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第二話 風のような選手
雷門中サッカー部の監督となって数週間。
円堂レナは、慣れない指導に追われながらも、毎日が少しずつ楽しくなっていた。引きこもっていた頃には想像もしなかった、グラウンドのまぶしい光、汗を飛ばしながらボールを追う生徒たちの姿。それらが彼女の止まっていた時間を、少しずつ動かしていった。
だが同時に、レナは感じていた。
――このチームは、まだ“何か”が足りない。
パスの精度、チームワーク、気迫。
どれも悪くはない。だが、それでも「一歩」を生む決定的な個性がないのだ。
そして、ある日の練習後、彼女は決意する。
「……新しいメンバーをスカウトしよう」
そう呟いた瞬間、自分でも驚くほど胸が高鳴っていた。
■スカウトの旅へ
次の日、レナは情報を求めて市内を歩き回った。
強い選手がいるという噂は学校や商店街、スポーツショップなどあらゆる場所に飛びこんでくる。しかし、どれも確信に変わるものではなかった。
「うーん……雷門のレベルを押し上げられる選手って、そう簡単に見つかるわけ……」
と、ため息をつこうとしたそのとき。
シュッ――!
空気を切り裂くような、聞き慣れない音が耳を打った。
反射的に振り返ったレナの視線の先に、ひとりの少年がいた。
風のように軽やかに、
まるで影が滑るように、
ボールを足元で転がし、そして――
「……嘘でしょ」
まばたきする間に、少年はボールを消した。
正確には、足元から一瞬で離し、鋭い回転をかけて宙に浮かし、そのままスライドするように移動したのだ。動きの残像が風で揺れる木々と重なり、彼が本当に“風の化身”のように見えた。
■名は――風丸ファイル
「ね、ねぇ! そこの君!」
レナは気づけば駆け寄っていた。
「……俺?」
少年は汗をぬぐいながら首をかしげた。
「すごいプレーだった……! 君、名前は?」
「風丸ファイル。風丸って呼ばれることが多いけど」
「ファイルくん! 雷門中サッカー部に――」
「入らないよ」
食い気味の拒否。それは迷いのない音だった。
レナは少し怯んだが、風丸の瞳の奥に沈んだ影に気づく。
――あ、この子……昔、サッカーで何かあったんだ。
「どうして? こんなに上手いのに……!」
「もう、チームでやる気はないんだ。俺には……向いてない」
短い言葉に、重い過去が滲んでいた。
レナは迷わず、一歩踏み込んだ。
「前みたいなチームじゃないんです!」
風丸の表情が固まる。
「雷門は……弱いかもしれない。でも、みんな必死で、苦しくても笑って前に進もうとしてる子ばかりです。私は……そんな子たちの力になりたくて……!」
声がふるえる。
それでも、伝えたかった。
「だから……練習試合だけでも見てください! お願いです!」
風丸はしばらく黙っていた。
風が吹き抜け、二人の髪を揺らす。
「……練習試合だけ、ね」
「う、うん!」
「それで納得できなかったら、俺は行かない。いい?」
「もちろん!」
こうして、レナの初めての本格スカウトは、なんとか成功した。
■雷門の練習試合
数日後。
風丸は腕を組みながらグラウンドの端に立っていた。
雷門中サッカー部の選手たちは緊張で体をこわばらせながらも、必死に走り、声を掛け合っていた。
技術はまだまだ。
だが、どのプレーにも「諦めない」という熱が宿っていた。
――必死だな。
――前のチームとは……全然違う。
風丸の胸が、少しだけ揺れる。
「風丸くん!」
レナが駆け寄ってきた。
「どう、かな……?」
「……正直、まだまだだな」
レナの肩がしょんぼり落ちる。
しかし風丸は続けた。
「でも、悪くない。ああいう“まっすぐ”なの……嫌いじゃない」
「えっ……!」
そして風丸は静かに言う。
「もし、俺があの中で走れば……もっと風が吹かせられる気がする」
「つまり……!」
「入るよ。雷門に」
レナの目が潤み、次の瞬間――
「やったあああああ!!」
叫び声が練習中の選手たちに響き渡り、みんながポカンとしたあと、どっと歓声が上がった。
「よろしくな、監督」
「うんっ! こちらこそ、よろしく!」