流れてない!?」
「……確かに川だ!陽翔、お前凄いな!運が良すぎだぜ!」
「これで何とかなりそうだね!」
「あぁ!水の場所まではすこし崖に近い傾斜になっているから、落ち着いてゆっくり降りよう」
「わかった!」
――よかった……声は聞こえなくなったけどおばあちゃんが助けてくれたのかな……。ありがとう……。
それから2人は川から離れた場所で拠点を作り始め、焚き火の明かりが辺りを照らす。水源と拠点を確保出来た2人はようやく安心することが出来た。
「何とか、水源も拠点も確保出来たな……」
「うん、この焚き火を見ていると段々安心してきたよ……」
「ただ、空から見た時に焚き火の光でばれないように、地面に穴を掘って上に石を置いてるから本来の良さは無いけどな~」
「それでも十分だよ!水と火がある拠点ってだけで安心だよ!」
「そうだな、まぁ拠点と言うにはあまりにも簡素だけどな……。簡易テント入れといてよかったぜ」
「成人男性2人にはかなり狭いけどね~」
「雨風凌げるだけでもありがたいんだぞ?」
「ははは!ごめんごめん……。でもこれで何とか今日の夜は越せそうだね」
「明日、日が昇ったら早速探索に行こうか」
「わかった!」
「じゃあ、交代しながら寝ようか。最初は俺が火の番しとくから、起こすまでは寝てていいぞ」
「わかった!じゃあお先ね~」
「おう、おやすみ」
陽翔は慣れない事だらけで疲れが溜まっていたのかすぐに眠りについた。
あれから幸太は一度も陽翔を起こす事なく暗闇の中、幸太は1人火の番と敵の警戒をしていた。その間に彼が何を考えているのか、誰も知る事は無い。
日付が変わり数時間が経過した頃、雨粒が幸太やテントを叩く。その雨に気付いた瞬間、山頂の方面から地鳴りのような音が響く。
「陽翔!起きろ!?」
「ん~なに?もう交代?」
「バカ野郎!がけ崩れだ、逃げるぞ!」
「え?」
それから2人はろくな荷物を持つ暇もなく音のする方角から直角に逃げる。その数分後彼らの背後から何か巨大な生物が体を引き摺りながら動いている様な轟音が聞こえてきた。そして間もなく当たると痛いほどの雨が幸太達を殴りつける。周囲は雨で白んで何も見えない。
「陽翔!ついて来ているか!?」
「うん!さっきのって……」
「あぁ、恐らくこの激しい雨で山頂付近でがけ崩れが発生したらしいな。あの場所にいたら巻き込まれて死んでいたかもしれんな……」
「それじゃあ、ここも危ないんじゃないの!?」
「……可能性はある。だがこの暗闇や豪雨で1m先も全く見えない……。これじゃ動くにも動けないな……」
「そんな……」
「大丈夫だ、この何も見えない中動くよりかはここでじっとしていた方がいいかもしれない。一応お互いを見失わないように手を繋いでおこう」
「わかった。僕は幸太を信じるよ!」
「ありがとう……」
そう言うと二人は固く手を繋いだ。
「……なんだかこうしていると幼稚園の時を思い出すね!」
「ふっ、そうだな。まぁ俺たちその時は一緒じゃないけどな。俺保育園だったし」
「言葉の綾だよ!」
「あぁ、分かってるさ。悪い!」
「もぅ~。でも不思議と小さい時にこうして、幸太と手を繋いでいたような気もしちゃうんだよね~」
「……そうだなぁ。確かにそんな気もするなぁ……!?」
「でしょ……」
「陽翔!危ない!」
幸太はそう言うと陽翔に覆い被さり力強く抱き着く。
その直後、足元が崩れて二人の姿は見えなくなった。
一方その頃。
「本隊長!福永幸太及び橘陽翔の情報が見つかりました!」
「なに!?」
第4隊隊長のヤゴロが報告をする。
「潜入調査中のチヤラによると、彼らは2025年6月17日の昼過ぎにT市の外れにある岩居川に架かる岩居橋の下にて、宗教団体から隠れていた所を襲撃された後にその場で突如消えたとの情報が出ています」
「消えた!?本当にそう言っていたのか!?」
「はい、これは信ぴょう性が低い情報ですが、消える直前に空から光が降り注いだとか……」
「空からの光……その場から消える……。モパンか!?」
「え、モパンですか!?確かに災害以降彼らの行動を僕たちは見てきましたが……まさか、この事件の原因も彼ら……」
「そんな事はない!彼らの行動を本当に見てきたのか!?彼らは自分たちに出来ることを必死に考えて行動していた……。災害復興のためにがれきの撤去や地球の文化を詳しく知らないのに炊き出しまで試行錯誤しながらやっていたんだ!……。彼らは自身の罪、そしてその被害者と贖罪から逃げないと誓った……そんな彼らが再び罪を犯すはずがないだろ!」
ゼコウは彼らを信じていた。だからこそ、それを疑う者を許せなかったのだ。しかし冷静さを欠いた言葉であった事を部下の顔を見て反省した。
「……すまない。冷静さを欠いていた。君の考えは確かに間違ってはいない。彼らのこれまでの行い、そして特異な現場状況からそう考えるのは正しい判断だ。だが、信じてやってほしい。彼らの誓いを、彼らのこれからを……」
「本隊長……」
そう話すゼコウの顔はとても苦々しく、だが優しくも見えた。
「……はい!僕も信じてみようと思います!」
「ありがとう……。引き続き情報を集めつつ、様々な考えられる可能性を探ってくれ!」
「了解しました!」
――幸太が指名手配されたあの日からモパンの姿は見ていない。アルパ、貴方は今どこで何をしているんですか……。
「ゼコウ本隊長!先日の光の詳細が判明しました……」
「どうだった!?」
「はい、あの光の詳細ですが……」
「どうした?」
「はい、報告します……。通信が途絶していたハワイのフィン博士によると、先日の爆発はハワイ周辺、海上150㎞付近で100メガトン級の爆発であり、ハワイ周辺では人的被害はありませんが、EMPによる影響で電子機器の破壊、通信障害などが発生。ただ、被害は最小に留まっており現在は復旧しているとの事です。また、当時上空を観測していた天文学者の情報によると、爆発発生直前は何もない上空に爆発時、影のようなものが見られその後消失、爆発に巻き込まれ形状崩壊したとの事です。そのデータを解析した結果、影はT市上空で頻繁に目撃されていた未確認飛行物体、恐らくモパンの使用していた船と同型の物ではないかとの見解をフィン博士はしています」
「なに……。モパンの船があの爆発現場にいただと?……」
「はい、報告内容は以上です……」
「わかった……下がっていいぞ。引き続き調査を頼む……」
「りょ、了解しました!」
――あの日の爆発の直前にモパンの船と同型の物が見られ、その後消失しただと……。幸太達は無事なのか?貴方達の誓いはまだ生きているよな……アルパさん!……。
ゼコウの戸惑いの中、ホニャイヤダの移動拠点を朝日が照らし始めた。
謎の宮殿にて。
「セルグスク公爵様、現在の状況をご報告致します。先日のミフジによるMP-3DBを使用した作戦でのモパンの特攻による自爆についてです。後の調査によってモパンの全滅を確認しました。また、当初の不安材料であった福永幸太及び橘陽翔の生死ですが、特攻直前にM県付近へ一度移動していたことから、現在M県の山中に潜伏している可能性が高いとの事です」
老人の報告にセルグスクは公爵は静かに語る。
「そうか、報告ご苦労であった。ミフジに標的を取り逃がしている事はこれまでの功績に免じて不問に致すが、次は無いと伝えろ」
「畏まりました……」
「急がねばならぬ。何をしようと彼らを確保せねば世界が終わる……」
セルグスク公爵はそう言うと、拳を強く握った。
これにて第19話、おしまい。







