これはどこか異国の不思議な話である。
それはある日の祭りの夜から始まった。いつもはとても静かなこの神社は年に一度、人外や人間達で賑わい出店が並ぶ。
そんな夜祭りに友人と二人で来たA。夜店を冷やかしながら歩いていくとポツンと外れた場所に一つの店があった。
Aと友人はその店に吸い寄せられるように足を運んだ。『惑星すくい』と書かれた看板に二人は首を傾げる。するとちょうど店の奥から店主がひょこっと顔を出した。
A「こんばんは。」
店主「やぁ、こんばんは。いい祭りの夜だね。」
店主はギョロギョロとした大きな目玉を弓のように細めて笑いながら言った。
A「ここはどんなお店なんですか?」
店主「ここは惑星すくい。世界でただ一つの『星』を掬う店だよ。」
友人「『星』?星なんて大きなもの、どうやって掬うんだ?」
店主「うちで扱っているのは生まれたての星ばかりだからね。星だって生まれたときはとってもとっても小さいのさ。」
店主はニンマリと胡散臭く笑うと、「まぁ見てご覧よ。」と二人を店の前に置かれた大きな水槽に案内した。
そこには色とりどりのスーパーボールが、張られた水の中に浮いている。
友人「何が星だよ。ただのスーパーボールすくいじゃないか。おい、こんな怪しいインチキな店なんて放っておいて違うところに行こうぜ。」
友人はひと目見て興味をなくしたようにAに言う。Aはそれに曖昧にうなずきながらも、なぜか水槽が気になってチラチラと見てしまう。
店主「おや、インチキとは心外だね。よぉく商品をご覧なさいよ。」
店主の言葉にいぶかしみながら、もう一度水槽に近づく友人。
程なく「……なんだこれ。」と呆けたように呟いた。慌ててAも水槽を覗き込む。
それは実に不思議な光景だった。ただのボールだと思っていたものは、よく見ると一つ一つ違いがある。あるものはシュワシュワと音を立てながら小さな泡を噴き出していたり、あるものはゆっくりと明暗を繰り返している。大きさも色も一つとして同じものはなくて、まさに水槽の中は小さな銀河のようだった。
店主「気に入ったかい?なら話は早い。一回五百ペルだよ。もし掬えなくてもおまけで一つやろうかねぇ。」
魅入られたように水槽の前から動かなくなった二人に、ニヤニヤと笑いながら店主が声をかける。半ば呆然としながらも、気づけば金を支払いポイと器を手に取っていた。
店主「やり方は普通のボールすくいと一緒さ。ポイが破けないようにそーっと掬うんだよ。星の機嫌を損ねないようにね。」
言われるがままポイを構え、色とりどりの星を見まわす。あの星はきれいだけれどちょっと大きすぎて破けてしまいそう。あちらの星はトゲトゲしていて扱いづらいかもしれない。この星はポイを近づけると威嚇するように真っ赤になる。
ウロウロとポイを彷徨わせながら友人とああでもないこうでもないと騒ぎ、星を物色する。色彩豊かな星々は見ているだけで楽しくって、気づけばだいぶ長い時間を過ごしてしまっていた。
やがて友人と二人それぞれ狙った星をポイで一つずつ掬うことができた。
友人の星は黄色くて、パチパチと小さく火花が散っている。なんだか元気がありそうだ。
対して一回り小さいAの星はオレンジ色で、薄く雲が渦を巻いている。ゆっくり流れる雲を見ていると、なんだかゆったりとした気分になる。
店主「お二人ともいい星を掬ったねぇ。どれ、袋に入れてやろう。」
店主はそう言うと、二人の星を小さなビニール袋に入れてくれた。水の中で小さく光る星はまるで金魚のようだ。
店主「星の育て方は簡単さ。金魚鉢に入れて毎日水を替えるだけ。赤ちゃんだから子守唄を歌ってやると喜ぶよ。ちゃんと育てれば、立派な星になるだろう。」
店主に「それじゃ、大きな星になるのを楽しみにしているよ。」と言いながら送り出され、二人は店を後にした。
友人「なんだか変な店だったな。俺、星なんて育てるの初めてだ。」
A「僕だってそうだよ。君はサボり癖があるから、星のお世話を忘れちゃダメだよ。」
友人は少し自信がなさそうに「……まぁなんとかなるだろ。」と言葉を濁した。そして話を逸らすように口を開く。
友人「それよりもお前の星はなんだか小さいし、あまり元気がなさそうじゃないか。うまく育つのか?俺のやつみたいにもっとかっこいいのにすればよかったのに。」
Aは少しムッとして言い返した。
A「確かに君のよりは少し小さいけれど、僕の星だってゆったりとしているし、きっと大きな星になるよ。」
友人「ふーん……なら、どっちの方が大きく育つか競争だな。」
友人はからかうようにそう言って、自分の星を見つめたあと「じゃあな。」と言って手を振って帰っていった。
Aは帰宅後さっそく家にあった小さな金魚鉢に自分が掬った星を入れ、水を注いだ。
水の中で星は、気持ち良さそうにゆったりとたゆたっている。
よく観察してみると、雲のような模様が少しずつ動いていて渦巻きになったり、細くなったりしていて面白い。その日は布団に入り目を閉じるまでAは飽きることなく星を見ていた。
それから毎日、Aは水を替えたあと歌を聞かせたり、本を読み聞かせたりした。
あまり上手ではないAの子守唄を聞かせると、星はもっともっととせがむように小さく瞬く。すっかり星の虜になったAは、ねだられるままに歌を歌い続けた。
日に日に星は大きくなっていく。Aは友達と遊ぶこともせず、学校からまっすぐ家に帰っては星の世話をした。星はAを見ると嬉しそうにキラキラ輝く。Aは優しく微笑むと、金魚鉢をツンとつついて学校であったことを楽しそうに話すのだった。
ある夜、あんまり星空がきれいなので、Aは星にも見せてやりたくなった。急いで上着を着て金魚鉢を抱えると、どうしたの、と不思議そうに光る星に笑いかける。
A「今夜はとっても星がきれいなんだ。君の先輩たちへあいさつに行こう。」
庭に出ると、改めて今夜の星空の美しさに感嘆のため息がこぼれる。チカチカと瞬く星々はなにかを語りかけてきているようで、胸が少し落ち着かなくなる。
A「ほら、今夜の星空はなんだか星たちが僕らに呼びかけているみたいだね。君は彼らとお話ができるかい?」
Aは抱えた金魚鉢を覗き込んだ。
すると、Aの星は今までにないくらいの強さで光り、くるくると泳いだかと思うと、鉢から飛び出した。
Aは驚き、そして同時になぜかはわからないけれど理解した。
自分の星が旅立つときが来たのだと。星とはこれでお別れなのだと。Aは泣きそうになりながら言った。
A「行ってしまうのかい。こんな、突然に。……寂しいよ。」
星は慰めるようにゆっくりきらめくと、Aの周りをくるりと一周した。安心して、とでも言うように。
そしてそのまま空高く昇っていき、やがて夜空の一つの星として輝き始めた。
まんまるお月様の少し上で、小さいながらも力強く光っている。
A「……そうか、お別れじゃないんだ。毎晩見上げれば、いつでも君に会えるんだね。また子守唄を歌ってあげるよ。僕のいっとう大切な一番星。」
Aはポロリと一粒涙をこぼし、星の幸せを祈った。
あくる日、Aはお日様に隠れてうっすらと見えるお月様を見ていた。目を凝らしてもその少し上にあるAの星は見つけられない。早く夜にならないかな、と思っていると友人が訪ねてきた。何だかボロボロで疲れ果てている。驚いて何があったのか尋ねると、「ひどい目にあった。」と恨めしそうに語りだした。なんでも、うっかり水やりを忘れて放っておいたら、バチバチと電気を発して家の中で爆発したらしい。
友人「おかげで家の中がメチャクチャだ。やっぱりろくなもんじゃなかった。お前も気をつけろよ。」
A「僕の星も、もういなくなったよ。」
「お月様の右斜め上のオレンジ色の星がそれさ。」
友人「ええ?!」
見えないはずの星が小さく瞬いた気がした。
コメント
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めちゃくちゃ面白かった!!!小説苦手で読めるか不安だったけど話に飽きなくてめちゃくちゃ読みやすかったよ!!!